第21話 民衆

レイルダットの町

「観察のオーブ」で王都を見ていた俺は、ソフィアが一人で来ることを知ってニヤリと笑う。

(いいだろう。ならソフィアの故郷であるこの地を完全に従えて、迎え討ってやろう)

そう思った俺は、そばに控えている老神官にいくつかの植物の種を渡す。

「これは?」

「この地に植えるべき果物の木の種だ。今まで雪と氷に包まれて農業ができなかったが、本来このレイルダットの地は肥えた土地。種を植えたらすぐに豊かな地に変わるだろう」

俺の言葉をきいた老神官は喜び、ありがたそうに種籾を受け取る。

「この領の我に従うものたちに命じて植えさせよ」

「ははっ」

老神官と俺にしたがう信者たちは、暖かくなってすごしやすくなった町の外に出て種をまく。

みるみるうちに木が生えて、色とりどりの果物が実をつけた。

「天空城様、万歳!」

「これでこの土地も豊かになる」

俺はそんな声を聞きながら、満足の笑みを浮かべる。

「よいか。私に忠誠を誓うように他の者にも伝えよ。そうしている限り、我はお前たちに加護を与えよう」

俺はそういって、天空城に帰るのだった。



3ヵ月後

遠い王都から長い旅を続けて、ようやくレイルダットの地にたどり着いたソフィアと騎士団は、緑豊かな土地を見て驚く。

「これは……どういうことだ?」

「レイルダットは雪と氷に覆われた貧しい土地。住民は狩をして生計を立てていたときいたが……」

多くの市民が町の周囲に広がる平原に出て、農作業をしている。

不振に思ったソフィアは、彼らに問いかけた。

「あの、皆様何をしているのですか?」

「貴様はソフィア!裏切り者め!」

果物を収穫していた農夫は、憎々しげにソフィアを睨み付けた。

「裏切り者ですって?」

「そうだ!新たなる天空王ルピン様を追放し、冤罪を着せて処刑しようとした裏切り者が。魔王はルピン様が倒してくださった。貴様たちのような偽勇者など、この地に居場所はない!」

ドヤ顔でソフィアを非難する農夫だったが、次の瞬間真っ青になる。ソフィアの後ろにいた騎士に剣を突きつけられたからである。

「貴様!大罪人ルピンをあがめるとは!反逆者様め」

「ひっ!」

剣を突きつけられた農夫は、だらしなく腰を抜かした。いきりたつ騎士を、ソフィアは優しくたしなめる。

「お待ちください。彼らは大罪人ルピンにだまされているのですわ」

「しかし……」

不満そうな騎士たちを抑えて、ソフィアはへたり込んだ農夫に手を差し出した。

「乱暴なことをしてごめんなさいね。詳しく事情を聞かせてくれないかしら」

こうしてソフィアは、この領内で何が起こっているか知った。

(まずいわね。ルピンの影響が民の間に広まりつつある。もしかしたら民はルピンについて、私たちレイルダット家に反旗を翻すかもしれない。それをふせぐにはどうしたらいいか……)

ソフィアはこの状況をどうひっくり返すかを考えながら、騎士団に護衛されてレイルダット家の館に向かうのだった。


ソフィアと騎士団がレイルダットの町に入ると、民衆から罵声を浴びせられた。

「裏切り者!」

「天空王様を追放した卑怯者!」

それを聞くたびにソフィアは屈辱を感じる

「貴様たち!」

「お待ちなさい。民に剣を向けるわけにはいきません」

いきり立つ騎士たちを抑えながら、なんとか館にたどり着く。

彼女たちは、疲れた顔をした領主ソフィーヌに迎えられた。

「おお、ソフィア。よくぞ帰ってきてくれた。しかし、少しばかり遅かったようじゃ。いまやこの領は、あの男の僕となった裏切り者であふれておる」

「おじい様……」

ソフィアは、尊敬している祖父が疲れきっているのを感じてあらためてルピンに怒りを感じた。

「民たちは乗せられているだけです。奴の目的は、民を利用して私たちレイルダット家をこの地から追い出すつもりです」

「じゃが、すでにこの地は暖まり、果物が成る豊かな地へと変わった。我らが民に与えられなかったものを、奴は与えることができるのだ。ここは負けを認めて、出て行くしかあるまい」

