少女は騎士を志す。
ちなまるり
12歳~ 冒険者編
日常は唐突に終わりを告げる 01
00
私の名前はミレーナ・スコットです。
私の夢はお父様のような立派な騎士様になる事です。
お父様は辺境の農村出身でありながら、18歳で見習い騎士になり、現在は王様から騎士爵という爵位を賜るほどすごい人です。それをお父さんに言うと「そんなことないさ」と言いながら、いつも腰に下げているロングソードの柄を撫でます。
私は、そんなお父様が大好きです。
だから、私はお父様のような弱きを助ける立派な騎士様になりたいと考えています。
もちろん、その道のりが険しいことは私も承知しています。私は女です。男性に比べたら筋肉量も少ないですし、体格だって小さいです。
もっと言えば、前例だってありません。まさに道なき道、です。
それでも、私は誰からも頼られて、悪を裁き、淘汰されていた人々を救えるような人間になりたいのです。
01
「ん、んぅう……」
朝は苦手です。窓から溢れるように雪崩れ込んでくる太陽の光は、私が目を開けるのを躊躇するに足ります。
それに、ぬくぬくとした心地よいお布団から出なければいけない時が近づいていることがわかるのも嫌です。
ああ、出来ることならばずっと眠っていたい……。
でも。
でもでも、今日はそれほど憂鬱でもありません。
なぜって? 聞きたいでしょう、そうでしょう。
ワー、キキタイー。
そうですよねそうですよね。ではお教え差し上げましょう!
今日は私の、ミレーナ・スコットの十二歳の誕生日だからです!
わーわーきゃーきゃー。
脳内でスタンディングオベーションを決める妖精さんたちにドヤ顔を決め、私はむくりと布団から体を這い出し――
「あれ、これは……?」
――そこにあったのは、長くて重厚な鋼の重み。
それは私の身の丈ほどの大きな剣でした。
「わぁ……」
こんなに大きな剣は初めて見ました。
お父様がいつも腰から下げているロングソードの一・五倍はありそうなとても大きな剣です。こんなの振り回せる人はいるのでしょうか。
それに、形状が少しおかしいです。鍔に近い部分の剣身の根元部分は刃がついておらず、それどころか革が巻かれているのです。
そしてもう一つ、よく見ると柄の長さがロングソードよりも長いです。
でも、私が最初に考えたことはそこではありませんでした。
「綺麗な、剣……」
そう、私はこの剣に目を奪われてしまっていました。
こんな大きな剣を軽々と振り回し、悪党をバッタバッタと薙ぎ払う、そんな妄想をしてしまって、私の心は余計に剣に向かっていきました。
「っは! と、とりあえず、お父様にきいてみよう!」
私は、一体何が起きたのか全く分からないままお父様のもとに向かいました。
〇〇〇
「この剣が、目覚めたら布団の中に?」
「ええ、そうなのです」
「そうか。本当に、そうだったのか」
「お父様?」
「……ああ、いや。何でもないよ」
お父様に事情を説明すると、お父様は慌てることなく私の部屋に来てくれました。
こんな時でも冷静に判断できるお父様は流石です。
お父様は両手で柄を握って、少し力んでから持ち上げました。
「これは、ツヴァイヘンダーか。なんでまたこんな珍しいものを」
「お父様?」
剣身が太陽光を反射して、お父様の顔を輝かせています。
お父様はこの剣の種類を知っているようです。ツヴァイ、ヘンダー? と言っていたでしょうか。こんなに綺麗な剣なのに「変だー」だなんて、ちょっと失礼だと思います。
名前を付けた人はどんなことを考えてこの名前を付けたのでしょうか。
私がそういうと、お父様はくしゃりとした顔で答えてくれました。
「これはね、僕たちが使っているのとは別の言語で両手剣、という意味なんだよ。だから別に変だと思って名付けたわけではないさ」
「そうだったのですか。うう、そんな意味だと知らず、なんだか恥ずかしいです」
「知らないものは仕方ないさ。それよりも、この剣についてだ」
お父様は一気に真剣な表情になって、私を見ました。
「この剣はミレーナ、君のものだ。そしてこれからミレーナには旅に出てもらう」
突然の通告でした。旅に出る? 今まで一人で外出なんて一度もしたことがない私が?
無茶です。無謀にもほどがあります。
お父様は私に野垂れ死ねとでも言いたいのでしょうか。いや、そんなことは無いと思いますけど。
「ど、どういうことですか?」
「僕もあまり詳しいことは言えないんだけどね、ミレーナ。君が十二になった時に、もしも自分の夢を持っていたらミレーナはその夢を叶えるために旅に出なければいけないんだ。そして、そのために必要なキーアイテムが、その剣だよ」
「でもお父様、こんな大きな剣、私は持てません。それに何より運ぶのだって一苦労で、背中に背負ったとしても切っ先の部分を擦りながら歩くことになってしまいますよ」
ずりずりと。こんな綺麗な剣を引きずって歩くなんて、そんなむごいこと私にはできません。
「そういってもね、これは約定なんだ。僕よりもっと以前から積み重ねられてきた、あまりにも業の深いそれを、僕たちは持って生きていくしかないんだよ」
「どうして……?」
そのあとの言葉を紡ぐときのお父様はまるで剣を向けられているのではないかと錯覚してしまうほど鋭く。
「僕たちが、どうしようもないほど夢を見てしまうからさ」
空を飛ぶことを願うペンギンのように、寂し気でした。
〇〇〇
落ち着いてから案内されたのは、お父様の自室でした。
そこで私に、腰につけるポーチを渡してきました。
「発現した時の準備をしてあって、よかった。このポーチの中に金貨五十枚と僕の紹介状を入れておいた。これを見せれば、粗雑な扱いをされることは無いだろう。僕が出来るのはここまで。これ以上はどうしたって無理なんだ。手伝ってあげたい気持ちはやまやまなんだけど。すまないね。本当に、すまない」
「ま、待ってください! あまりに急すぎます! せめて一日、それがだめでもお昼まで準備をする時間を頂きたいです!」
「無理だ。なるべく早く出て行ってもらわなければならない。そしてもう一つ」
なんだかすごく嫌な予感がしました。
なぜそう感じたのかはうまく説明が出来ません。
立てかけられたツヴァイヘンダーの冷たい輝きのせい、お父様のいつもより力の入った目元のせい、それとも先ほどから収まることを知らない心音のせい?
それらが総合されたのか、または全く別の理由なのか。
とにかく、そのあとのお父様の言葉を聞いたらすべてが百八十度変わってしまう気がして。
耳を塞ぎたい気持ちとか、自分の部屋に戻ってお布団にくるまりたい気持ちとか、いろんな感情がぐるぐるするなか、お父様は苦しそうに口を開きました。
「これから、スコットの名を名乗ることを禁じる。もちろん、この屋敷に訪れることも、僕の、目の前に現れることも。」
私は、目の前が真っ暗になりました。
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