第22話 後悔
次の日
町の広場ではお祭り騒ぎが起こっていた。
中央の台には10人ほどの老若男女が十字架にかけられ、その足元には薪がくべられている。
「処刑しろ!」
「詐欺師を信じて流言飛語をとばし、この地を混乱させようとした裏切り者に天罰を!」
長い寒さから開放され、常春の地となったレイルダットの地の人々は、まるで今までの鬱憤をはらすかのように老神官と信者たちに罵声を浴びせていた。
「何か言い残すことはありませんか?」
残酷な笑みを浮かべたソフィアが、老神官に問いかけるも、彼はただ哀れんだ目で彼女を見つめていた。
「一言だけ申し上げます。あなた方はこの地にようやく来た救いの手を払いのけ、再び寒くて薄暗い永遠の冬に帰ろうとしています」
「負け惜しみを!せいぜい偽の天空王に祈ることね。もっとも」
ソフィアは杖をかかげる。
「もし万一、お前たちを助けにきたら、その瞬間に私の魔法の餌食になるだけだけどね」
ソフィアは彼らをえさに、ルピンを始末しようとしていた。
「さあ!やりなさい!」
彼女の命令で、10人の信者の磔台の下に積み上げられた薪に火がつけられる。
油をまかれた薪は盛大に燃え上がり、信者たちは煙に包まれた。
俺はその姿を天空城から静かに見下ろしていた。
「天空王様……お助けください」
「この地に豊穣を与えてくださったあなた様を、私たちは最後まで信じます!」
老神官を初めとする敬虔な信者がいる一方で、彼らの処刑を見て喜んでいる者たちもいる。
「あはは、どこからも救いなんてこないじゃないか!」
「やっぱりソフィア様の言うことが正しかったんだ」
同じ俺が与えた「太陽のオーブ」の恩恵を受けながら、一方は素直に俺に信じ、もう一方はソフィアを信じる。
俺は人間というものがわからなくなった。
「普通、恩恵が与えられたら素直に俺に従うものだとおもっていたけどな……人間って単純じゃないというわけか。俺みたいな神を胡散臭く思いないがしろにして、実際に目の前にいる貴族などの偉い人間にしたがう者たちもいるわけだ。なんだか哀れだな」
だからといって、俺に従う敬虔な信者たちを見捨てるわけにはいかない。
俺は天空城をレイルダットの上空に移動させた。
レイルダットの町を照らしていた「太陽のオーブ」の光が、何か大きなものに遮られる。
何事かと思って空を見上げた民たちが見たのは、巨大な空に浮かぶ城だった。
「て、天空城?」
「ばかな!どうして!」
驚く民たちを相手にせず、天空城から白い光が発せられる。それは磔にされている信者たちを包み込み、拘束していた縄を切った。
「敬虔なる我が信者よ。そなたたちを助けよう。宗教都市エルサレムにいって穏やかな一生を過ごすが良い」
重々しい声が響き渡ると同時に、信者たちの姿が消えていく。
「天空王よ。感謝いたします」
老神官と信者たちは歓喜の声をあげながら消えていく。。
レイルダットの民衆たちは、その姿を呆然と見送っていた。
その中にいたソフィアが、はっと我に返る。
「ルピン!そこにいるのですか!でてきなさい!」
「無礼な奴だが、いいだろう。昔の誼で姿を見せてやろう」
その言葉とともに、白衣を着た少年が現れる。それはまぎれもなく、勇者パーティの一人で元転移士のルピンだった。
光をまとった少年が天空城から降りてきたので、その神々しさに打たれて民たちが土下座を始める。
しかし、ソフィアと騎士たちだけはなおも轟然と立ちつくしていた。
「大罪人ルピン。おとなしく降りてきて降伏なさい。そうすれば、寛大な処分を陛下にお願いしましょう」
ソフィアは上空にいるルピンを見上げながら、震える声で命令した。
少年-ルピンはそんな彼女を哀れむように笑う。
「天空王になった俺を、地上の王が裁こうというのか。身の程をしらないとは哀れなものだな」
「なにを!卑しい庶民の転移士の分際で!「フレイムドラゴン!」
ソフィアの杖から炎でできたドラゴンが現れ、ルピンに襲い掛かる。しかし、彼の体を照らしている光にあたった瞬間、フレイムドラゴンは跡形もなく消えてしまった。
