類は友を呼び、狂人は変人を呼ぶ

未月キュウ

第一学年 変人たちとの邂逅篇

満員電車は非日常を呼ぶ

 平日午前7時半。いわゆる通勤ラッシュというものが巻き起こる時間帯である。道路の上では自動車や原付や軽車両といった、道路交通法で「車」とひとくくりにされる乗り物(トロリーバスを除く)が往来し、電車やバスの中はスーツや制服に身を包んだ人共がこれでもかというくらいに詰め込まれている。


 そして、僕は現在、満員電車の中にいる。幸いにも、始点より乗っている僕は7号車の後ろ側のドアを入ってすぐ左の席に座ることが叶っているのだが、それでもなお精神的窮屈を植え付けられている状況であるのだ。


 ところで、皆は「満員電車のパラドックス」というものをご存じであろうか?

 ご存じでない? そりゃそうだ。だって僕がたった今思いついた概念なのだから。


 蓋し、満員電車というのは、既に満員であるかのように装いながら、駅に停まっても人が減らず、むしろさらに客が詰め込まれるというケースが往々にある。つまり、満員電車と呼ばれるものは、真には満員ではないということだ。


 では、本物の満員電車には何人の客が詰め込まれるものなのか、考察してみよう。

 まず、電車に乗っている人数をn人であると定義する(ただし、nは0以上の整数であるとする)。そして、僕が求めたいのは、このnの最大値である。


[1]n=1であるとき

このときは、まだ電車のキャパシティにも十二分の余裕があることは自明である。


[2]n=kであるときにキャパシティオーバーでないと仮定する

このとき、n=k+1を代入しても、電車のキャパシティは飽和しない。なぜなら、先ほども述べた通り、いくら満員であるかを装っている電車でも、後1人くらいなら詰め込むことが可能だからだ。


[1][2]より、全ての自然数nにおいて、電車は飽和しないということが数学的帰納法により証明された。すなわち、電車には無限の人間を詰め込むことが可能なのだ。

 この手法を応用すれば、全ての人間がチビであることも、全ての人間が底辺であることも、全ての人間が貧乏であることも、いずれも証明できるのだ。すなわち、高身長・高学歴・高収入を求めて婚活に勤しんでいる紳士淑女の皆様は早急に諦めた方が身のためというわけだ。


 ……さて、そろそろ真面目に電車の収容人数について考えてみるとしよう。勿論、先ほど僕が連ねた論理というものは詭弁である。実際、無限の人間が電車に詰め込まれるわけがない。

 「電車1両の中に何人の人間を収容することが可能なのか?」という、大手企業の入社試験で問われそうな問題だが、これを解く鍵は恐らくフェルミ推定であろう。

 まずは、座席に何人の人間が着席できるかを考える。そして、次にそれ以外の床面積を概算する。さらに、起立している人1人が使用する床面積を概算し、それで除算する。これが大まかな計算方法であろう。なお、電車というものは3次元に存在し、それゆえに高さという概念が存在するのだが、人間が宙に浮いたり、頭上の荷物用のラックに寝そべったりなどといったことは極めて非現実的であると判断されるため、そのような可能性は考慮に含めない。


 と、床面積の計測を歩いた際の肌感覚を頼りに脳内で行っていると、新たな駅に停車した。

 そして、やはり満員だと思われていた電車にさらに人が詰め込まれるのであった。


 ここまでなら単なる日常の風景であったろう。しかしながら、日常とは一線を画すべき出来事も同時並列的に起こったのであった。

 先ほどから、僕の目の前にはふわりと肩にかかるくらいの長さの黒髪を携えた女子高生の背中が目前に見えていた。身長は150センチにも満たない程度に見えたが、僕と同じ高校の制服を身にまとっているので、少なくとも15歳以上であることは確かであろう。

 さらに人が詰め込まれた所以か、その女子高生がふらりとバランスを崩したのであった。彼女はそのままこちら側に体重を移し、そして、座っている僕の膝の上に座り込むような形となった。


 …………。

 さすがに驚きを禁じ得なかった。座席に座っている僕の膝の上に他の女の子がちょこんと座っているという状況だ。

 何というか、役得というやつであろうか。しかも、小柄な女の子である。『枕草子』の「うつくしきもの」の章段にあるように、古来より日本人には小さきものをかわいがるという心が染みついているのである。そして、僕にもその心は受け継がれているのだ。

 改めて告ぐ。役得であると。


 とはいえ、僕の膝に座っている少女が変わり者であることは察せられた。彼女は、他人の膝の上に座っているという現状について、何一つとして解決策を講じようとしていないのである。あたかも、自身が着席しているのは座席であり、人間ではないという心持であるかのようだ。普通、見ず知らずの人間の上に座ってしまえば、何かしらのリアクションをとるものであろうが、それすらない。そして、未だ彼女は僕の膝の上に鎮座している状況であるのだ。


 まあ、僕としても特に問題があるわけではないので、放置しておくことにした。そして、この現象を目の当たりにしたこともあり、僕はフェルミ推定の計算式に若干の改訂を加えたのであった。

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