3-7 依存
銃刀法。
銃器・刀剣の所持を禁じる日本の法律で、公布されたのは戦後だったか。日本では銃は警察官と猟師くらいしか所持してはいけないはずで、後は競技用とか、エアガンとか──エアガンにも規制が入ったんだっけ? 刃物を使う職業は、まあ料理人とか。いわゆる日本刀は博物館か、もしくはコレクターの人しか持っていないだろう。鋏や木刀はセーフ。オレの知識ではこれが限界だ。
病院内のカフェにて、二人で遅めの昼食を頂く。歩き回っても大丈夫ではあるが、簡単な検査をしてからとのことで、昼食というよりおやつになった。
「はい、これでいい?」
「ありがとう。あと、外国の銃規制の法律も探してほしい」
「ずいぶん都合よく使うじゃん」左手で器用にフォークを使いながら、右手でスマートフォンの検索エンジンをかける優。彼女は基本は右利きだが、スプーンとフォークは左利きなのだった。箸は右利きだ。「うわ、香辛料キツい」
「優が苦手なだけだろ」オレは横から少しスパゲッティを巻き取って口に入れる。オレとしては丁度いくらいだった。唐辛子の輪切りがちらほら見えるが、それだろうか。
さて、条文に目を通す。
正式名称は、『銃砲刀剣類所持等取締法』。
昭和三十三年法律第六号。
西暦でいえば、一九五八年。東京タワーができた年だっけ?
所持してはいけないのは──
後は、銃の部品や実包も所持してはいけないとか、輸入してはいけないとか、あげたりもらったりしてはいけないとか、勝手に作っちゃダメとか。
一番刑が重くなるのは、当然ながら殺人罪。公共の場での発砲は、最高で無期懲役。それ以外は、有期懲役か罰金。
大体理解したところで、優がタブレットを取り上げ、しばらくして返してきた。「アメリカの銃事情。とりあえず合衆国憲法が現状維持の根拠になってるらしいね。あと、銃規制法」彼女はタブを見せる。オレは読み始める──が。
英語英語英語英語英語。
英語英語英語英語英語。
英語英語英語英語英語。
「優稀」
「ん?」
「ムリ」オレはタブレットを返却する。英語が苦手という訳では決してないのだが、あまりここまで長文を読むことがないのと、最初の数語で知らない単語があったため、読む気が減退したのだ。
「いや、これくらいの文章読めなきゃ大学受験できないよ?」彼女は言いながら、読み始める。「まず、合衆国憲法。“A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.”──つまり、兵器を所有・携帯する権利は侵されるべきでないってコト。ここまではOK?」
「どの部分がどういう意味なのかはさっぱりだけど、OK」どこがカンマで区切られてるかは辛うじて分かったけど。
「現在分詞があるから分詞構文か後置修飾かって感じでしょ。まあ文意的にStateまでが独立分詞構文になってるだろうから、『~なので』くらいに訳出しておいて」
「あー、実は分かってる。大丈夫」話が長くなりそうだったので、途中で切っておく。「それが、銃規制反対派の、根拠な訳か」
「うん。ただし銃を所持してはいけない、って定められている人もいて。年齢以外だと、銃規制法に“It shall be unlawful for any person - who has been condicted in any court of, a crime punishable by imprisonment for a term exceeding one year; who is a fugitive from justice;”──」
「あーえっと、簡単に言うと?」
「判断力ない人は使っちゃダメ」
なるほど、格段に分かりやすくなった。crimeとか何とかと聞こえてきたので、犯罪歴がある人等の話なのだろう。もっともな規則である。
続いて一人当たりの銃の所持数を調べると、一位は予想通りというか何というかアメリカ。後は順位が高いのはカナダとか、スイスとか。意外なところではスウェーデンとか。まあ兵役がある国では、普段から銃に慣れていなければならないという意味合いもあるのだろう。アメリカには現在徴兵制はないが。
ただ、所持していいのと使用していいのは違う、国によって違うが、別にどこにでも携帯して行っていい訳ではない。その辺りは国次第で、例えば人に向かって撃ったり公共の場で撃ったりするのを滅茶苦茶厳しく罰すれば、悲惨な事件はある程度は防げるだろう。所持者をしっかり把握するというのも重要だ。
後は──
○
昼食を終え、オレたちは病室に戻る。
「結局役に立ったの? 調べものは」
