2-10 所有者
アーストールさんたちは国へ帰っていった。オレはエマに、成り行きを報告しておいた。
「よかったあ」
エマは、本当に嬉しそうに、胸を撫で下ろす。
「シャードさんとアリアって、普通に仲いいんだね」オレは言う。「普通にって、まあ、普通でしょう。兄妹だもの」エマは答えた。
「……でもエマは」
「わ、わたしは」彼女は慌てて弁明する。「別に嫌っていないよ。兄上の方から、攻撃してくるのだもの」
「ふーん」
「な、なに?」
「何でもない」オレのシャードさんに対する印象は変わった。あの人は、そうそう妹たちを傷つけるようなことをしない。その安心感がある。「そういえば──言いそびれてたけど、王子様もそのお姉さんも、アリアだけじゃなくエマのことも褒めてたよ」
「え? わたし?」
「うん。可愛い可愛いって」
エマは、「そ、そうなんだ!」と少し顔を紅くして言う。「ち、ちなみにザンダンは、わたしのこと──」
そこで、オレはまた、例の
少し罪悪感があるので、エマに、「エマ、アリアが呼んでるっぽい!」と伝える。
「え──え? 今?」
「アリアの──部屋に行って!」
○
「来ると、思うのですけれど。ザンダン、ザンダン? ザーンダーン」
「エマも呼んでおいた」
「わっ」
アリアは驚いてのけぞる。
「なんだ、呼べたのか?」
アリアの向かいから、シャードさんの声がした。アリアは起き上がって、「ええ、来ています!」と答える。「それで、兄上にこれをお渡ししようとと思いまして」
アリアが取り出したるは──小さな、欠片?
よく見ると、オレが──『ザンダン』の絵が描かれている。ちょっとしたストラップのようなものか。
シャードさんは近寄ってきて、アリアの手からそれを取る。「ふーん……で? 呼び出すためには、三回呼べばいいのか」
「あ、い、一回で結構です」
「来い、ザンダン」
命令口調が若干気に入らなかったが、オレはそのアリアのザンダンより更に小さいザンダンに移った。小さいし薄い。喋れるのだろうか──
「あー、えっと、おお、喋れる」
「うわ……なんでこの薄さで喋れんだよ」シャードさんは片眉を上げた。すると、
「あれ、私も声が聞こえているよ、ザンダン?」
アリアは、そう言った。
「え?」
コンコン、とノックがあり。「失礼します、姉上、ザンダンは来ていますか?」エマがようやく来た。彼女の『ザンダン』を手に持って。
「エマ、あなたにもこの『ザンダン』の声が聞こえる?」
アリアは訊いた。オレは、「エマ、聞こえる?」と言う。
「わあ、どうしたのですかそれ! ──ええと、特に、聞こえませんが」
アリアは首を傾げる。しかしオレにはなんとなく分かっていた。先日も、アリアの人形の中にいながらもシャードさんに声が聞こえたり聞こえなかったりで、面倒だったが──
「まさか、二人には声が聞こえて、わたしにだけ聞こえていないのですか!?」エマは流石に鋭くそう言う。
「ご明察だよ」シャードさんは意地悪そうに言った。
「兄上……」「シャードさん……」アリアとオレは二人で彼を諫める。突如、多対一の形勢になり、シャードさんは、「はあ? おい、
そこに、再びコンコンというノックが割り込む。「アリア様、グィーテです」
「あれ……どうされたのだろう」アリアは呟き、「どうぞ」と返した。
グィーテさんが部屋に入ってくる。少し様子がおかしいようだった。彼は口を開く──
「
そう言って、ハンドバッグから、例の、グィンハ君に買ってあげたという大きめの『ザンダン』を取り出す。
「さあザンダン、来なさい! ファイルースに危害を加えようとしたことを後悔させてあげます!」
──最悪の展開だ。
というかそれは、誤解ではないか?
「おいおいグィー、今日は特にキてんな」シャードは言い。「ザンダン、行ってあげろよ。落ちても大丈夫だったじゃねえか」そう無責任な言葉をオレにかける。
「冗談じゃない、あの人のあの人形の中だと、痛覚があるんだよ! ──って、ああ」
言い終えてから、言わなければよかったと後悔した。遅すぎる後悔。そんなことを言って、シャードが面白がらない訳がない。
「とりあえず、この『ザンダン』にいられなくすればいいな! どうだ、何を苛めてほしい、嗅覚か? 視覚か? 聴覚か?」にやーっと彼は笑って、オレに詰め寄る。「グィー。いつでもいいよう準備しておけ。アリア、エマ、呼ぶんじゃねえぞ」
絶体絶命だ。しかしまだオレには手立てがあった。オレは──覚悟して、グィーテさんの『ザンダン』に移り──走り出した。
「おいおい!」シャードには伝えていなかったため、予想通り驚いているようだ。後はグィーテさんに追いつかれる前に、どこか手の届かないところ──例えばベッドの下! オレは思いついてすぐに潜り込む。すると、「シャード様!」とグィーテさんが声を掛け、二人に挟み撃ちされる。
「兄上! 先生!」アリアは叫び、
「ズルい、兄上と姉上だけズルい!」エマはまだ、一つ前の話題に囚われていた。
オレはベッドの下から出て、部屋中を跳び回りながらも──しかしどこかで、この時間を嬉しく思っていた。
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