第三章 フリ素オレ、泣く子と銃には勝てないようです

3-1 銃


 、という乾いた音に、アリアとグィーテさんは反応する。今の音は──銃声、だろうか?

「アリア様、座っていて下さい」立ち上がろうとするアリアを、グィーテさんが落ち着かせる。彼はアリアに、机の上のオレを持たせて、窓から外を見る。オレに彼女を護れということなのだろうか、しかしオレのはただの模造銃、本物には到底敵わない。

「────!」

 グィーテさんは状況を理解し終えたのか、戻ってくる。表情は少し、固いようだった。オレたちは彼が口を開くのを待つ。

「暴漢のようです。銃を所持していて──ハルレアが、に取られています」



「「──え?」」




     ○




「近衛師団がもう出てきているので、大丈夫だと思いますが──動向を見守る方が、よさそうですね」

「ザンダン!」アリアが、オレに言う。「エマのところに、行ってあげて。部屋にいると思うから」

「そうですね。それがいい」グィーテさんも賛同した。

 確かにこの状況下、誰かが行って、安心させた方がいい。呼ばれればすぐに行けることは、アドバンテージである──が、呼ばれなければ、向かうことはできない。エマが、オレを呼んでくれなければ。

 ただ、エマに呼んでもらえる自信はあった。今までの積み重ねが、支えとなって、オレはその瞬間を待つ。

 そして、

 オレは、



「──エマ」



 強い力に引かれ、オレはエマの腕の中に移動した。

「…………」

 エマは何も言わず、オレの体を抱き締める力を強めた。オレたちは黙って、窓の外を見る。



 城門の前に、横一列に兵士が並んで、二人の人間と相対している。一人はハルさん、もう一人は、彼女の後ろに回って、その首筋に、震えながら拳銃を突きつけている。ハロルバロルさんくらいの年齢の、中年男性だった。中肉中背、これといって特筆すべき点はない。その辺をよく歩いていそうな、オドオドとした男だった。

 しかしそれだけに、その手の中の暴力は際立っている。



「もう一度言う、銃を捨てろ!」



 門の正面、鎧に身を包んだ巨体の男が言う。時々、見かける人だ。グィーテさんは近衛師団だと言っていたが、この人が団長だろうか。対して男は、「う、うるせェ!」と唾を飛ばす。

「お、王を呼べ! 話はそれからだ!」

 兵士たちは既に抜剣しているが、真ん中の男だけはいまだ腰にいている。どうにか説得しようとしているのだろうか。銃と剣とはいえ、相手はビクビクしているし、剣技に秀でていれば勝つことはできそうだが──やはり、人質を取られているため、強い手を打てないでいるのか。

 ハルさんはもぞもぞ動いて必死に逃げ出そうとしているが、平均には届いていないであろう上、相手は男なので、彼女の体躯でそれを達成するのは難しそうだった。単純な体格差だ。彼女はもう半泣きだった。

「陛下を呼ぶ前に、貴様の要求を聞こう!」

 団長は歩み寄る姿勢を見せる。男は少し躊躇したようだったが、決心して口を開く。



「……いいよ、言ってやるよ。!」



 アリアと、アーストールさんの。

 それが、今回の火種だったのか。

「死んだ祖父じいさんが言っていたんだ、昔はグーヴの連中と、毎日のように戦っていたと。あいつらは敵だと、教わってきたんだ!」

「あれって本当?」

 オレはエマに尋ねる。

「……ええ。でも、グーヴ王国は」

「現国王に代わってから、協調外交政策を採っておられる! 陛下はそれに応じられ、アリア様と王太子殿下の婚約という、今回の件に繋がっている!」団長が男に言った。現王とは、アーストールさんの父親、か。しかしそんな言葉で、男の気が収まる訳はない。

「どうせ後で裏切るんだ、そうに決まっている! グーヴの連中はそういう奴らだって、祖父さんが言っていた!」

 それは明らかに──凝り固まった、偏見だ。ただ、そういうのが一番、面倒である。

 王室はバカではないから、ある程度の確証の上で、この結婚を実現させたのだろう。アリアを国同士の駆け引きの駒としか見ていないとは、考えないことにする。これから互いに助け合っていこうという表明だ、きっと。ハロルバロルさんも、アーストールさんも、言っていた。

 とはいえ、その説明で男が引き下がらないのは明白だ。彼の祖父の時代は、確かにグーヴ王国と敵対していたらしい。そしてお祖父さんは、家族を危険から護るために、子供たち、孫たちを教育したのだろう。その気持ちは、否定するべきではないが──偏った見方は、否定し修正しなければならない。

「アリア様はなぜ結婚を受け入れなさったんだ、そもそも! 乗り気ではないんじゃなかったのか!」男は、アリアまでも批判し始めた。これには少し──カチンときた。この男が、一体アリアのことをどれだけ知っているというのだろう。どれだけアリアの気持ちに寄り添えるというのだろう。オレも別に、彼女のことを十全に理解できる自信はないが、この男よりは、という優越感と嫌悪感がぜになる。

 そしてそれは、も同様だったようである。



「貴様、即刻立ち去れ!」



 大声が響く。団長ではなかった。城内から──アリアの専属召使、ハロルバロルさんが出てくる。

「アリア様が為された決断を愚弄するか! 愚かな決断をしたと、アリア様ご本人まで貶めるつもりか!」

 ものすごい剣幕で、まっすぐテロリストのところに向かう。ただし、丸腰だった。団長が慌てて兵士数人をハロルバロルさんの前に立ちはだからせる。

「そ、そ、そんなつもりじゃ……」男は少したじろぎ銃をハルさんから離す。

「詰めろ!」

 ハロルバロルさんが叫んだ。しかし兵士たちはすぐさま反応できず、気づいた男が再びハルさんの首に拳銃を押し当てた。先程までより更に強く、銃口が刺さる。「──ッ!」ハルさんは悶える。

「そんなつもりではなかったら何だったと弁明したい! 貴様はアリア様の品性を汚し、陛下の品格を汚し、この国の品位を汚したのだ!」

 ハロルバロルさんは目の前の兵士を押し退け再び歩き出す。

 団長が、「ハロルバロル殿、ここは我々にお任せ下さい」とその進行を妨げた。彼は一応足を止めたが、テロリストを強く睨む。当のテロリストは、もう全身がガクガクと震えていて、なんとか立っているという様子だった。



「ジセ。落ち着け」



 そこに──鋭い一声。

 城からまた、人が出てくる。

 第二王子、シャードの専属召使。シュロウさんだ。

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