第2話

 小佐田さんは口を割らなかった。それどころかわたしを避けているっぽくて、話しかけようとするとさらっと抜け出して逃げてしまう。

 小佐田さんと一緒なのは二日目の夜の宿泊班だけだ。だから翌朝に逃げ切られてしまうと、もう小佐田さんと一緒に行動する機会はなかった。

 別に、袖口から手を入れられたくらいでどうこうというわけじゃない。小佐田さんだって普段と違う状況にテンションが上がって、寝こけている友だちにちょっかいを出すことくらいあるだろう。そのことにこだわっているつもりはなかったから、一度逃げられてからは、もう追及する気もなかった。

 でも帰ってきてからも何度となく逃げられて、避けられているのが分かるとショックだった。宿泊班で行動したのはほんのちょっとの時間だけだったけど、それでも以前より仲良くなれたつもりでいたのに。

 わたしには素気無くする一方、ぴょんちゃんたちとは仲良くなったみたいだった。小佐田さんの方から積極的に話しかけるわけじゃないけれど、たまに話しかけられると愛想よく笑っている。

 そんな時、会話の輪にわたしがいることもよくあって、そういう時の小佐田さんはわたしにも笑いかけてくれる。だからうっかりわたしも小佐田さんに受け入れられているのだと勘違いしそうになるけれど、よく観察してみると目の奥が笑っていないのが分かるので、わー、マジかぁ、と内心でため息を吐く。

 いや、いいんだけどさ。わたしだって別に、強いて小佐田さんと仲良くする理由はないんだし。仲良くなるに越したことはないけど、敵にさえならなければいい。ただ、他のみんなが仲良くなってて、わたしだけハブなのが気になるだけ。仲良くなったと思ったのに、手のひらを返されたのが気に食わないだけ。

 何が原因かと考えてみれば、やっぱりあの夜のことしか思いつかない。でも、あの件でわたしに責任はないと思う。だって誰だって寝てる間に触られたら気づくだろう。気づいて、何をしてるのか尋ねるだろう。それがダメだったと言われても納得できない。

「あんたらケンカでもしたの?」

 そう訊いてきたのはみんこだった。

 わたしは表面上、なにも思うところなんてないように取り繕っていたけれど、やはり見る人が見れば分かるらしい。やっぱりみんこはよく見ているなあと思ったけれど、みこちんもやのぴーも気が付いていたらしい。ぴょんちゃんだけは、そうだったの?ときょとんとしている。

 何があったかと訊かれても、分からないで通した。別に、起こったことは大したことじゃない。イタズラを仕掛けられて、マジレスしたら、避けられた。それだけのことなんだけど、話したら小佐田さんが嫌がりそうな気がする。

「どうせなんかしたんでしょ。あんたってたまに迂闊だから」

「ど、どうせってなにさ!」

 抗議はしておいた。だってわたし、そんなにへまばかりやっているつもりはないもん。

「いいじゃん、ぱぱっと謝っちゃえば」

「え~。だってわたし、別になにも悪いことしてない」

 わたしが唇を尖らせると、みんこは面倒くさそうに手をひらひらと振った。

「さっさと謝って、それから訊けば?何か悪いことしましたかって。別にわたしは、あんたと小佐田がどうだって構わないから、無理強いするつもりはないけど」

 事情を聞くのはともかく、謝るだけならすぐにできる。あとは、頭を下げるつもりがあるかどうか。ということのようだ。

 わたしにだって理屈は分かるけど、訳の分からないことで謝りたくはない。

 わたしが押し黙ると、まあ、いいんだけどね、とみんこは首を振った。



 修学旅行が終わって一週間もすると、前期の中間テストの範囲が発表された。わたしはもう三年生。いつまでもイベントの余韻に浸っている暇はない。

 わたしたち五人の中で一番成績がいいのはぴょんちゃん。学年内でもそこそこの位置にいる。ばかっぽいのに意外、とか言ったら、怒るでもなくきりっとした表情で、能ある鷹は爪を隠す、とかってことわざで返された。こんなにばかっぽいのに不思議だ。

 わたしは可も不可もない微妙な成績。ちょっと不可よりかな。でも、気にしていない。上を見るから苦しいのだ。上には上がいるように、下にも下がいる。やのぴーとか。

 とは言え入試も迫っている。四月には、一年先なんてまだまだ先のことだと思っていた。でも先生もクラスメイトたちも少しだけ今までと雰囲気が違って、わたしも遅ればせながら、勉強しなきゃなー、と思ってはいる。

「勉強、教えてあげてもいいけど」

 そんな風に誘われたのは範囲発表の翌日のこと。移動教室から帰ってきたら、わたしの机の引き出しに折りたたんだ手紙が入っていた。

 ラブレター!と一瞬興奮して、ないない、とすぐに自分を落ち着かせる。とは言えちょっとどきどきした。でも手紙を開いてみて、小佐田と書いてあったから一気に萎えた。まあ、分かってたけどね。男子にしては可愛い折り方がしてあったし。

 内容は、昼休み、体育館裏で待つ。一人で来い!という感じ。いや、そこまで挑戦状っぽくは書いてなかったけど、要約するとそんなの。

 わたしは斜め前のしばらく離れた席で今日もすました顔で授業を受ける小佐田さんの様子を伺った。言いたいことがあるのなら堂々と言いに来ればいいのに。わざわざ呼び出してまで、何の用だ。

 わたしは一週間も避けられ続けていたので、ちょっと拗ねてしまっていた。だから小佐田さんからアクションがあってちょっと嬉しかったのに、意地を張って、まあ、無視するのも可哀そうだから、行ってあげてもいいかな、くらいの気持ちでいた。

 きっと避けていたことを謝って、事情を説明してくれるのだと思っていた。

 でも実際に行ってみると、一緒に勉強をしようというお誘いだった。誘いというか、一方的で上から目線な物言いで、その上まるで何事もなかったみたいに、この一週間のことには触れられなかった。

 期待を外されたわたしはむっとして唇を結んだ。すると小佐田さんはわたしが不機嫌になったことに気が付いたのか、珍しく慌てた顔をして、違うの、と手を振った。

「今のは間違えただけで。そうじゃなくて、その」

「なんですか」

 小佐田さんはご機嫌斜めな声に怯んだように首をすくめて、おそるおそるといった調子で言った。

「あの……。良かったらうちに来ない?ってことで……」

 それならそうと早く言ってくれればいいのに!

 わたしは内心にこにこで、でもわざともったいぶっていじめてやってから頷いた。

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