元君主は従者を呼ぶ

『次は、経片たてひら学園前……』


 あれから3駅経つと、目的の駅名が聞こえてくる。勿論、膝の上には依然彼女が座っている。


 それからほどなく、電車が止まる。そして、同じ制服に身を包んだ生徒共がぞろぞろと電車のドアからホームに降りようとしている。僕もそれに倣い電車を降りる。例の彼女は、起立した後も僕の少し前を征き、自動改札を抜けていった。



 そして、改札を抜けた後のことであった。人混みから少し外れたあたりで、彼女がこちらに振り返り、かと思えば僕の右の手首辺りをつかんで、壁際へと連れて行ったのだ。

 流石に強引だと感じざるを得なかったが、強いて断るだけの理由も見つけられなかったので、されるがままでいたのだ。


 彼女は僕を壁際に追い詰め、そしてピタリと止まる。ここで、ようやく僕は彼女のことをじっくりと観察する機会を得られる。

 その双眸には高級百貨店に陳列された硝子玉のごとく光をちらつかせており、その肩にかかる黒い髪はふわりとしており前髪もパツンと切りそろえられ、その頬は実に柔らかそうであり、その顔つきは色白で童顔。さらにその体躯の小ささに似つかわしく胸の大きさも控えめであり、ブレザーの袖からちらりと見える掌も僕のそれより一回り小さい。この外見でもって高校生であるのだ。

 成る程、この世も捨てたもんじゃあねえ。

 とはいえ、僕のことを壁際まで追いやった彼女の立ち姿からは、えもいわれぬ威厳というものが感じられる。そのギャップも含め、評価すべき事項であろう。


 さて、今の今まで彼女は無言を貫いており、故に僕も強いて何かを口にするということはなかったのだが、僕のことを壁際に追い詰めた彼女は、ようやく口を開くのであった。


「……ライデルハイト?」


 落ち着きの裏から幼さが顔を出したような声であった。



 ……ライデルハイト? 聞いたところ、ドイツ語圏の人名のようであるが、そのような名前の人間を少なくとも僕は聞いた記憶がない。それを、僕に疑問調で語り掛ける彼女は、やはりどこかズレた人間であるのだろう。


「僕の名前は島原しまはら瑛人えいとであって、ライデルハイトではない」


 僕も呆れ観念したかのように口を開くのだった。口にして気づいたのだが、「島原瑛人」と「ライデルハイト」は韻を踏んでいるようだ。ここで読者の皆様には断っておくのだが、僕の名字は「しまはら」であり、「しまばら」ではない。天草四郎とは何ら関係のない人物であるのだ。


 すると、彼女はどこか愁いを帯びた目でもって、さらに呟くのであった。



「前世の記憶だから仕方ないか……」



 …………ん?


「前世と言ったか?」


 その実に非科学的な日本語に僕の脳味噌がピクリとする。理由は明快であり、それが非科学的であるからだ。前世の存在については客観的に反証不能であるため、ポパー的に「非科学的」であると評価を下したわけだ。


 すると、その少女はさらに淡々と話を続けるのであった。


「ライデルハイトは、前世の私……エミリアと最期を供にした腹心である」


 それは、あたかも英雄譚を語るかの如き様相である。


「……では質問するが、その前世の記憶というのは西暦にしていつ頃で、現在の国名でいえばどこにあたるんだ?」


 僕は、とかくその前世の記憶とやらを解剖してみんと試みるのであった。


「時はマルティン・ルターが95箇条からなる提訴を行ってから6年の月日が経った頃。所は神聖ローマの西の端。エミリアはその小国の王女であって、ライデルハイトはその従者であった」


 彼女の言葉を真に受けるのであれば、1523年の、現在におけるドイツとフランスの境にいたということであろうか。


「改革のさなか、無宗教国家であったがゆえにただ戦乱に巻き込まれるのみとなったエミリアに付き従った最後の一人。それがライデルハイト」


 ……やはり反証は不可能であろう。

 そのような人物や国家が史書に残っていなかったとて、それがすなわち非存在証明にはならない。歴史の藻屑となったなどと証言されれば、なすすべもないのだ。


「では、僕が、島原瑛人がライデルハイトの生まれ変わりであると君が判断した根拠は?」


 ただやはり、腑に落ちない。腑に落ちるわけがない。腑に落ちてたまるか。僕は彼女の内心を探って見せるのだ。


「座り心地がライデルハイトと全く一緒だったから」


 そして、彼女はまたとんでもない発言をするのであった。いや待て。ライデルハイトとやらは王女を膝の上に座らさせたことがあるというのか。何と羨ま……けしからん話だ。


「…………」


 この荒唐無稽な話に二の句を継げずにいると、今度は先ほどの落ち着いた声色から実に無邪気な声色が聞こえるようになった。


「生まれ変わってもまた君に出会えるなんて、運命だと思うの」


 僕はやはり溜息をつく。そもそも、僕がライデルハイトの生まれ変わりだという根拠も薄弱であり、何なら、前世の記憶などというお話も客観的には何ら信じようのないお話なのだ。その不確定な事象を確定させるだけのものが彼女の中にはあるのだろうが、それは僕が認知している論理体系とは全く性質を異にしたものであろう。



「というわけで島原瑛人に命じます。従者になってください」



 そして、また荒唐無稽な話に付き合わされそうになるのであった。

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