2-2 オレが死んだら
オレはベッドに寝転ぶ。時刻は午後七時。まだ寝るのには早い時間だ。オレはラインを開いている。
『明日一日休む』
『了解!』
その下。
日付は今日、時刻は分からない。気づいていなかったということは、送ってすぐに消したのか。送る相手を間違えた? しかしネット上の遍く誤爆エピソードにリアリティを感じられないオレは、首を捻る――まあその後の働きかけがないなら、詮索する必要はない。それよりも、これから、どうするかだ。
流石に今から彼女の家に行くのは、時間が遅いかと思う。部活をサボって、下校時に直接寄ろうとしていたのだが、一週間休んでいたため無理矢理引きずられていった。そしてその割に、ずっと雑談ばかりだった。
オレはカーテンを開け、窓の外を見る。裏の家の、彼女の部屋の電気はついていない。夕飯を食べているのだろうか。ならば訪問によりジャマはできない。
そうやってオレは、
それ程ショックだったのだ、彼女に殴られたこと、そしてオレを避けるように、彼女が早退したことが。
優と同じ部活で、朝練に参加していた女子は、朝練はしっかりやっていたと証言している。──明日は、学校に来てくれるだろうか。話しかけて、くれるだろうか。
理由が分からない、というのが足踏みの理由だ。この世界を離れていた間に、何があったのか、断片的にしか聞いていなくて、ちょっとした浦島太郎状態。むしろ、泣いた赤鬼か? いや、あの話では青鬼は、企てを一部とはいえ赤鬼に話していたし、置き手紙でネタばらしもしていた。オレもせめて、そういうフィードバックがほしい。
夕飯に呼ばれる。今日はもう、考えるのは止そうと思った。
○
次の日も、オレは向こうの世界に行かなかった。
こうなると、結局あれはただの長い夢だったのではという気にもなってくるが──条件を満たしていないだけ。オレはそう考えるよう努める。
オレは自転車に乗り、いつもより少し早く家を出る。今日は四月ながら暑くなるらしい。自転車ならば、直射日光は受け続けるが風も浴びられる。それでオレは、徒歩よりこちらを好む。
学校までは住宅街を通るため信号が二つしかないが、運悪く一つ目から赤信号だった。オレはブレーキをかける。
と、後ろから。
「しゅうー、ちゃんっ!」
バッシィッ! と背中がぶっ叩かれる。しかしオレはそんな痛みよりも、違うことに驚いていた。
その声は。
「──優」
「おー、おはよう」
彼女は、あまりにいつも通りで。
どんな表情を見せればいいか分からず、オレの顔は強張る。
それに気づいたようで、彼女もスッと笑顔を消し、「昨日──と、一昨日のことだけど」と話し始める。
信号が変わった。
優はどうしようかとオレに視線を投げかける。時刻は八時前。まだ余裕があった。オレたちは近くの公園に寄る。
「昨日と、一昨日のことだけどさ」
オレがベンチに座ろうとしたら、彼女はまっすぐにブランコに走っていった。仕方がないので、オレも隣のブランコに腰掛ける。朝からブランコに乗っている高校生二人。近所の人たちに、奇異に思われているだろう。
優はそんなことには構わず話を再開する。
「その──ごめん。本当に」
オレは彼女の方を見ずに、「ん……」と返事をする。優が話しかけてくれたことは、素直に嬉しかった。しかし、今回の件、原因は恐らくオレにある。それなのに、彼女に先に謝らせてしまった。まだ原因が分かっていないにせよ、それはダメだと思った。
優は言葉を続ける。「昨日は、会いもせずに帰ってしまって。一昨日は──急に殴っちゃって」
ああ──そういえば、そんなこともあったか。昨日のことで、完全に忘れていた──そもそも、オレが衝撃だったのは殴られたことではなく殴られる程のことをオレがしたことだ。殴られたこと自体はどうでもいい。
だからオレは、彼女に尋ねる。「オレが死んだら。泣いてくれるって――言ったよな」
「う、うん」
「それでか」
「え?」
優は驚いたように訊き返す。
「オレが死んだら泣くってことは、オレが死んだら悲しいってことで――死んでたから悲しんでたのに、本当は生きてたから、むしろ怒ったのかなって」
それが一番、論理として一本道な気がするが――
「――いや、あたしは現代文の読解問題かよ」
「え?」
今度はオレが驚く番だった。
「そ、そんなに本気で考察解釈しなくていいんだけど……恥ずいし。その、ね? 殴ったのは、あれだよ、起き抜けに『エマッ!』って叫んでたじゃん」
「あー……うん」
「あたしが、その、心配してたのに、病院で女の子と仲よくでもしてたのかと思って。でも、ずっと寝てたってその後聞いたから、謝らなきゃ、と」
オレの延命をしてほしいと頼んだのは、まず彼女だった。
彼女の、心配していた、という言葉は紛れもない真実で。
「昨日は滅茶苦茶会うのが気まずくて、フケちゃった。もう、ごめん」
「いや、オレの方こそごめんだよ、それじゃあ」悪いのは、やはりオレだった。優はどこまでもオレのことを考えていたのに、オレは向こうの世界のことばかりだった。そちらを考えるなということではないが、結局、オレはこちらの世界の人間なのであり。
「なら、エマって誰なの?」
優がオレの顔を覗き込む。
「――えー、えっと、変な夢見てたんだよ。ずっと。オレが人形になってて、エマっていう女の子と――勉強したりおままごとしたり」
少しばかり現実を歪曲してしまった。変な夢を見る奴だと思われたに違いない。
「――えっと、そういう願望があるのかな?」優稀が少し引いていた。得策ではなかったようである。「あ、あと五分! 行かなきゃ」
優はブランコから勢いよく飛び出す。オレは自転車でその後を追った。「ず、ズルい!」信号を二つ渡り、オレたちは登校する。
「そういえば、今日は朝練は?」
「嘘とはいえ早退までしたから、それっぽく振る舞わないと」
そういうこと、らしかった。
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