教養はお話を呼ぶ
さて、僕はこの1000文字を超えるであろうお話を聞いてしまったわけだ。それも、話を聞くことを了承した上でである。ここで一定ライン以上の解答を出さなければ、信義則に反することとなる。簡単な話が契約違反だ。
「どこから答えようか……」
ゆったりとしながらもマシンガンのようなトークであったため、まずは脳内で問題を整理しなくてはならない。評論の読解みたいなものである。
「それじゃ、順に答えていくぞ」
ある程度の解答を構築してから、僕は答えを口にする。
「まず、海外で桜が植えられるようになったのは近代に入ってからのことで、その時は既に"sakura"は日本のものという観念があったのではないかというのが僕の認識だ。だから、未だに桜は日本独自のものだし、仮にその散り際に儚さを覚えるという感性があちらにあったとしてもその感情も桜と一緒に輸入されてきた日本古来のものとみなされている、という説はあるんじゃないか?」
とりあえず第1の解答を示す。
「では、桜以前に儚さを感じるという文化は存在しなかったのでしょうか? 同じ人間という生き物なので、そういう感情があってもおかしくないと思うのですが……」
すると、また笹野は什麼生と口にする。
「そうだな……。確かに、そういう感情はありえただろうし、実際にfleetingという『儚い』という意味の形容詞があるくらいだから、そういった感情に目が向けられてきたというのも事実だろうな」
僕は思考を積み重ねながら、新たな問いの答えを模索する。
「……ただ、そうした感情は日本の方が強かったという説も出てきた」
そして、模索の結果、ひとまずの結論を導き出す。
「海外……特に一神教が根強い欧米諸国だと、移ろいゆくものよりも永遠不滅のものの方が重要視されているという印象が強いな。一方、日本は四季が豊かで災害も多いから、たとえ自然であっても変化するのが当然だし、そういう変化するものに対して八百万神を見出したんじゃないかな?」
「成る程です。まだ考えるべき点も探せばあるかもしれませんが、納得できる答えのような気がします」
とりあえず、第一の関門は及第点を得られたようだ。
「じゃあ、次は仏教との関連について、考えてみるとするよ」
よって、第二の問いを眼前に控える。
「仏教的無常観が日本で特に浸透した理由……。そもそも日本以外の東アジアで浸透していないのかどうかは無知だから、見当違いの答えになっていたら申し訳ない」
これまた難しいテーマである。
「僕の考えだと、日本以外の国では仏教以外の教えもかなり重視されていたというのが大きいかもしれない。例えば、中国だと儒教と道教も同様に重視されていたし、インドに至っては今や国民のほとんどがヒンドゥーとイスラームによっている」
ちなみに、韓国は儒教の国を謳っているとか。……朝鮮民主主義人民共和国みたいな話ではあるが。
「でも、それは日本だって同じではないでしょうか? むしろ、日本の方が何でもありな国に思えてきますが……」
しかし、笹野が反駁する通り、日本は宗教について寛容というか、適当である。キリストの祭典では恋人とお
「これも、一方的な意見に過ぎない気がするけど、日本って意外と国家が宗教を公然と支持することって少なかったようにも思えるんだ。在原業平の和歌にも桜の儚さは詠み込まれているから平安時代中期以前のことに絞って考えるけど、日本古来の神道を除けば、大々的に国家プロジェクトに関与していたのって仏教くらいじゃないかな?」
とりあえず、大胆な意見を述べてみた。正直、穴も全然あると思っている。
「具体的には、蘇我氏と物部氏との間で崇仏論争が起こっていたり、奈良の大仏が建立されたりといったあたりだ」
ちなみに、僕は崇仏論争は宗教論争の皮を被った権力争いだと思っている。
「もちろん、儒教の教えも十七条憲法などにそれとなく記されていたりするけど、そこに儒教というワードが登場しているわけではない。のちにキリシタン大名が現れたり江戸幕府による儒教の推奨などが行われたりもしたけど、それは仏教的無常観が成立した以降のことだ」
こうして考えてみると、仏教の影響力の大きさが再び感じられた気がする。
「ちなみに、『漢心』云々の話についてだけど、日本文化というのはそこまでさかのぼる必要もないんじゃないか? それこそ日本食としてあげられる天麩羅は16世紀にポルトガルから伝わったフリッターが由来なわけだし、そんなことを言い出したらキリがない」
最後に、質問にはもれなく答えるということも重要である。
「そうですね……。一方向な話にも聞こえますが、残念ながら今の私には反論できるだけの知識がありません。1つの仮説として受け入れるのが賢明であると考えるべきでしょう」
とりあえず、答えられる範囲のことは答えられたということでいいだろうか。
さて、最後の関門である。
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