優はそう尋ねる。まだまとまってはいないが──情報の量なら、十分だ。
「うん。ありがとう」
「はー……しかし折角の
「え?」オレはデジタル時計の、日付を見る。五月一日──確かに、二十九日の昭和の日から続く、いわゆるGWの真っ最中だった。高総体に向け、練習試合等たくさん詰め込まれる時期。それを寝て過ごして、大丈夫だろうか──というか、スタメンはもう外されたのだった。そういうラインがあったことを思い出した。
このまま、向こうの彼女らとの交流が続くとなると、学校、特に出席日数。出席停止とか休学扱いにしてもらえるのかどうか、優稀に尋ねようとしたが──もうさんざん、手伝ってもらっている。これくらいは、後で学校に訊こう。
「勿体ないなー」優は言う。「──あれから、例の夢、見た?」
「夢?」
「エマちゃん? とかいう幼女と、楽しく遊ぶ夢」
「ああ──」そうだった、そういう説明をしたんだった。改めて聞いても、変な奴である。優の言い方に、悪意があるとも捉えられるが。「見てるよ。毎回」
「毎回……?」彼女はあからさまに引いていた。ああ、また変態に変態を重ねた発言をしてしまう。とはいえ概要としては事実だし、言い訳として、タメの女の子や年上の男が出てくると説明しても、現状は変わらなそうだ。『タメの女の子』だけ切り取られて更に悪いイメージを持たれる恐れもある──いや、だからといって事実ではないと宣言すれば嘘になるが。自分の言葉には、責任を持つべきで──それだけに、慎重に言葉を選ぼう。
「何の病気かは、まだ分からないんだ?」
「あー……うん。でも深刻な病気は、今のところ見つかってないって」オレは心配をさせないようにそう言う。しかし彼女は、「未知の病気かも知れないじゃん。医者の言うこと聞いてね?」と言って、真剣な眼差しをオレに向ける。……オレの延命を誰よりも強く望み、オレの帰還を誰よりも近くで待っていた、彼女の言葉。それは重くのしかかりながらも、オレをこの世界に繋ぎ止めてくれているものだ。実際、彼女の呼び掛けが、こちらの世界に戻ってくる条件である。だからオレも、優稀のことを考えて、寄り添っていく必要があり──まず、分かろうとする努力。
公園での優の言葉を思い出す。
『
そのことについて尋ねてみようと、「優──」と口を開くが、途中で思い留まる。彼女が知っていることを、オレが知らない訳がない。オレ自身の口から発した言葉だ。自分の言葉への責任。『
オレに呼びかけられて、きょとんとしている優に、「やっぱり何でもない」と言ってベッドに寝転ぶ。
「じゃあ帰るよ? 明日学校だし」「え? GWは?」「今年の最低な日取り知らないの?」優はげんなりとした顔で言う。「四月二十九日、昭和の日が金曜。土日休んで五月二日、平日の月曜。五月三日から五日まで連休で、五月六日、平日の金曜。そして土日があって、また通常に戻る」両手をグーにして前に突き出し、彼女から見て右から、休みの日は指を立て、平日はそのまま。右手の人差し指が二日、左手の中指が六日か。「会社勤めだと、間の平日に休み取れて十連休かも知れないけど、学生はこーいう時だけカレンダー通りに行かなきゃだからねー」
「自主休校すれば」
「皆勤かかってるのに、そんなコト──」彼女は言いかけて、口を噤む。この間、学校をサボったのを思い出したようだった。まあオレのせいな気もするので、敢えては言わないが。「別に行くよ。皆も、休むって言いながらほぼ来るだろうし」
「ん。じゃあまた今度」
「……今度って、いつ」
オレは少し考える。「来られる時に、来て。起きてると思うから」
「今日は起きてなかった」
「……呼びかけてもらえば、起きられると思います」
オレが異世界に行っているとか、優の呼び掛けがオレが起きる条件とか、そういうことはまだ伏せるべきだ。これから、明かさなければならない場面が来るかどうかは分からないが、少なくとも今ではない。
「なら、明後日、部活終わりにでも。来られなかったら連絡する」
「あー、連絡はしなくていい。ほら、起きてて暇な時間は、勉強しなきゃならないから」本音は、連絡されても既読がつけられないから。ずっと寝てたと弁明すればいいかも知れないが、これ以上、彼女との関係を不安定なものにしたくない。
長男と、ハルさんのことを思い出す。長く続く関係には、優しさとか、思い遣りとか、そういうものが必須だ。オレはとりあえず──全てを、いつか彼女に話そうと決意する。
「ん。バイバイ、おやすみ」
「ばいばい」病室の扉は閉まる。
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