4-6 ストライク


「過労で倒れたのだと聞いた。すまなかった」

「いや、謝罪ならオレ以外にしてくださいよ。エマもハルレアさんも、滅茶苦茶心配してたから」

「ああ。恢復したら、必ず」彼は強く言う。「カムエは――私の召使はどうだった」

「シャードのことは、訊かないんですね」

「奴は感情に流されないからな」

「あの人は――えっと、ガルイスさんのことを病気だって言って、最初、エマたちを通そうとしませんでした。シャードが来たら、引き下がったけど」

「……そうか」ガルイスさんは、「昔話をしていいか」そう言った。

「どうぞ」

「私には元々、専属召使が二人ついていた。親子だった。父親の名はカムイ。子供の名前は――カムエだ」

「親子――」

「カムイは真面目な男だった。カムエの性格は父親譲りだな。そんなカムイは――ある日、仕事中に倒れて、そのまま目を覚まさなかった」

「え?」

「過労が原因による脳血管の疾患――早い話が、だ。知らなかった、彼にそれ程、仕事を押しつけていたとは」

 いわゆる、過労死だ。日本で初めに定義され、karoshiとして世界で知られている。働き過ぎによって脳や心臓等に疾患が起こり、死に至る――言葉でいえば単純だが、実際そのレベルのハードワークをこなしている人が、まだ世界に何十万何百万といる。日本の労働基準法では、労働時間は一日当たり休憩を挟んで八時間、週四十時間が基本だから、とりあえずそれを超えれば働き過ぎとなる。まあ残業とか、特殊な契約とか、職種によって事情はまちまちだろうが、ただひとつ言えることは、ということ。連続して労働する場合は、殊更にだ。

「散々、後悔したはずなのに、今度は、私が同じ目を見ることになってしまった。カムイの件での反省を、生かせなかったのだ。カムエは、私にしっかり休養を取ってほしくてエマたちを部屋に入れなかったのだろう。彼も、後悔している者の一人だから」

 そういう――ことだったか。エマはカムエさんのことが苦手と言っていた――しかし彼は彼なりに、護るものがあって、貫き通すものがあって、行動している。エマがそれを理解できれば、もう少し、仲よくできるように思った。



「――暗い話になってしまったな。明日は国民投票によりこの国の未来を決める、大事な日だというのに。この話は、あまり言い触らさないでくれ」

「分かりました。そういえば――」オレは転換先の話題に喰いつく。「結局、ガルイスさんは最後まで一般人の銃所持禁止の立場でしたよね。あそこまで譲らなかったのは、なんでですか」

「――それは、国民の安全を第一に考えて」「ハルレアさんが撃たれたからですか?」オレは直球ストレートを放った。さて、相手は。

「…………」

 図星ストライク

 バッターアウトと言いたいところだが、その言葉に詰まった先が聞きたい。

「――それほどに興味があるというなら、話そう。ハルレアと私の、これまでの話を」ガルイスさんはそう前置きして、話し始めた。オレは大人しく、耳を澄ませる。




     ○




「私たちの関係は、幼馴染と呼んで差し支えないだろう。彼女に初めて会ったのは、私が三歳の時だった。


「ハルレアは、ハルキがグーヴから連れてきたことは知っているか。彼女自身が、当時のことを憶えているかどうかは知らないが、好ましい環境ではなかったらしい。ハルキが保護し、出国許可を得て、リオフランに彼女は来た。


「私の幼少期の召使がアヴであったこともあり、私とハルレアは引き合わされた。彼女の性格は昔から変わらずだ、すぐに打ち解けた。


「私は、王太子として。ハルレアは、使用人として。それぞれ育てられたが、遊ぶ時は、いつも一緒だった。それまで周りには、歳の近い遊び相手がいなかったからな。ファイは剣の振れない者に興味がないし、カムイとカムエの親子や、ナナが城に来るのは、もう少し後だ。


「私たちの遊び場は、そうだな、子供にとってはどこまでも広い城の庭か、裏山だ。まあ私は体力がなかったから、すぐ疲れてハルレアが走り回るのを眺めているだけだったが。


「私が六歳になった年。カムイがアヴと交代で、私の召使となった。シャードが生まれたてながらに、なかなかの悪童だったから、普通の使用人では手に負えなかったのだ。アヴでぎりぎり、制御できるくらいだからな。それは今も変わらずだ。


「それからは、シャードを仲間に入れ三人で遊ぶようになった。アリアは、母上とジセが結託し、どうしても外に出さないようにしていたらしい。初の王女であったからだろう、アリアは幼い頃は結構な箱入りだった。


「私とハルレアとシャード、三人で遊んで、城に帰ったらアリアにその話を聞かせる。それがその頃の日課だった。アリアが外で遊びたいとせがむ度に、ハルレアとシャードが連れ出そうとして、失敗して怒られていた」




「明確な転換点は、私が十二歳の年だ。カムイが正式に私の専属召使となり、加えて彼の息子のカムエが、修行のため同じく召使となった。そして、私の次期国王としての講義が本格化し、自由な時間が減っていった。同時に、ハルレアは、その年に生まれたエマの召使に抜擢された。丁度、ハルキが一般人と結婚し、城を出ていった時とも重なるな。


「それからは、今に至る、として構わないだろう。


「私たちの交流は、めっきり減った。たまに城内で顔を合わせれば、彼女は笑顔で挨拶してくれたが、その程度に留まった。


「私がシーチェと結婚したのは、一年ほど前だ。結婚といっても、普段彼女は実家にいるから、こうして城まで来てくれるのは、嬉しい。


「さて、結局、どこに話を落ち着けようか――銃規制の、話だったな。そうだ――、そう考えてもらって問題ない。


「ただし、ハルレアでなくても、私は同意見だ。撃たれたのがシーチェであっても、アリアであってもエマであっても、父上・母上であっても、カムエであっても、アヴやジセやナナ、使用人の誰であっても、ハルキやグィーテ、ファイ、ジギリタス、その他、三家の者、サルトル家を始めとした分家の者。


「一応、シャードも含んでおいて――民も、貴族・平民問わず誰であっても、私の耳に入れば、私はその者を護るために動く。それが私の目指す治世だ」

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