第15話違和感

家に帰ると、愛美は誰もいない家のソファーに力尽きたように、座り込む。


そして、カバンの中を手探りで台本を取り出し見つめた。


パラパラと中を見ても、通し番号をみても、初めて配られたときと同じだった。


この台本を見る度、今日の出来事が現実のものだと実感する。


あのマッドの瞳に吸い込まれるように見えたあの映像は何だったのだろう。


そして、最後に言った、


『悲しみだけは取り除けたみたいだね』


その言葉の意味を痛感するように、大切な友達カヤのあんな、弱々しい姿を見たのに、何も感じなかった。


「本当に、マッドは私の心の悲しみまで取り去っていったの?」


今日、カヤに会ってもやせ細った身体をみても、悲しいと思えなかった。もやもやとした感情は、名前を無くしたように、愛美の中を渦巻くだけ。


悲しいと思わなければ、涙さえ流すこともなかった。そんな自分が怖くて、今更どうやって感情を取り戻したらいいのか必死で考え、頭を抱えた。


そして、数時間が経ち、辺りは暗くなり始めた頃、瑛太が帰って来た。


「ただいま」


そう言って、リビングの電気をつけると、誰もいないと思っていた瑛太は、ソファーに愛美の頭が見えたことに驚いた。


「な、なんだよ愛美。帰ったなら電気ぐらいつけろ」


「あ、お兄ちゃんおかえり」


愛美は瑛太の顔を見て、気を取り直したように笑顔を作った。


瑛太は元気のない愛美の顔を見て、心配そうに見つめ、隣に腰を下ろした。


「なんだよ、そんなしけた顔して」


愛美は質問には答えず、そのまま顔を俯ける。


「そう言えば、美奈瀬さんが明日、家に来るって」


瑛太の顔を見ないまま、愛美は呟いた。


「そ、そうか。なあ、愛美。それより何があった?そんな暗い顔して、お兄ちゃんに話してみろ」


瑛太は少し明るめに愛美に言うと、様子を伺うように、愛美も瑛太の顔を見る。


逡巡する愛美は、自分の身に怒っていることを瑛太に話すことで、認めてしまうのが怖かった。


ここで、悲しみの感情がなくなったと打ち明けたらどんな顔をされるのだろう、バカにされるか、精神的な病みからきているんだろうとか、思われてしまわないか不安になった。


普通では起こり得ないことだ。


いつも優しい兄でも、さすがにそんなこと言い始めたら、理解出来ないかもしれない。


なかなか、話そうとしない愛美に、瑛太は観念したような、少し残念そうに微笑んで、愛美の頭に手を乗せた。


「困らせるつもりはないよ。言えないなら、無理に言わなくて良い。でも、兄ちゃんは愛美の味方だからな」


そういって、頭をポンポンして立ち上がった。


そんな瑛太の手を、愛美は掴んだ。

いつもと違う愛美の行動に、瑛太は再び愛美の隣に座った。



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