4-3 ステップ
シャードが丁度、彼のザンダンを持っていたため、オレはそちらに移って、城内の様子を見せてもらう。使用人たちがパタパタと廊下を駆け回っている中、シャードは廊下の真ん中を堂々と歩く。
「……シャード、何かやらなくていいの?」
オレが尋ねると、
「あ? やったんだよ、もう」との返事が返ってくる。
「でも長男も、アリアも、忙しそうだぞ」
「兄上は今、執事と宰相の補佐の下、王を代行していらっしゃるから忙しくて当たり前だ。アリアはあれだ、グーヴとの協力体制を敷こうとしてる。ちなみに今朝、グーヴに発った。オレは普段の兄上の仕事とか、アリアの仕事とかを手っ取り早く済ませる係って訳だ」
「…………」彼自身の分も併せて三人分。どのくらいの量かは知らないが――涼しい顔であっさり終わらせている。まだ昼前だ。「まさか……意外と有能……?」
「意外じゃねえだろ。俺はこの国の――」彼は、言葉を途中で切り。「――悪かったなザンダン。
「え?」
「
彼は腰の剣に手を遣る――
ものすごい速さで、誰かが近づいてくるのが分かった。
人影が視界に入る。手には――抜き身の剣。
まさか――また、暴漢が? しかも城の中に。慌ただしくて門の警備に穴ができた? 一大事どころではない。その影はまっすぐこちらに向かってきて、その剣を――
――シャードが抜剣し受け止める。火花が散った。
影はバックステップで少し距離を置く。そしてようやく――その女性に、焦点が合った。
「ファイリースさん!?」
「勘弁してくれよ、ファイ」シャードは剣をするすると鞘に戻す。「貴様だけだぞ、こんなことが城内で許されるのは。アーフュだったら一発で縛り首だ」
彼の言葉に、隣をそっと通り過ぎようとしていた
「仕合う相手がいないのです!」ファイリースさんは、剣を8の字に振り回す。いや、横倒しだから∞か。「父上はアリア様に同行され、ガルイス様はもうずっと書類仕事をされており、兵団にも道場にも私の大太刀を受け止められる者がいないため、シャード様の元へ馳せ参じた次第です!」
「グィーは? あいつは受けられるだろ」
「グィーもアリア様と共にグーヴへ!」ファイリースさんも剣を鞘に収めた。「さあ、手合わせ願います!」と思ったら、反対側の腰の長刀を抜き始めた。ファイリースさんがこれ程の戦闘狂だったとは――いや、二面性、ということか。
「いいぜ、表へ出よう。ここでこれ以上暴れると、アーフュの首と胴体が別れかねん」
シャードは乗り気でそう言った。というか彼の性格は、ファイリースさんの影響を強く受けた結果なのかも知れない。
後ろの方で、アーフュさんが叫びながら遠くへ逃げる音が聞こえた。
○
中庭でのシャードとファイリースさんの試合をしばらく見ていたが、シャードはどうやら割と剣の腕に覚えがあるらしい。道場を取り仕切っているというファイリースさんに負けるとも劣らない猛攻を見せていた。ちなみにオレが勝手におかしいと感じているだけか、それとも本当に二人がおかしいのかは分からないが、防具を着けず、文字通りの
ファイリースさんは大太刀と、いわゆる普通の剣とを10分ごとくらいに持ち替える。大振りと小刻みをいずれの剣でもやってのけている。一方のシャードは、一本の剣を長く持ったり短く使ったり、相手の太刀筋をいなしながら攻撃の隙を狙う動きか。
とはいえ、流石にファイリースさんの方が腕はいいようで、最終スコアは、二十戦してシャード四本、ファイリースさん十五本、時間切れ一本。二人は試合の後、ベランダの縁にオレを挟んで並んで座り、休憩をする。
「あー、引き分けの試合、俺が優勢だっただろ。判定勝ちを採用しねえか」
「あれは私の勝ちでしたよ」
「はあ? あそこで試合を止めなければ、切り返して貴様の頭に――」
「届く前に、私が二撃目を打ち込みますよ」ファイリースさんは澄ました顔でそう言って立ち上がる。二十試合もして、疲れていないのだろうか――シャードは今にも死にそうな顔だというのに。「では、私は用事がありますので失礼させていただきます」彼女は一礼して去っていった。大人しい――というか、今までのイメージのファイリースさんだ。どちらが表で、どちらが裏なのか――その区別には、多分意味がない。
「あー化け物だー。ザンダン、ファイにだけは喧嘩売るなよ、死ぬぞ」
「いや、売らないっつーか売れねえけど……」オレは平べったい体で主張する。「まあ強いことは見てて分かったよ。ただ……
「バカだなやっぱり」
「あ?」
「
「それは――憶えてるけど」
弓よりも銃が優れているのだと、シャードが熱弁していたことだ。その件については、まあ納得できている。
「だったら剣について考えてみろよ。必要な手順は何だ」
「そりゃあ、①狙いを定めて②振り上げて③振り下ろす――」
「①狙いを定めて斬る」
シャードは言い放つ。
――ん? ううん……ううん?
