原因ではなく、目的から始めよう 02

 02


 いつもと違う触感のお布団。

 嗅いだことのない部屋の匂い。

 口はしょっぱくて、目は腫れぼったい。

 ここは、どこでしょうか。

「お、起きたかい。嬢ちゃん?」

 見たことのない狭い部屋、そして隣には見たことがない男性がいました。

 ぼさぼさに伸びている髪を適当に後ろでまとめています。正直……不潔です。

「あなたは? というか、ここはどこですか?」

 私、ミレーナ・スコットは……いや、今はもうただのミレーナでした。

 お父様はどうしてあんなことを? 私が何かしてしまったのでしょうか。私が悪いのでしょうか?

「嬢ちゃん、嬢ちゃん! 気を確かにしろって!」

「あ……も、申し訳ありません。えっと、それであなたのお名前は?」

「ノアだ。あー、なんだ。とりあえず嬢ちゃんが一人で生活できるようになるまでは俺が面倒を見るってことになった。金貨五十枚はその報酬って話だ。嬢ちゃんはこれから冒険者になって――」

「まって、待ってください! いったい何がどうなっているんですか!?」

 私が慌てふためいていると、ノアと名乗った青年は面倒くさそうに頭をポリポリと掻いた。

 腰に下げられたロングソードがふらふらと揺れています。

「俺も詳しい話は聞いてないんだ。お上さんから嬢ちゃんを一人前の冒険者にするように依頼されたってだけ。しかも俺に拒否権は無し。そのうえ期間は決められていなくて報酬は金貨50枚だけで増額なし。何がどうなってるはこっちのセリフだよ」

「それは……」

 一体どういうことなのでしょう。何がどうなっているのか本当に訳が分かりません。私が覚えている最後の記憶は、お父様に追放を言い渡されたところまでしかありません。

 目が覚めたらいきなり知らない人に邪険な態度をとられて、しかも私が冒険者になる?

 訳が分かりません。私は騎士になりたいのです。

「まあ、その年で放り出されたのは不憫に思うがね。でも人間は食わなきゃ死ぬんだ。金を稼ぐのに冒険者ほど敷居の低い職業は無いからな」

「でも、私は騎士になりたいんです……っ!」

「騎士、ねえ? 夢を語るのは自由だが、今日の飯はどうするつもりだ?」

「……。」

 私が黙っていると、ノアさんはわざとらしく大きなため息をつきました。

「まさか俺が養ってくれることを期待してるわけじゃないよな?」

「そんなこと、思ってません」

「じゃあなんだ。白馬に乗った王子様が嬢ちゃんを助けてくれるのをか?」

「思ってません!」

 腹が立ちます。なぜノアさんは私の夢を諦めさせようとするのでしょう? なぜ今日初めて会ったばかりの人間に、そんなにずかずかとぶしつけなことを言われなければならないのでしょう。

「じゃあ、今日の晩飯はどうするつもりだ?」

「それは、だって私の金貨50枚はノアさんが持っているから……」

「やっぱり俺からたかるつもりじゃないか」

「じゃあどうしろというのですか……っ!」

「はぁ。なんでこんな脳味噌が足りてないクソガキの世話なんかしなくちゃいけないんだか」

 ひどい言われようです。脳味噌が足りていないクソガキ? そんな罵倒、今までの人生で一度も言われたことないのに。

「いいか、もう一度説明するぞ。俺はお上さんから嬢ちゃんの世話と教育の依頼を金貨50枚で受けた。だから俺は嬢ちゃんをさっさと冒険者にして一人で生きていけるようになってもらわなければならない」

