3-2 骨には骨を


 シュロウさんはまっすぐ歩いていく。今度は誰も止める者はいない。進んだ先の──ハロルバロルさんの肩を、ぽんと叩く。

「そう威圧するな。誤射したらどうする」

 その言葉に、ハロルバロルさんは後ろに引き下がる。団長はほっと一息吐き、再びテロリストに向き直る。

「オイ! 誰だジジイ! 王を呼べと言ってんだろ!」

 彼は持ち直してきたのか、そう叫ぶ。対してシュロウさんは、極めて落ち着いて、

「ほう──儂が誰だか知らないとは。から聞いていないのか?」

 と言い放った。

 それは──シャード専属の召使ということでは、ないのか。シャードはアリアの一つ上、つまり今年で十八歳。彼がシャードさんに仕え始めたのは最大でも十八年前だ。それを祖父から聞くというのは変な話で、では何か、別件なのだろうか。

「エマ、どういう意味だか知ってる?」

 オレはエマに尋ねた。彼女は、「ええと」と。

「ハルに、歴史の勉強で教わったことなのだけれど──アヴは、かつての、リオフランとグーヴとの戦争で旅団を一つ率いていたの。実際に戦場で、敵軍と剣を交えていたそうだよ」四十年近く前のことだけれど、とエマはつけ加える。「でも、昔なだけあって、当時生き残った兵たちの多くが既に亡くなっている。あの男のお祖父さんも、出征していた一人なのでしょう」

「この方は──貴様の言ったかの戦争の生き証人にして、第二王子シャード様の召使なるぞ!」

 団長が大仰に言う。対する男の顔は──さっと青褪めた。

 当時の戦いを経験した者で、現体制に賛成の者と、反対の者。どちらが誤っていると、判定することは難しいが──実際に、今も現場で働いている者の方が、多くを分かっていて、より正しいことには、なるだろう。

「加えて、貴様がかき抱いているその者は第二王女エマ様の召使だ。ようやく自らの愚かさに気づいたか?」

 シュロウさんは、静かに問う。

 男は──動揺しているようだったが、突如、銃口を天に向け、

 、と一発打った。

 一同の間に、再び緊張が走る。



「ここまで来ちまったらもういくら罪を重ねようが変わらねえ! 王を呼べ、お前らが間違ってることを、おれが教えてやる! オイ、こいつが撃たれてもいいのか!」



 男は、銃を構え直す。

「やめろ、下らん悪あがきだ! コーラス、取り押さえろ!」

 シュロウさんは叫ぶ。しかし団長は躊躇しているようだった。ハルさんの顔が歪む。

「早くしろ! でないと、でないと──」

 団長は動かない。シュロウさんは、腰のサーベルに手をかける。

 そこへ。





 が一人、門へ歩いていく。

「ッ、しかし!」

「可愛い可愛い義孫まごが心配で心配で、出張ってきたんだろうが──剣を抜けねえなら退がってろ」

 そのは、腰の剣を抜く。テロリストの男は、先程以上に顔を真っ青にしていたが、「く、来るな! この女を撃つぞ!」

「撃てよ」剣を構え、は言う。「撃とうが撃つまいが、俺はお前を斬る」は足を止めない。

「──ッ!」

 銃を構えながら、男はがくがく震える。銃口が揺れ、弾の方向が定まらない。それに対し──一気に間合いが詰められる──!



 、と。



 ハルさんの体が、大きく揺れた。

 右胸から血が吹き出る。エマが息を呑むのが分かった。



「──『──』」



 剣先が、狙いを定め。



「『──』」



 男の、右胸を貫いた。



「──ハルッ!」



 ようやく、エマは叫ぶ。刺した剣を手放し、──シャードは、犯人から放たれ、地面に倒れそうになったハルさんを、腕を伸ばして支える。

「仕方ねえなハルレア。怪我したお前を運ぶのはいつも俺だった──」シャードは、ハルさんをお姫様抱っこする。「コーラス! これで好きなだけ取り押さえられるだろう。いいか、絶対に」

 彼は、団長を振り向き。



。そして。後悔させてやるからよ、今回の件」



 本気の怒り顔で、そう言った。

「爺さん。早く報告しに行け。今回の失態を取り返せ」

 続けてシュロウさんに言う。彼は、「は、ただいま……」と急いで城へと戻る。シャードも、ハルさんを抱いて城へ向かう。途中、白衣を着た人たちによってハルさんは担架に乗せられ運ばれていった。




     ○




 エマは窓から離れ、ベッドに腰を下ろす。オレは、彼女の隣に据え置かれた。

「──あの男は、どう裁かれるの? 傷害罪?」

 オレは尋ねる。

「そうだね、有り得るのは不敬罪、叛逆罪、傷害罪と、専属召使に対する傷害の罪──」

「え? 後ろの二つは何が違かった?」

 オレは話を遮り訊いた。傷害罪と、専属召使に対する傷害の罪。後者の方は──シュロウさんの言葉に、関係ある気がした。

「教えていなかったっけ?」エマは首を傾げる。「王の子供たちは専属で働いてくれる召使をそれぞれ自分たちで選ぶの。まあ、で選ぶから、最終的には執事が責任を持って認可するのだけれど──とにかく、王家の人間が選んだ者、その身に危害を加えることは間接的に王の子らを傷つけることであり、延いては国家に対しての叛逆である──ということで、専属召使に対する暴力は、軽度の叛逆罪といった扱いなの。通常の傷害罪と併せて問える上、刑は決して軽くないから、よほどのことがない限り、起こらないよ──」彼女は、唇を噛む。「この件は、完全にあの男が間違っている。彼は何も分かっていない、姉上のことも、この国リオフランのことも」

「うん」オレは賛成する。しかし、専属の召使たちがそういう風に法で護られていたとは。エマはよくハルさんを街に行かせているし、他のきょうだいもそうなのだろう。譬えが下手だが、国会議員の不逮捕特権みたいなものか。代わりが利かない重要な役職についている者は、法によって護る必要がある。国会議員が護られるのは、彼ら彼女らが国民によって選出された人であり、逮捕されたため他の人を代わりに立てる、ということができないからだ。

「は、ハルのお見舞いに行かなければ」

 エマはベッドから下りる。それをオレは、「でも──今は、治療中だろ」と引き留める。

「でも──側にいてあげなきゃ」

「気持ちは分かる。だけど──」オレは退かず言葉を続ける。「肺──最悪、心臓にまで届いているかも知れない傷だ。オレたちが行っても、邪魔なだけだよ」

 エマは──聞き分けよく、再びベッドに腰掛ける。こればかりは、専門知識がなければどうしようもない。この世界の現在の医療技術がどのくらいなのかは分からないが、銃の発達具合からして、ある程度は信頼しておいていいだろう。悲しいことだが、撃たれた場所によれば、オレのいる世界の技術でも助からない場合はある。今はただ、急所は逸れていたよう、そして手術がうまくいくよう祈ることしかできない。



 その時。



 オレの意識が、ゆっくりと沈んでいくのを感じた。

 なんて最悪のタイミングだ。

「エマ──」

「なに、ザンダン」エマはオレの顔を覗き込む。



「悪い──すぐ、戻ってくるから」



「えっ──」

「夜には戻る。独りにしてごめん。それと──」



!」



 エマは、なんとか形成した、不格好な笑顔で言う。

「分かっている。任せてよ、ザンダン」

「──エマ」

 オレの意識は──完全に落ちる。

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