「いや、それは――」
「剣は最後相手を斬る時には手首を使うんだよ。それで相手の動きに細かく対応する。対して銃や弓は、手元を固定しないと当たらねえ。相手の直前の動きに対応できる奴ぁ、ごくごく稀だ」シャードは地面に置いていた剣を拾って、鞘から抜く。太陽光が反射して眩しい。「剣っていうのは元から固定して振るもんなんだよ、固定しながらも、咄嗟の切り返しで相手を裂く。
オレは言われたことを噛み砕く。確かにそれは、正しいかも知れないが――銃と剣が、サシで戦うとして。単射だったら撃たれそうになる度に細かく避けて、間合いを詰めて斬りかかればいいだろうが、連射の場合、避け続けられたとしても距離が詰めにくい。相手が絶え間なく撃ってくるということは、
これはファイリースさんを想定しての話だったのだろうか。それとも、何か考え切っていないことがあるのか。オレは以前のシャードに教授された内容を思い出す。ついでに、銃規制に関して考えた代案のことも――
「――ああ」
オレは声を上げる。そういうことか。シャードは笑う。「理解したか」
「
アリアが言及していたことだ。
「いや、でも銃剣って剣というより槍じゃね?」
「槍は剣だろ」シャードはすぐ反論した。
「いや、でも間合いが――」
「間合いだけだろ。刃の部分は剣より小せえ」
早い話が――槍を相手にする場合、槍の刃より内側、持ち手側のゾーンに入ってしまえば、槍は勝てないということか。棒で殴っても、打撲くらいにしかならない。槍は相手との距離を保って戦うもので――銃剣なら、遠距離と近距離、どちらにも対応できる。
弾切れを狙って、剣で戦うという戦法。前半の銃撃戦で喰らわなければ、後半で無双できるが――
「じゃあファイリースさん、銃の練習もしなきゃ勝てないじゃん」
オレはシャードに言う。
「いや、ファイは銃使えるぞ?」
シャードは返した。
「……もう何でもありじゃねえか、あの人」
「常識の範囲内だろ。歴史を学べば政治は学ばなくていいのか? 計算を学べば統計は学ばなくていいのか? そもそも、
そう言われれば――反論しようがない。もう『ザンダン』ではなくファイリースさんがやればいいのではとも思ったが、彼女の性格の二面性を思い出す。アレが上司というのは、何というか嫌だ。発作的に勝負を仕掛けてくるなんて心許ないどころか命の危険を感じる。
「まあ剣がいちばん強くてその中であの人が最強ってコトは、分かった――」いや。
「グィーも勝てねえぞ」
こうして勝負は決した。優勝者ファイリース・ミスエル。
「ちなみに団長さんは……」「コーラスは年齢的にもうムリだ」間髪入れずにシャードは言った。時の流れは残酷だ。
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