「くっ!騎士たちよ!」
「はっ!」
ソフィアの周りを固めている、王国軍の精鋭たちが杖剣を抜き、上空にいるルピンに魔法を放つが、すべての魔法が消されてしまった。
「何を勘違いしているのだ。お前たちに与えられた「魔法」は天空王から与えられたもの。天空王たる我に通じるはずがあるまい」
それを聞いた騎士たちに、畏怖が広がっていった。
「まさか……本当にルピンが天空王になったのか?」
「魔法が通じない……なら、どうやって捕まえれば」
頭を抱える騎士たちに、ソフィアが叱咤激励する。
「何をまよっているのですか!魔法がつかえなけば、剣で!」
「どうやってですか?奴は空中に浮かんだまま降りてきません!」
そういわれて、ソフィアは悔しそうにルピンを見上げる。
「卑怯者!降りてきて正々堂々と戦いなさい」
「断る。貴様たちのような下賎な者たちを相手にするまでもない」
ルピンは冷たく笑うと、ふっと姿が消える
ソフィアたちはなすすべもなく見送るのだった。
彼の姿が消えてすぐ、天空城から重々しい声が聞こえる。
「レイルダットの者たちよ。よく聞くがいい」
それを聞いた民たちは、ビクッと体を震わせる。
「お前たちは我が恩恵を与えたにもかかわらず、ソフィアにたぶらかされて恩知らずにもわが敬虔な信者を処刑しようとした。それにふさわしい罰を与えよう」
その言葉とともに、「太陽のオーブ」が教会から消失する。同時に、青い色のオーブが台座に設置された。
「その「寒冷」のオーブはこの地を浄化してくれるだろう。恩知らずの者たちが住む地を永遠の雪と氷に閉じ込めてな」
急激に気温が下がり、レイルダットの地に雪が降り始める。それはあっという間に周囲一帯に降り積もり、この地を外界から断絶させた。
一ヵ月後
「寒い……」
「いつになったらこの吹雪はやむんだ……」
レイルダットの町では、人々が家の中で震えていた。つい一ヶ月前までの陽気は嘘のようになくなり、以前に数倍する寒波が押し寄せている。
そのせいでせっかく芽吹き始めた農地は全滅し、それどころかあまりの寒さのあまり野生生物すら逃げ出してしまい、民衆は飢えと寒さで苦しめられていた。
彼らは家族ごとに家の中にひきこもり、ひたすら天空王に祈りを捧げている。
「ねえ……どうして寒くなっちゃったの?この間まで暖かかったのに」
寒さのせいで体調を壊した子供たちに、親は何も答えられなかった。
「どうして俺たちは神官様のいうことをしんじなかったんだ?」
「感謝したのに!暖かくなった時は、これで幸せな生活を送れるとおもったのに。今じゃ地獄だ!」
「なんでこんなことになったんだ!」
民衆のそんな思いは、ある一点に収束される。
「あの女が悪い」
「あの女が、嘘をついて俺たちをだましたんだ!」
誰かが言い出したその言葉は、燎原の火のようにレイルダットの民衆の間に広まっていく。
次第にこの地に不穏な気配が漂っていくのだった。
「さあ、もう寝よう。そして天空王様に許しを請うんだ」
レイルダットの民衆は、震えながら家族で身を寄せ合って毛布に包まる。
そんな日が何日も続いた後、レイルダットの地にいる者たちの夢にある少年が現れた。
「私の恩寵を振り払った恩知らずたちよ。お前たちの祈りに答えて、一度だけ贖罪のチャンスを与えよう」
「は、はい。何でもおっしゃってください」
その夢を見た者たちは、一人の例外もなく土下座して許しを請う。
「私の許しがあるまで、このまま寒さに耐えよ。家族・隣人と助け合って、一人の餓死者も凍死者も出さぬように耐え忍ぶのだ。十分に反省の意思を感じることができたら許しを与えよう」
「しかし……私たちはもう限界です。いつまで耐えればよいのでしょうか?」
「私を裏切った者が悔い改めるまでだ」
そう訴えかける者に、少年-天空王ルピンは冷たく答えた。
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