「その説明は、さっき聞きました」

「じゃあそこから嬢ちゃんがどうするべきかよく考えろ。俺が飯から帰ってくるまでに答えを出せ。もしも出せないなら金貨50枚丸々返してほっぽりだす」

 そういってノアさんは頭を掻きながら部屋から出ていきました。

 一体私に、どうしろというのでしょう。あまりに非道すぎます。私に夢を諦めて冒険者として生きて行けと、そういうのでしょうか。

「非道いよ、非道すぎるよ……」

 薄汚れた掛布団がじんわりと滲んでいきます。

 どうしよう、どうしよう。刻々と時間だけが過ぎて、思考はまとまらないまま、脳みそは不満や愚痴ばかりを吐き続けます。

 私は、こんなに汚い人間だったのだと、自覚して自己嫌悪に陥って。

 必死に自己弁護して、さらに自分の薄汚い一面を自覚する。


 どうして、こうなってしまったんだろう。


 ふと、周りを見て見るとそこにはツヴァイヘンダーが立てかけられていました。

 家族も、家も、尊厳も、すべてを失ってしまった私が唯一持っている長く大きな両手剣。

 でも、こんなものがあったとして、私にどうしろというのでしょう?

 柄に手を触れました。いつもお父様がしていたように。優しく、慈しむ様に。


『まったく、私の主は大馬鹿者のようだ』

 突如、私の頭に声が響いてきました。そして罵倒されました。

「えっ、えっ?」

『主よ、手元だ』

「手元って、剣しかありません」

『その剣が私だ』

 剣がしゃべった? えええ??

「なんで剣が、なんで???」

『それは今は知るべきではない。大事なのあの男……ノアといったか、までが帰ってくるまでに答えを決めておくことだろう』

「た、確かに?」

『まず、ノアが提示した条件について改めて確認するぞ』

 流されている気がします。ですが確かにノアさんが帰ってくるまでに答えを出さなければ、身寄りのないまま大金だけ持たされてほっぽり出されることになります。

 それが良くないという事は、私だって理解できます。

「えっと言われたことは確か……」


 1、ノアさんは偉い人から私のお世話と教育を金貨50枚(私の全財産)で受けた。

 2、ノアさんは私を一人前の冒険者にして、さっさとこの依頼を終わらせたい。

 3、私は騎士になりたい。

 4、私にはお金を稼ぐすべがない。


『主が今までしていたことは「どうして」という原因から物事を考えるものだ。しかしそれでは何も変わらない。過去の失敗をうじうじと後悔するのではなく、これからどうするのかを考えるのだ。原因ではなく目的を考えて動け』

「原因ではなく、目的……?」

『そうだ。主の目的はなんだ?』

「騎士に、なる事です」

『それも大事だが大きな目的だ。まずは目の前にある問題から考えろ』

「お金がないこと?」

 そう、今の私にない物はお金です。お金さえあれば少なくともご飯を食べて宿に泊まることが出来ます。

『その通りだ。では金を得るためにはどんな方法がある?』

 方法は、答えを出さずにノアさんから金貨50枚を返してもらうか、冒険者になるかの二択。

『ではその二つの中で主の大きな目標に近づくために最も効果的な方法はどちらだ?』

「大きな目標に近づくために最も効果的な方法……?」

『そうだ。主の目的は騎士になる事だろう? 騎士になるにあたって必要なものはなんだ?』

「戦う力が、私には足りない」

 そうだ、騎士になるには入団試験が必須。お父様も見習い騎士から始めたとおっしゃっていました。入団試験に必要なのは戦闘能力、特に剣術が必要になります。

『ノアとやらは確か、腰に剣を下げていたな。教育をするという事は主に剣を教えてくれるかもしれない』

「それは確かに。でも、私は騎士になりたいんですよ? 冒険者にはなりたい訳ではないのです」

『冒険者は金を得るための手段であって、永続的に腰を据える職業ではない。入団試験は18歳からしか受けられないのだろう?』

「ええ、お父様が18歳で見習い騎士になったとおっしゃっていたので」

『だとしたらそれまで冒険者として経験を積み、万全の状態で入団試験を受けるのが最良の判断だろう』

 確かにその通りです。私はノアさんに剣を教えてもらいながら18歳まで冒険者として生活するのが、最も夢に近づける方法です。

 だから私は、騎士になるために冒険者になるのです。


「答えは決まったか?」

 しばらくしてからノアさんが帰ってきました。

 私はノアさんの目を見ながら口を開きます。

「私を冒険者にしてください。よろしくお願いします」


 こうして私は冒険者への道を歩み始めたのです。

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