第一章 フリ素オレ、異世界に転移したようです
1-1 甘い匂い
高二の春。新しいクラスでも相変わらず『しゅーちゃん』呼び。すっかり慣れたものなので適当にあしらい、部活に行き、家に帰る。風呂に入り、夕飯を食べ、ゲームと勉強とSNSを経て歯を磨く。明日も、明後日も同じようにからかわれるのだ。まあ、肉体的な暴力はないし精神的にもあまり受けてはいない、ぐだぐだ絡んではこないからだ。中学生までは、オレも周りも幼く、ややキツいこともあったが。
午前零時。オレはベッドに入った。オレは眠りにつく時、世界平和について考えるようにしている。我が国は長らく平和主義を掲げているが、世界ではオレと同じくらいの年齢で兵役を課される若者がいる。オレが戦場に立った時には、はたして何ができるだろう、やはり残弾を数えることか──という辺りで大抵意識が落ちていき。
──甘い匂いで、目が覚めた。
眼前に、女の子の顔。
「────ッ!?」
オレは驚いて起き上がろうとするが、身動きが取れなかった。女の子に身体を掴まれているからだろうか。少し観察すると──外国の子なのだろうか、綺麗な金髪で、肌がすべすべだ。まだ幼く、恐らく小学生。朝起きたら部屋に知らない女の子が! というのはフィクションではよくある展開な気がするが、実際に我が身に起こるとまず混乱、次に恐怖。とりあえず、この女の子に事情を聞くしかない。オレは彼女を起こすため手を伸ばす──あれ?
というかずっと、目の前に女の子。完全に膠着状態だ。親が来たらどう思われるだろう。息子が見知らぬ少女を部屋に連れ込んでいる図。まっさきに警察を呼ばれるかも知れない。そしてオレとしても、割と呼んでほしい状況。大丈夫、潔白は証明できる。
その時、ドアが開く。よかった、父親か母親か、どちらでも──
「エマ様、朝でございますよー」
知らない女性の声。
オレの名前は
「ちょ、ちょ、ちょっと!?」
オレは慌てて叫ぶ。おっと、声は出せたようである。オレの声に驚いたのか、彼女は目をぱっちりと開ける。綺麗な眼だ。瞳孔は澄んだ
体が浮く感覚。本当に持ち上げられている。「え? え?」オレはろくな言葉を紡げない。一方の女の子は、目をきらっきらに輝かせ。
「あなた、喋ることができるの!? ザンダン!」
……
○
とりあえず、現在判明している事実。
オレは今、いつもの
いつの間にか、家ではないところにいて。
目の前の女の子の名前は、エマだそうだ。
以上、ちなみに先程エマ(ちゃん? さん?)を起こしに来た人は、彼女の召使らしい。声だけ掛けていなくなったようだ。召使って貴族か何かかよとオレが軽口を叩くと、
「ザンダンは何も知らないねえ。わたしは貴族どころか
との返答。
……王女?
「そう。このリオフラン王国の第二王女、エマだよ」
……エマ様?
「エマでいいよ。話し方も畏まらなくていい。それよりもっとお話を──」
「エマ様、すぐ参りますので、服選んでいてくださいー」
ドアが開き、また例の召使さんが声をかける。今度は、顔を見ることができた。童顔で、背も大きくはない。服装だけは
「え、エマ!?」
オレは慌てて目を瞑る。彼女は手を止め、「なに? どうかした?」と尋ねる。
「…………あの、オレ、一応男なんだけど」
エマは──一瞬の内に顔を真っ赤にすると、クローゼットを勢いよく閉め、問答無用でオレに布団をバサリと掛ける。
「す、すぐに着替えるから!」
エマは思った以上に普通の女の子であり、オレは思った通り普通の男の子である。
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