夢と理想は庇護を呼ぶ
「それで、佳菜の特異性についての話だが、そちらについては余計に分からない。さっぱり分からないと言い切ってもいいかもしれん」
僕は端からお手上げである。
「そもそも、僕自身は佳菜と出会って間もないわけだし、この議題をするには知識不足にもほどがある」
佳菜が絶対的な第三者と何らかの関わりがあるかどうかについて考察するには両者について相応の理解をする必要があるわけだが、僕はどちらについてもほぼ無知なのだ。
「そうですね……。では、そもそも絶対的な第三者と何らかの関わりを持つ人間が存在する可能性はあるのでしょうか?」
すると、笹野は問題を一般化する。
「まあ、最初に思いつくのは三位一体の話ですよね」
「そうだな……。僕もその例が最初に思いついてた」
偶然か必然か、僕と笹野の思考は一致していたらしい。
「とはいえ、それもあくまで1つの教えであって、それも教会の利用しやすい恣意的なものである可能性までありますからね……」
笹野は軽くため息をつく。
「そもそも、そんな絶対的な第三者なんて存在するのかどうかも何とも言い難いからなぁ」
「ですね。存在しないとは言い切れませんが、存在は未だ証明されてはいませんから」
結局、この話はラストオーダーとなった。
「そうだ笹野。僕も話してみたいことがあった」
ふと昨日思いついていたことを思い出す。
「島原さんのお話も是非お聞かせください」
普段は落ち着いた様子の笹野であるが、少し心がはしゃいでいるようにも見えた。
「昨日、身体計測があったろ?」
「ありましたねぇ……」
「佳菜が身長が伸びなかったことで機嫌が悪かったわけだけどさ」
「そうでしたねぇ……」
ここまでは単なる世間話。
「それで、佳菜は小柄の体格が前世からのコンプレックスだったと言うんだ」
そう言いながら、僕は意味わからないという感触に陥っていたりする。
「そこでふと思ったんだが、夢って理想の現れだったりすることが多いのに、前世に関する夢では今と同じコンプレックスを持ってたんだなと……」
「ほぅー……」
笹野は独特の間合いで相槌を打っていた。
「それで、今から言うことは変なお話なんだが、このことが前世の存在証明になるんじゃないかって思ったりしたんだ」
「成る程成る程……。つまり、佳菜さんの理想が体現されてないその夢はありのままの前世を映したものなんじゃないかってことですね」
話が早くて助かる限りだ。
「そうですね……。では、不束ながら、私の見解を述べさせていただきます」
笹野はしばしの逡巡の仕草を見せてから、語り始めた。
「私は、もっと他の可能性も検証すべきかと思います」
「やっぱりそうか……」
返ってきた答えは、ある程度想定内のものであった。
「夢には色々な機能があると聞いたことがありますが、その中の1つに、記憶の整理があるようです」
僕も専門家ではないので分からないが、そのような説を聞いたことはある。確か、レミニセンスと言うのだったか。
「だから、例えば何かの物語を読んだ記憶が奥底に眠っていて、その通りに夢が進行しているなんて可能性とか、あり得るのではないでしょうか?」
成る程成る程。それは一理どころか二理も三理もありそうだ。
「その場合、佳菜がいつごろから夢を見始めたかというのが結構重要になってくるだろうな」
もしも夢が過去の経験に由来するのであれば、その起点を探ることで、由来となる経験の幅を狭めることができる。
「確か……小学4年生くらいだったと言ってた気がします」
「そうなのか……」
ここで僕は初耳情報を手に入れる。ということは、それ以前のおよそ10年間がキーとなりそうだ。
「それにしても、だ。単なる夢の割には、大まかながら時代考証もきちんとしているような気がしてるんだよな……」
もう一点、それが単なる夢ではないのではという奇妙な可能性の根拠となりうることを口にしてみる。
「そうですね。あの時代に無宗教国家が成立し得たのかということは疑問ですが、むしろその不自然さもかえって現実味を引き出しているようにも思えてしまいます」
笹野はその違和感を口にはしてみるものの、それが現実味を引き出しているというのは言い得て妙なのだ。例えるならば、事件現場に立ち寄ったと自発的に証言した容疑者が印象値として白く見えてしまうような現象である。
「それに、夢の見始めがそれだけ早いとなると、成熟が早いという印象も与えます。……もし私が言う、夢が記憶の整理であるという仮説が正しければという前提のもとですが」
それもそうである。小学4年の段階で、当時のヨーロッパ情勢についてある程度の理解を得ているということになってしまうのだ。佳菜ならあり得るのか、いや、あり得ないのか? 全くもってうんともすんともいいがたい。
「これはまだ検討の余地が大いにある議論だな」
「ですね……」
とまあ、今朝のお話はそういう感じで幕引きとなった。正直なところ、佳菜のことは何も分からぬのだ。
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