4-8 親交
リオフラン王国は、五つの区から成っている。アシト区、サンド区、アイファサ区、ザナ区、モルガ区の各区が東西に分けられ、十の地区でそれぞれ投票し、集計する。朝から始まり、夕方から数え始めて、明日の朝、公表される。
という訳で夕方。
使用人たちが総出で票を数えている。二者択一だから、作業は単純だろう。ハルさんが駆り出されたので、エマはアリアの部屋にオレを連れて向かった。アリアは、昼過ぎに帰ってきたところである。アーストールさんを連れて来たそうだが、まだ出会っていない。ナナさんも開票しているが、ハロルバロルさんは部屋の前に依然として――毅然として、立っていた。まあ、この集計作業中に何か事件があれば、どちらの得点が高かったかなどどうでもよくなる。ガルイスさんとシャードがどうしているかは知らないが、必要な措置だろう。
「そういえば、王子殿下とは仲よくなった?」
オレはアリアに尋ねた。エマに介してもらうと、彼女は、
「私は、遊びに行った訳ではないのだけれど」と言いつつ、「改めて――素晴らしい方なのだって、分かったよ。とても、私のことを考えてくださっていた」
すっかりデレていた。エマとオレは、顔を見合わせる。
「姉上、殿下には国民投票のことを、お話ししたのですか?」エマがとりあえず、話題を変える。
「ええ。そうせよとの、
「はい。原因は、いまだ不明のようです」
エマは答える。
――と。オレの意識が、沈んでいく。
元の世界のことを考え過ぎたか。一昨日、優とは挨拶しか交わさなかった。向こうの世界で、見舞に来てくれたのか――それとも、また殴られるのか。
「エマ、アリア、ちょっと席外す」
オレは二人に言う――そういえば、エマにはオレが別の世界から来たことを、結局言っていない。アリアには教えた――アリアだけ、だっけ? アリアはオレが他のザンダンに移るのではない、
「ザンダン――
やはり気づいている様子のアリアは言う。オレが向こうの世界に戻ること、だけでなく、
「うん――」限界だ。オレの意識は落ちていく。人形の移動は引っ張られ、世界の移動は落ちる、そんな違いが今更ながら気にかかる。
○
「しゅうちゃん、おはよう」
優の隣に。
スマートフォンをオレに向けて構えている、
彼女は、「おはよー」と言いながら、シャッターを一回切る。
「えっと――」オレは反応に困る。何だろう、寝起きだし恥ずかしがりでもすればいいだろうか。いやそれだと芸がない――記憶喪失の振りでもするか。それはスベったらサムすぎる。オレは三秒の間、考えに考え――回答を、口にする。
「来てくれて、ありがとう……?」
真深は驚いたような顔をし、「う、うん……」と言ってスマホを下ろした。
「写真撮ったの?」
「え? ああ――」彼女は、手に持っていた機器に今気がついたかのように、その板を凝視する。「見舞に来た記念に、と思って。ほしい?」
「いや、いらねえけど――他の人にも、送るなよ」
「うん――」彼女は画面を見たままで答える。
どうにも挙動不審だ。学校の隣の席で見る彼女と全然違う。いつもは頼りになる、というかいつも頼っているクラスメイトとはかけ離れていた。一昨日には学校に行っていない間に新しい単元に進んでいた数学を丁寧に教えてもらったことを思い出す。まさか見舞の感謝だけではなく普段の感謝も伝えろと暗にアピールしているのか。
「真深」
「はい」
「いつもありがとう」
「ッ!?」彼女は――立ち上がり。「えと、お、お手洗い、行ってくる」と言い残して病室から出ていった。
結局間違えたのだろうかとオレが内省していると、それまでオレたちを静観していた優稀が、オレの耳を強く引っ張る。
「痛っ」
「なに
「え?」ちなみに千華ちゃんとは真深の下の名前である。真深千華。「別にそんなことは」
「あるでしょ。その気がないのに紛らわしいこと言うのやめな?」
「うん……」何のことだか分からないが、紛らわしかったらしい。「というか、なんで連れてきたの?」
「来たいって言うから」
「ああ」単純明快。まあ面倒面倒言っているが、わざわざ来てくれた人を追い返す理由はない。数学でも教えてもらおう。
その後、真深は戻ってきたが、もう帰ると言って荷物を持ち足早に病室を出ていった。優稀には残ってもらいたかったが、無理に引き留めることでもない。次に戻ってくる日は、後でラインすればいい。
オレは天井を眺めながら、向こうの世界のことを考える。投票の結果、ガルイスさんの案が選ばれれば、ザンダンは禁止となり――
だから彼女が指定したのは、
オレはまだ決めていないので、なんとしてでも向こうに行かなければならないし、エマが決めていたかどうかも不安だ。明日の朝。オレは必ず、彼女たちのところへ戻る。
オレは。
その時。
今まですっかり忘れていた、
オレはその日、残弾を数えた――訳では、当然ない。
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