嫉妬心は連絡手段を呼ぶ

「佳菜、どうしたんだそんな形相で……」


 傍らに立っていた佳菜のその表情の所以が分からず、問いただす。ちなみに、「問いただす」とは「問い質す」と書くため、「質問」という二字熟語は「質」と「問」の間にレ点が付されるものであるということに気が付いたのはつい先日のことである。


「……だって瑛人が他の子と仲良さそうに話してるから」


 と、佳菜は不貞腐れたかのように口にする。


「別に何の問題もないだろ……」

「従者は主のもとにいないと駄目なの」

「まだ僕はその件を首肯してないんだけどな」


 僕は生まれながらに自由市民である。国籍と血縁以外の契約が交わされていない状況でこの世に生まれ落ち、それから自由に契約を結びつつ生きてきて、未来永劫そうであるのだ。


「……もしかして、お二人は長い付き合いなのでしょうか?」


 笹野が僕らの顔をまじまじと見つめながら、事実上は見当違いのことを口にする。


「いや、昨日知り合ったばかりだ」

「……わたしたちは500年以上前からの付き合い」

「……ゑ?」


 ここで僕らの解答が食い違った。その理由は単純にして明快であろう。


「成る程。それなら納得です」


 だがしかし、笹野はこの客観的に意味不明瞭な証言を聞いて何か腑に落ちた感を演出している。


「島原さんは不老不死なのですね。どうりで教養高く聡明なお方だと思いました」

「んなわけあるか」


 僕は自由市民である。生に囚われて生き続けるなど御免だ。


「島原さん島原さん。気になることがあるのですが……。不老不死の場合って、年金とかはどうなるのでしょう? いくら島原さん1人とはいえ、永遠に生き続けたら国家の財政を圧迫させる要因の1つになるでしょう。もしかして途中で年金が打ち切られるなんてこともあるのでしょうか?」

「僕は不死身じゃないからな。まあそれくらいの金だったら国会で居眠りしている議員から徴収すればどうにかなるだろ……」


 あれこそ契約不履行だろう。違約金を有権者に払えばいいのにと思ったりもする。でも投票に行ってない奴には払わなくても結構。ちなみに、僕にはまだ選挙権が与えられていないので違約金は受け取れないことになる。


「……では、不老不死でないのであれば、お二人はどういったご関係で?」


 ここでようやくお話が浮世から現へと回帰する。


「前世からの主従関係があるの」


 前言撤回。お話は浮世からまた別の浮世へと移行したに過ぎなかった。


「前世……ですか?」


 それを聞いた笹野は、きょとんと首をかしげる。


「今後の参考にしたいので、是非お話を聞かせていただけませんか?」


 かと思えば、また本調子に戻っていた。というか、今後の参考ってなんだよ……。


 かくして、女の子同士のガールズトークならぬ前世トークは盛り上がることになり、僕にも時折話題がふられる羽目になってしまった。

 まあ、2人の仲は深まったようだから、良しとしよう。女の子同士が仲良くしてるシーンからしか得られない栄養素もあるからね。



「そうだ。主として従者の連絡先を手に入れる必要があると思うの」


 佳菜がふと思い出したかのように、スマートフォンを取り出す。


「『従者の連絡先』と言われると躊躇うが、一個人として連絡先を交換するのには賛成だ」


 日本国憲法第一条に国民主権を織り込むくらいの巧みさでさりげなく主従関係が契約に織り込まれてしまいそうだったので、僕はそのトラップを回避する。


「そうですね。私としても島原さんとお話しやすいように連絡先は手に入れたいと思います」


 笹野も同様にスマートフォンを取り出した。

 僕もスマートフォンをカバンの中から取り出して、メッセージアプリ「RINE」のQRコードを開く。……よく「LIME」とか「LAIN」とか「LINNE」とかと言いかえられたりしているアレだ。


「それじゃあ、主君権限を発動して、佳菜が先に交換します」

「どうぞどうぞ」

「誰が従者だ」


 佳菜が意図的に尊大な態度をとり、笹野は特に反論を呈さない。僕は反論を呈する。ここで無言を貫けば認めたと言われかねないからだ。

 佳菜がQRコードを読み取り終わると、僕のRINEにも通知が届く。「新しい友だち」の欄に「谷崎佳菜」という名前が記されている。アイコンは黒猫のキャラクターだ。


「瑛人も猫ちゃんがアイコンなんだ……」


 一方、僕のアイコンは三毛猫だ。僕が飼っている1匹目の猫である。ちなみにオスである。狙ったわけではなく、偶然だ。


「それでは、私も失礼します」


 と、今度は笹野がQRコードを読み取り、次いで僕の方に通知が届く。


 それを見て、僕はやや動揺する。

 丸ゴシック体の「の」の字をアイコンにした「の」という名前の人間から通知が来たのであった。


「の!?」


 僕は二度見三度見として、思わず口にしてしまった。

 ……の!?


「はい。笹の『の』です」


 ……確かに、「の」の主張が凄い名前だとは思ってはいたが、自分でもネタにしていたのか。

 今後、笹野からRINEが届くたびに、しばらくは思考が一瞬停止することになりそうだ。

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