4-4 代行者
(シャードが)いい汗をかいたところで、病室に戻ると――ナナさんがベッドの横の椅子に座っていた。そしてベッドに寝ていたのは――エマだった。
「あ、ええと、ハルちゃ――ハルレアは、先程部屋を出ていきました。その前に我々が見舞にきたのですが、ハルレアが、エマ様が疲れているだろうからと、寝台を譲った次第です」
ナナさんは立ち上がってすらすらと答えた。シャードは「んー」と答えただけで、ナナさんの座っていた椅子の隣の椅子に座る。枕元にはエマのザンダンが安置してあった。
「おい、お前もうそっちに戻れ――ってそうか、エマを起こさなきゃあ」シャードはオレに向けて言った言葉を途中で切る。エマの目元には、深い
「もっとこう、呼びかけるようによ」
「は、はい。ざ、ザンダーン」
やはり変化はない。
「違うんだよなあ、遠慮してんのか? まさか」「こ、これはエマ様のものですから、私がどうこうとしていいものではありませんし」「…………」きっとそれが原因だ。オレは人形の所有者に呼ばれた時のみに移動できる。ナナさんは、エマのザンダンを所有しているとは考えていないのだ。まあ当然といえば当然かも知れないが。「分かった、しかしよく聞けナナハ。貴様は今、アリアの元を離れてエマの専属召使となっている。それはハルレアが抜けた穴を埋めるためだな?」ナナさんは頷いた。「だとすればエマを管理しなければならないのは貴様だ。エマの全ての所有物、それら一つ一つをエマ本人のように扱え。エマに代わって、所有物たちに気を配れ」
ナナさんは、シャードの言葉に蒙を開かれたように瞳を煌めかせる。そして再度ザンダンと向かい合い――
「ザンダン。少しの間かも知れないけれど、よろしくお願いします!」
――オレはエマのザンダンに移動する。
「お? おお、移動できたぜシャード」オレはそう報告する――
「ざッ!?」
ナナさんは、裏返った声で叫ぶ。ああ、そうか、所有者認定されたら、声が聞こえるんだった。
シャードが、粗方を説明してくれる。「――つまり、だ。アリアのザンダンも、貴様が大切に思えばこいつがそっちに入っている時も、声を聞くことができる。今後、エマの召使から離れたとしても、貴様がエマに対する気持ちを持ち続けりゃあ、声も引き続き聞こえるだろうさ」その一連の言葉に、ナナさんはいたく感動したようで、
「はい! これからも精進してまいります!」とオレを胸の前に抱きながら礼をする。
「じゃあオレは戻る。エマを頼むぜ」「了解です!」そうして、シャードは出て行った。
「――ハルちゃんも声が聞こえるのですよね。ならばエマ様を交えて、鼎談もできるのでしょうか」
ナナさんは言う。
「……ナナさん、敬語じゃなくていいよ。見ての通りオレは年下だから」オレはそう返すが、
「いえいえ、シャード様のお言葉通り、私はあなたをエマ様と同等に扱います! ハルちゃんの空席を引き継いだこの私が!」
ナナさんはそう言って譲らない。
「……ハルさんはオレに最初から敬語使わなかったんだけど」
「いけませんね! 根性叩き直してやりますよ」
オレたちがそう騒いでいると、「ん……」と。
エマが体を起こす。
「エマ様、お目覚めでございますか。昼食を用意しますゆえお待ちください」ナナさんは部屋から出ようとして、オレの存在を思い出す。「ああ、それとエマ様、ザンダン氏がいらっしゃっています。どうぞご歓談ください」そう言って、オレをエマに手渡す。
「――久し振り」
何と言えばいいか分からず、とりあえずそう挨拶した。彼女は腫れぼったい目でオレを見る。「つまり、ナナにも声が聞こえるようになったってことなの?」がさがさした声で言った。オレは「うん」とだけ言う。直後、エマの顔がオレの頭頂部に激突したからだ。ダメージはないだろうが――よほど疲れているのか。オレはこういう時に動けない自分の体が憎い。
ナナさんがサンドイッチのような何らかの食べ物と、牛乳のような白い液体を持って戻ってくるが、オレの状態を見てオレを助けて出してくれる。エマは再び、仰向けで寝かされた。ナナさんはエマの昼食に布を掛けて、枕元の机にオレと並べて置いておく。「食べてはいけませんよ、ザンダン」彼女はそう冗談めかして言って、「エマ様が起きられたら、召し上がるよう伝えてください。私は今し方、用を頼まれましたので失礼いたします。ハルちゃんはもう少しで帰ってくるはずです」部屋から再度、出ていった。
○
ナナさんの言葉通り、ハルさんはやがて病室に戻ってきた。
「やー、おじーちゃんと喧嘩してきました」
そう言いながら。
「殴り合いってこと?」「いや、舌戦。なんか今の城内の運営方針に口出したら怒られちゃった」
「ハル、休んでいていいよ」エマがベッドから降りて、椅子に座る。「完治はしていないのでしょう」
「あ、ありがとうございます。もう軋んで軋んでずっと痛いんですよ」
ハルさんは布団に入り、傷の辺りをさする。見た目は余裕綽々という感じだが、銃痕だ、それなりには深いだろうし――やはり、無理を押して働いているのか。
「それで、ザンダン」エマはサンドイッチのようなもの――というかパンのようなものに野菜や肉を挟んであるため、まあオレの世界でいうところのサンドイッチなのだろう――を齧りながらハルさんが来る前に話していた話題を再開する。「姉上には、誰がついていったのか分かる?」
「あれ、アリア様はどこかへ行かれたんですか?」
何も知らされていないのか、ハルさんが訊いた。
「救援を頼みにグーヴに行ってるんだよ。オレが知ってる限りではコーラスさんと、グィーテさん。あとは多分ハロルバロルさんと、グーヴから奉公に出されてる、ジェラさん? もついてってるだろうな」オレは二人の質問に同時に答えた。
「かなりの人数が駆り出されているのだね。それでこの国は今どう運営されているの?」
「オレが聞いた限りでは、長男が事務処理をしていて、アリアが外交、シャードは長男とアリアの普段の仕事を肩代わりしてるって」
「な、なんでザンダンはわたしより事情通なの?」ハルさんはわななく。
「そう――わたしも、手伝わなければ」
エマがそう言ったのと同時に。
病室のドアが開く。
「ハルレア――エマ様。こちらにいらっしゃいましたか」
「アヴ」「おじーちゃん」
入ってきたのは、次男の専属召使、シュロウさんだった。最近は謹慎してばかりであまり姿を見かけていなかったことを思い出す。
「丁度よいです、ご報告なのですが――
「え?」
国王に続き――王太子まで。
この国は、一体どうなってしまうのか。
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