4-7 一番近くにいるために


 次の日の朝。オレはぱっちり目を覚ます。ペン立てに立っているらしい。ということは、ガルイスさんのザンダンの中か。昨日のことを思い出しながらきょろきょろと辺りを見回すと、ベッドで寝ているガルイスさんとシーチェリナさんを見つける。



 その時、コンコンとノックがあり。



「ガルイス様、おはようございまーす! ハルレアが朝をお知らせに――」



 彼女は。ベッドの中の二人を見て――ドアをバタンと閉め、廊下を走って逃げ帰った。



 その一方、騒音に目を覚ましたシーチェリナさんは、体を起こし――隣で寝ているガルイスさんを見て、ぎょっとする。自分の体を見下ろすと――ベッドから降り、これまた部屋から出ていき、廊下を走って行ってしまった。



 この騒動の中、ガルイスさんは全く覚醒する気配がない。まあ彼が何もしていないのは、オレが証言できるためなんとかなるだろう、いやなると信じたい。ひとまず、彼を起こすかどうかを考えよう。朝食を一緒に取る決まり、それがまだ続いているかは分からないが、続いているなら、その内カムエさんが起こしに来るだろう。オレは何もしないことに決める。

 とはいえ何もせず待っているというのも暇だ。エマのザンダンはもう彼女の部屋に移されてあるから、この時間ならエマが抱いて寝ているだろう。彼女が呼んでくれる気がするので、それを待つ。




「――ザンダン!」




「お、エマ――」では、なかった。「ハルさん?」

「が、が、が」彼女は何やら、興奮しているようだった。オレを両手で握り締めて前後にがくがくと揺する。「ガルイ――」

「ガルイスさんなら、何もしてなかったよ」オレは先回りして答えておく。

「え?」「夫婦なら構わないことだとは思うけど――何もなかったよ、昨夜は」「…………」彼女は潤んだ目をごしごしと擦り、「あれ? あの部屋にいたってこと?」落ち着いたのか、当然の疑問を投げる。

「あー、ガルイスさんのところにも行けるようになった」「ガルイスくん、『ザンダン』持ってたんだ!」「うん、そうらしい」

 ハルさんは相好を崩す――が、すぐ伏し目になり、「そ、その、昨晩はどんな話を?」と尋ねた。

「んー、今日のこととか。カムエさんのこととか。昔の話とか」

「む、昔?」

「ハルさんと遊んだ話とか」

「わ、わたしが砂糖菓子を落としてありとあらゆる虫たちに襲われた話!? 坂で転んで両膝擦り剥いて、おぶわれて城まで帰った話!?」

「え? 誰に」「非力なガルイス様には無理だったから、シャード様に」「へえ、というかそんな話、聞いてないんだけど」「騙された!」

 ハルさんは、はあー、と大仰に溜息を吐く。「まあいいけど。それで、何も余計なこと言わなかった?」

「ハルさんのことどう思ってるか聞いた」

「考え得る限りいちばん余計だよ、それ」

「大切だって言ってた」

「どうぇい!」

「どうぇい?」

「そ、そっか、ガルイスくんもいいコト言うなあ」

「うん。ハルさん以外も、皆大切だって言ってた」

 ハルさんはぴたりと固まった――しかし、やはり、笑顔になり。



「そんなだから働き過ぎて、倒れちゃうんだよ……」



 そう呟いて、ようやくオレを下に降ろす。

「うん! さあザンダン、今日は忙しい日だよ!」

 そう言って近くに立て掛けていた箒を手に取る。

「聞きそびれたんだけど――エマは? ここ、エマの部屋だよね?」オレはようやくそれを尋ねる――



「エマ様なら、もう起きられたけど」



「え、エマが!? 自分で!?」




     ○




「――ザンダン、シーチェが戻ってこないのだが」



 オレはそんなしょうもないことで覚醒したガルイスさんに呼ばれる。

「そんなの、承諾なくガルイスさんが同衾――」

「誤解を解こうにも、向こうが来てくれないことには」

「もう元気になったでしょ。早く立ってください」オレはそう急かす。「今日は国民投票の日ですよ。寝てていいんですか」

「しかし医者せんせいが」

「いいから早く」

 長男は、ようやくベッドから出る。ラフな患者服のまま、廊下に出ようとドアノブを開けた――



――」



 誰かが、ガルイスさんに突っ込んでくる。その後ろからカムエさんが入ってくる。飛び込んできた人を、捕らえようとしていたようだ。そしてその突然の訪問者は。



「――ハルレア」



「おはようございます……」ハルさんはガルイスさんの胸から顔を離すと、そう挨拶した。鼻をぶつけて赤くしていた。

「――カムエ、シーチェリアを探してきてくれ」

 ガルイスさんは静かに言った。カムエさんはハルさんから手を離すと、廊下を歩いていく。

「はは……」ハルさんは鼻を押さえ薄く笑う。「すみません。先程お起こしそびれてしまったので――」



「ハルレア」



 ガルイスさんが――真面目なトーンで、目の前の女性の名を呼ぶ。

「……はい」

 ハルさんは、返事をした。



「その――君を。、くらいにはできると思う。身分が違えど。だから、私と――」



「その続きは、聞けません」

 ハルさんは、ガルイスさんの口の前に、ぴっと人差し指を立てる。

「ハル、レア」

「私、気づいてしまったのですよ」彼女は手を動かし、彼女がぶつかって乱れていた彼の服を直す。「そんなこと、しなくても。むしろそんなこと、しない方が――あなたのすぐ近くにいられる」

「…………」

「だから、これからもよろしくお願いします。私の大切な大切な――ガルイス

 ハルさんは――以前、彼にそうされたように、彼を抱き締める。ガルイスさんは、それに応じた。二人だけの時間。オレはとても、居心地が悪くなる。

「――そうだ、ガルイス様も『ザンダン』をお持ちだと耳にしたのですが」

 まずい。

 逃げ場がない。

「む? ああ、そこの机にある筆記具に――」

 ガルイスさんがあっさり教えてしまう。聞かれていたことに気づいていないのか。いや、もう彼としては、オレには何も隠さないスタンスなのかも知れない。オレは彼の、『話し相手』だから。



「すごい、『ザンダン』だ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」



 オレが訳も分からず謝罪すると、ハルさんはきょとんという顔になる。

「聞こえて――いるよ、ザンダン?」

「え?」

「何の話だ?」ガルイスさんが追いつく。そういえば話していなかったと、ざっくり所有者についてのルールを伝えた。

「つまり、何の不思議もない訳だね!」ハルさんは笑顔で言い放つ。「ガルイス様のものは、わたしのものと同義。ガルイス様にこの身を捧げることこそわたしの存在証明であり存在意義なのだから」

 そうらしい。シャードがナナさんに説いたようなことだ。まあこのまま追及を免れるならばなんでもいいが。



 と、そこへ。

「殿下!」



 扉を開けて――シーチェリナさんがようやく戻ってきた。「シーチェ、よか――」彼女は、ガルイスさんのところまで行って抱きつく――というより、服に顔を押しつける。そして顔を上げると、こちらを、というハルさんをキッと睨んだ。

 ただ、ハルさんはそんなことを気にも留めず、シーチェリナさんのところへ走っていく。

「改めて、よろしくお願いします、シーチェ様!」

 彼女の手を掴んで、上下に大きく握手シェイクハンズ。シーチェリナさんは訳の分からないという顔をしている。それはそうだ、彼女がいないところで話が始まって、終わったのだ。無理もない――というか、ハルさんがぶっ飛んでるだけなのだが。

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