第11話壊れた台本
稽古が終わると、生徒たちはマッドを囲みながら話しかけるのに必死だった。
そんな中、誰よりも話す正当な理由のある愛美が、輪の中へ入っていった。
「マッドさん、台本ありがとうございました」
愛美が台本を差し出すと、マッドも輪の中を抜けるように愛美のもとへ歩み寄る。
「別に、構わない」
そういいながら、差し出しているマッドの台本ではない、愛美のボロボロの台本を手に取った。
「えっ?」
狼狽した瞳の愛美に、妖艶な笑みを浮かべ愛美の手を冷たい手で握った。
「一緒にきて」
妖しく微笑むマッドに、愛美は抗う暇もなく、マッドに手を引かれるがまま、教室を出ていった。その様子を、女子たちは嫉妬の渦巻く表情で見ていた。
「あの、マッドさん、どこへ?」
愛美も、目立つ容姿のマッドに手を引かれていると、いろんな人からの視線が痛く愛美に突き刺さる。
「二人きりになれる場所だよ」
そんな、マッドには相手をときめかせる意図があるわけないのに、愛美の胸の鼓動は冷静な考えを持つ脳と心がちぐはぐになっていた。
それでも、この自然と繋がれた手は、頬の紅潮と共に暑くもないのに、熱が発汗される。
"二人"って、一体どんな意図があって誘ってきたのだろう。
マッドの言葉の意味が理解できないまま、愛美が連れてこられたのは、教会だった。
中には誰もいない、静寂だけがこの空気を張り詰めさせている気がした。
「ここ?何故?」
「ここは誰かくることも滅多にないからな」
確かに、昼休みも誰かくることなど滅多にない場所。何故マッドが知っているのか聞きたかったが、聞く勇気が愛美にはなかった。
マッドは内ポケットに忍ばせていた、懐中時計を取り出した。
銀色の懐中時計は中が透明になっていて、中の部品の動きがよく分かる。その中には紫色の石がキラリと光っていた。
「アメジスト?」
ふと、愛美が聞くと、マッドは鎖を持ち時計を愛美の目の前にわかるようにぶら下げてみせた。
「そうだよ、この石が好きでね。この懐中時計は不思議な力があるんだ。この時計の針を戻した時間だけ、思いを込めて願うと、その時間の姿に物が戻るんだ」
マッドはそういって、破れた台本を椅子に置いた。
「そんな魔法みたいなこと、あるわけない…」
愛美は猜疑しながらも、期待の目でマッドと台本を見た。それが本当ならば、読みにくくなってしまった文字もしっかり読める。
でも、そんな夢みたいなことがおこるわけないと、冷めた気持ちもあった。
「信じる信じないは自由だよ。でも、みてて」
マッドは懐中時計の針を現在午後四時になっているところを、昼の12時まで針を戻していった。
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