3-6 代案


 アリアから聞いた事情をまとめると。



 オレ──『ザンダン』が、を持っていること。それが銃を、身近で危険性の低いものかのように演出しているのであり、それは国政の大きな支障となり得る。ゆえに──先程の決議に繋がる。



 最悪だ。

 そもそも発端の事件の犯人は、『ザンダン』の話など一瞬もしていないし、言っていることはバトル漫画が好きな人は喧嘩っ早いという論とレベルが同じだ。ただ──分かりやすい原因としては、そうなるのであり。今後の銃とのつきあい方を考えると、完全に国が管理するのが望ましい形なのは理解できる。理解できるが──納得できない、というのが実状だ。



「私も反対。推論にしか過ぎないし、もはや娯楽として小さくない規模で商品展開されているから規制が完全に終了するのには時間がかかる。それに、規制することで──逆に、余計な反発を招く可能性がある」



 アリアは言った。今はアリアの部屋にいる。移ったのはシャードの欠片人形だったが、持っていたのはアリアだった。

「エーエル家がどうなるかは? 話し合った?」

「それは流石にまだだった」彼女は答える。「どうなるのだろうね。ハルキ先生が、今日は発言されていなかったのが気にかかったけれど──エーエル卿は、饒舌であったし」

「え?」てっきり、『ザンダン』の規制はハルキさんが中心なのだと思っていた。それが、発言していないとは。エーエルさんは目下、家を存続させることが目的であるため、『ザンダン』の規制を主導する意義はない。規制の目的は政府が銃の管理をすることであって、その延長線上にエーエルを三家から弾くことも当然あり得る。彼がよく喋っていたというのは、自分の家を護るための言葉を並べたのだろう。今後は銃を使っていくことを決意したのなら別だが。「アリア。その規制ってのは、一体誰が──」

 コンコン、とノックが聞こえた。

「どうぞ」



「失礼します」

 そう言って入室してきたのは──話題に上がっていた、ハルキさんだった。



「先生。何用でしょうか」アリアも驚いたようで、立ち上がって彼女の元に行く。彼女はアリアの部屋を見回す──その途中、オレと目が合った。

「気になったことがあったのですよ。奇を衒わず率直にお尋ねしますが──なぜ、先程の決議で、反対票を投じられたのですか」

 アリアは──言葉に詰まる。ハルキさんは喋り続ける。



「『ザンダン』の人形──この部屋には、あるようです。アリア様が、『ザンダン』を気に入っていらっしゃるからですか? ようなので、お二人が同じ理由で反対したとは考えにくく、訪ねてお尋ねしました」



 その台詞は──つまり、シャードの部屋にも行ったということで。

 そうだった、オレは今、シャードの人形に入っているのだ。アリアの人形は、ベッドの枕元に置いてある。彼は、ハルキさんが来ることを察知して、あらかじめアリアに自分の欠片人形を預けたのか? 厄介ごとを妹に押しつけるため──とも思ったが、そうだ、。ではなぜ人形をわざわざ手放す? ──いまだに、彼のことはよく分からない。



「エマ様も、『ザンダン』の人形を持っていらっしゃるらしいですね。そのことも関係があるのですか?」



 オレはどきりとする──が、知っていても、別に不思議はないか。オレがこちらの世界に来られるようになってもう二週間。その間、オレが見かけたことがなかっただけで、きょうだいの誰か、あるいは城内の誰かが既に教えていることかも知れないし、昨日の夜、オレが寝ている間にハルさんの見舞に来たのかも知れない。アリアも同様に考えているようで、動揺の色は見えない。──が、



「すみません、先生。このような私的な理由で」



 アリアは頭を下げる。



「──アリア」「ああ、いえいえ、お顔をお上げください」オレが声を掛けようとしたところに重なってハルキさんが言う。この様子では、彼女にはオレの声は聞こえないらしい。少なくとも、この人形の声は。「咎め立てるつもりは、毛頭ございません。シャード様もアリア様も聡明な方ですから、短絡的な思考ではないと理解しております。そもそも、この話し合いは王のため、王家のためのものですので、アリア様の都合で話されることになんら問題はございません」

 そうらしかった。なんだか拍子抜け、というか。だったらなぜ来たのかといえば──本当に、気になった、だけなのか。

「でしたら、先生──」アリアが、口を開いた。「私からも、尋ねたいことがあるのですが」

「何でしょう」

 アリアは少し逡巡しているようだったが、オレを振り向くと、意を決したようにハルキさんに向き直り。






     ○




「可能か不可能かならば、可能です」ハルキさんは言った。「代案を提示し、先の決定を無効化するかどうかを決議するのです。ただし、重要なのが、、です」



 つまり──『ザンダン』を禁止すること以上に効果的な、銃規制への策、または、銃とのつき合い方の、根本的な転換。

 アリアは果たして、それが思いついているのか──

「……考えて、みます」

 ──いないようだった。まあ、さっきの今で、すぐに考えるというのは難しい話だ。ハルキさんはにこりと笑い、「焦らず探してみてください、私もお力添えできることがあれば積極的にさせていただきます」と言い、「では、失礼いたします。これから、ハルレアのところに行かなければならないので」と言って、部屋から出ていった。──そうだ。ハルさんだ。

「アリア──」

 オレがそう呼びかけようとした時。オレの意識が、ゆっくり、沈んでいくのが分かった。まずい。この感覚は。アリアは、「なに?」とオレの方へ戻ってくる。オレは──最後の瞬間ギリギリまで使ってでも、彼女に後のことを任せなければ。

「アリア──エマに、ハルレアさんのこと見ててって頼まれたの引き受けてくれ。オレは──戻るから」

「──うん」アリアはすぐに察する。「その、次に来るのは、いつになるかな」

「明後日──までには」意識が遠のく。「オレも、考えるよ。『ザンダン』が禁止にならないように、どうすればいいか──オレも、アリアやエマと、会えなくなるのは、嫌だから」

 オレの視界は暗転する。「優しいね、ザンダンは」最後に聞いたのはそんな言葉。彼女の笑顔は、目に焼きついた。



「──しゅうちゃーん」

ユウッ!」



 オレは体を起こす。口には人工呼吸器のマスク。優稀ユウキは驚いた様子だったが、オレの肩を突き飛ばして、オレをベッドに倒れさせる。「──え?」

「嘘吐いた」優はそっぽを向き言う。「あたしが来る頃に起きてるって言ったじゃん」

 オレはマスクを外し、時計を見る。十二時過ぎ。予定より少し早かった。オレは頭を掻く。「……お昼、食べた?」

「──医者が、歩き回っても大丈夫って言ってたから」彼女は立ち上がる。「どこかで喰おうとでも考えてたのに」

「ゆ、優稀!」オレは急いで引き留める。何かあったら嫌なので、残念ながらベッドの上からは動けない。「頼みたいことが、あるんだよ」

「なに」彼女は、オレの話を聞いてくれるようだった。

 ベッドの端ギリギリで、オレは声を絞り出す。



「銃刀法を、調べるぞ!」

「は?」

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