第二章 フリ素オレ、できることとできないことがあるようです
2-1 幼馴染
看護師さんが医者と両親を呼び、両親が来るまで医者と少し話をし、両親が来たら検査へと向かい、そして夕方。
オレは家へ帰る支度をする。
医者の話によると、オレは今回もやはり心臓が止まっていた。しかし、いつ動き出しても、おかしくない様子だったという。死んでしまったと判断して、延命措置をやめるか、前回と同様に、戻ってくるのを機械に繋いで待っているか──両親の決断を後押ししたのは、
オレの生還を、信じてほしいと。
オレは必ず、戻ってくるのだと。
その本気に親は心動かされ、オレを、オレの体を生かし続けてくれた。
この体が死んでいたら、オレがどうなっていたか本当に分からない。それで医者にも両親にも感謝しかないし──優にも、直接ありがとうと言いたい。
しかしどうやらもうとっくに帰ったようで、オレはひとまず家に帰る。医者は、明日の朝また心臓が止まることを危惧してやはり追加入院を薦めるが、オレは結局自分がどこも悪くないことを知っている。ただ、他の世界に出掛けているだけだ。それで、朝に心臓が止まっていても放って置いてくれというのは流石に綱渡り過ぎるが、とりあえず、明日は朝四時に親に起こしてもらうことにする。自分で目覚ましをかけておくことに意味はない、向こうの世界に行くタイミングは分からないが、四時より前に行っていたら、オレの体は放っておかれるだけだ。
自分の部屋に戻って、明日の学校の用意をする。思い出して、スマートフォンを開いた。ラインを見る。未読件数、353件。こんな表示見たことがなかった。まあ一週間の大半を休んだのだ、何の前触れもなく。しかも救急搬送ときている、半分くらいは心配のラインだった。もう半分は『残弾を数えるしゅーちゃんスタンプ』のスタ爆だった。迷惑過ぎる。
オレは心配してくれている人にだけ返信をしつつ、優とのトーク画面を探す。流石にオレが送ったメッセージに既読はついていて、翌日の朝に『了解!』と返信が来ていた。この時オレはもう、向こうの世界にいたから、ずっと未読のままだったか。オレは何か送っておこうかと少し考えるが──やめておいた。晩ご飯だと呼ばれたので、画面を消し、一階へ向かう。
久々の食事で、嚥下反射と飼い慣らしながらなんとか肉野菜炒めを消費する。父親の質問に適当に回答し、母親の心配に適当に返事をして、自分の部屋に戻った。明日からの授業に向け、復習という名の予習をしなければならない。まあ本気でやるつもりはなく、さらっと学習内容を浚うだけだが。現国、古典、英語、数学、物理、化学、地理。地理か。エマたちの国を思い出す。リオフラン王国、だったか。現在国名に『王国』とつく、つまり君主制で国王を頂いている国はさほどない。その中に『リオフラン王国』という名の国は勿論なく、歴史上にも存在しない。つまりあの世界は、この世界とは切り離された、別の世界線。有り体に言えば、
今夜寝たら、結局、向こうに行くのだろうか。なぜ、突然異世界に行けるようになったのか。世界線を移動する条件は何なのか。他の異世界はあるのか、その世界に『ザンダン』はあるのか。そうだ──『ザンダン』ありきで、オレはあの世界へ行ける。だからたとえば、あの世界から『ザンダン』がなくなる、あるいは誰もオレのことを呼ばなくなったら、行けなくなるのだろうか。人は肉体的な死を迎えた後、その人のことを憶えている他人がいなくなって二度目の死を迎える。
オレが向こうの世界から戻ってくることは、ある意味死であり。
そして向こうの世界に行けなくなることは、二度目の死であり。
フリー素材にも、賞味期限はある。アリアもエマも、オレが姿を消してしまえばすぐ忘れてしまうのかも知れない。一週間にも満たない時間。彼女らの人生の中に、オレとの時間は刻まれ続けるだろうか。不安は募って、どうにも寝る気になれなかった。
とはいえ、元々オレはこちらの世界の人間で、こちらの世界での人間関係の方を、優先するべきだろうか。なぜだかよく分からないが、病室で優にぶん殴られた。とりあえず、明日直接会って話をしなければならない──それ以外にも、オレの入院中、心配をしてくれた人。変わらずふざけてきた人。変わらず気にしていない人。そういった人たちに、憶えていてもらうために、こちらの世界にいる間は生きていくべきだろう。
歯を磨いてオレは就寝する。
逗留か残留か。
オレは寝る前に世界平和について考える。あの姉妹がいた世界。あの世界にも、勿論戦争はあるだろう。『ザンダン』は銃を持っている。銃といえば桶狭間の戦いが真っ先に浮かんだ──ところで、オレの意識は落ちていく。
○
次の朝。よかったのかよくなかったのか、オレはこちらの世界に留まっていた。朝四時に一回起こされ、それ以降なかなか寝られなかったため普段通りの時間に起きても眠たかった。ちなみに、エマの起きる時間よりも遅い。
洗顔・朝食・歯磨きの後、リュックを背負い「いってきます」と言って、自転車に跨がる。まあ、ほんの五分程で着いてしまうのだが。
校門を通過し、駐輪場に寄ってから、昇降口へ。そこでクラスメイトに見つかる。
「お、しゅーちゃん!」「久し振りー」「
「
教室に入る。優は同じクラスだが、予鈴ギリギリまで朝練をしているから教室にはいない。席に着くと、下駄箱で会った三人がそのままオレを囲む。「そういえば、なんで既読無視すんだよー」その内の一人が言う。スタ爆をしてきた奴だ。
「スタ爆に返す言葉はねえよ」「スタ爆否定派かよ」「スタ爆肯定派を連れてこい、まず」自分がされて嫌なことは、他人にしない。それが最低限守るべきルールである。
「
スタ爆野郎の後ろから、隣の席の
「さっきも言われたけど、なに? 優稀が何かしたの?」
真深は教室内に優がいないことを確認してから、小声になり、
「先週、マジで『しゅうちゃん殴る』しか言ってなかったから!」
と笑いながら言った。
……全く笑うような内容ではない気がするのは、オレだけだろうか。彼女が教室に来たらすぐ話しかけに行こうと決める。彼女のことが、久々に分からなくなる。
予鈴が鳴り。
本鈴が鳴り。
先生が来る。「お、
いや。それより。
「きりーつ」
「おはよーございまーす」
担任は、滞りなく連絡事項を話し。
「休みが二人、遅刻が二人……と」
出席簿をつける。クラスの一人が、「先生、優はー?」と訊いた。
「ああ、優稀は保健室行くって言ってたけど」
クラスが少しざわめいた。真深がオレに、「何しでかしたの?」とこっそり尋ねてくる。「いや、分からねえけど……」オレはこっそりそう返しながら、内心で焦りを募らせる。
昼休み、真深と数人の女子に誘われ、保健室を覗きにいくことになった。まずオレと、朝の
「憩良優稀のお見舞いにきましたー!」
他の女子らも開き直って先生の視界に入っていく。オレだけは、ずっと逃げようと背を向けていた。しかしそのいずれの行動も、結果論的には同等に無価値だった。
「憩良さんなら、もう早退したよ?」
養護教諭はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます