自己紹介は常識を呼ぶ
それからほどなく予鈴が鳴り、麻切教諭も教室へと入ってくる。
「よし、全員揃っているな。島原も今日は遅刻せず、か」
佳菜もほぼ同時刻に入室していたにも関わらず、僕だけ執拗に言われるのは不条理極まりない。
「予め遅刻の定義が周知徹底されていたら、僕は寸分違わず契約に従いましたけどね」
僕は少しばかり嫌味を言ってやった。
「えー……。分かってはいると思うが、今日は1時限目のホームルームが終わってから課題考査。午後は身体計測だ。特に男子諸君は、今後に控えたる兵役の義務のためにも、己が身体の健やかなるを示し給え」
「明治憲法か」
おっと。ついパトリオットジョークに反応してしまった。
「おい島原。貴様は偉大なる皇国の防衛問題から逃れようとでもいうのか?」
「誰もそこまでは言ってませんが?」
ちなみに、僕は軍備拡張については、麻切教諭ほどではないにしろ、ある程度の理解は示しているつもりだ。
……って、ラブコメでする話ではないな。この手の話はXか掲示板に持っていこう。
まあ、諸悪の根源は目の前の麻切教諭であるため、僕に責任を押し付けるのはやめていただきたい。
また、念のために言っておくが、作者の思想と必ずしも合致するとも限らないので、作者に文句を言うのも遠慮していただきたい。作者は表現の自由を謳歌しているだけなのだ。
とまあ、こうしたある意味において危険極まりない件があってから、時は流れ、1時間目のホームルームの時間である。
入学して最初のホームルームといえば、定番なのは自己紹介である。基本的に、出席番号が1番の相原とか安藤とか浅野とかそういった名字の奴から自己紹介をさせられるアレである。かと思えば、その時の担任の気分によって出席番号最後の渡辺とか渡部とか渡邊とか渡邉とかから自己紹介をさせられることもあるアレである。ちなみに、僕は島原なので、どちらから行っても中盤である。
どうやら、今回は普通に1番から順に回ってくるらしい。自己紹介を聞いてみると、ごく普通のありふれた自己紹介もあれば、新しい学園生活に対する熱意をぶつけてくるような自己紹介、はたまた、「あ、コイツ高校デビュー失敗したな」というような自己紹介など、さまざまである。個人主義のサラダボウルといった感じで、実に素晴らしいことではないか。
他の人の自己紹介を聞きながら、僕は自身の自己紹介について考える。まあ、考えると言っても、既に頭の中にある定型文をそのまま言うだけだ。これで中学3年間は乗り切ってきた。
蓋し、自己紹介という限られた時間では、自身のことを相手に伝えるのは非常に難しい。それよりも、実際に話したり関わったりすることで、互いのことを理解する分の伸びしろの方が大事である。
だから、僕は常識人代表として普通に自己紹介をする。言うのは名前と好きなこと嫌いなこと。好きなことはとりあえず礼儀として言っておく。嫌いなことはハラスメント回避のために先出ししておく。単純なことである。
「笹野陽乃と申します。趣味は散歩をしたり、誰かとお話をしたりすることです。これから皆様と色々とお話できることを楽しみにしています」
と、僕の前の席の笹野が自己紹介をする。果たして、笹野とお話が通じる人はこのクラスに何人いるだろうか? 少なくとも、僕は通じる側にいるし、これからもお話をしていきたいと思っているが……。
笹野の自己紹介が終わったら、次は僕の番である。僕はルーティーンが如く教壇に向かい、教卓のところに起立する。そして、いつものように、ただ雑談をするように口を開いた。
「島原瑛人です。好きなものは猫、嫌いなものは宗教団体。1年間宜しくお願いします」
そうして、特に奇を衒うようなこともせず、自分の席に戻り、着席した。自己紹介というのはこれくらいシンプルでいいのだ。平々凡々たる僕が突拍子もないことをしても、それは等身大の自分とは乖離してしまう。自身の実存と乖離した本質に取りつかれてしまえば、それこそ不自由極まりない。だから、僕はあくまでも普通のプロフィールに徹するのだ。
「須藤泰斗。今年の目標はバスケットボール部のレギュラーになることです。あと、彼女募集中です!」
とまあ、その後も滞りなく自己紹介は進み、特に大きな事件もなく1時限目は終了した。
ちなみに、ラブコメの悪友ポジには幼馴染以外の女の子とは結ばれないというジンクスがあると、僕は勝手に思っている。……後で須藤に異性の幼馴染がいるかどうかを聞いておくか。
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