「いいえ、まだ手はあります」

ソフィアの顔に黒い笑みが浮かぶ。

「我らがルピンに勝てるもの。それはこの地で何百年も根付いたという信用と、国王の権威です。これを使えば、奴に対抗することができます。すべて私にお任せください」

ソフィアがそういったとき、ドアがノックされて執事が入ってきた。

「失礼いたします。お館様。お嬢様。民たちの代表が話をしたいとのことです」

「わかりました。すぐに向かいます」

ソフィアの顔には、この状況を逆転させて再び民衆を従わせる方策が浮かんでいた。


ソフィアが館の前に出ると、怒り狂った民衆たちに迎えられた。

「裏切りものめ!」

「魔王を倒し、この地を暖かくしてくれた、救世主ルピン様に逆らうおろかものめ!」

罵声と共に石が飛んできて、ソフィアの白い額に当たって血が一筋流れた。

「貴様たち!」

気色ばむ騎士たちを抑えて、ソフィアは前に出る。

「いったい、そんな根も葉もない嘘をだれがおっしゃったのですか?」

「嘘って……」

「勇者ウェイ以外に魔王を倒せる者など存在しないではありませんか。あなたが崇めるルピンは、世界から治療魔法と転移魔法を奪った大罪人ですわ」

それを聞いて、農夫の顔にも迷いが浮かんだ。

「だけど……ルピン様が現れて以来、この領は暖かくなり、果物が成るようになって豊かに……」

「それは、真の天空王様が私の願いをかなえてくださったのです。彼はそれを、自分の手柄と吹聴してあなたたちをだましているのです」

ソフィアはそういって、国王の命令書を取り出した。

『皆様。大罪人ルピンにだまされてはいけません。彼は確かに勇者パーティの一員でしたが、何の役にもたたないどころか、魔族に裏切って世界に混乱をもたらせています。その証拠に、世界から転移魔法と治療魔法を奪いました」

『……なんだって?」

その二つの魔法がなくなったせいで困っているのはレイルダットの民衆も同じである。彼らは振り上げた手を下ろし、ソフィアの言葉に耳を傾けた。

「ここに王の命令書があります。世界に混乱をもたらす偽の天空王を語るルピンを捕らえよと」

ソフィアが命令書に映像魔法を掛けると、拡大された命令書の画像が空に浮かぶ。

そこには、はっきりとルピンを大罪人として指名手配することが書かれていた。

「し、しかし……ルピン様が来たおかげで、この地は暖かくなった。何もしてくれない王家より、彼を信じるべきでは……?」

そんな声が上がったとき、ソフィアは声を張り上げる。

「それこそがルピンの嘘です。魔王は勇者ウェイ様が倒されました。その報酬として、私が天空王様にお願いしたおかげでこの地が暖かくなったのです。ですがルピンはそれを自分が行ったように吹聴して、あなた達をだましたのです」

ソフィアの言葉に、民衆は沈黙する。

『私たちレイルダット家は、長年あなたたち民と苦楽を共にしてきました。その信頼関係は氷河より強く硬く結ばれているはずです。あんな、この地に縁もゆかりもない詐欺師にだまされないでください」

「お嬢様……」

ソフィアの演説により、すっかり民衆はおとなしくなるのだった。


「今から大罪人ルピンを捕らえにいきます。あなた達も協力してください」

ソフィアと騎士団が前を進み、彼女の扇動により、すっかり彼女に寝返った民衆が後につづく。

彼らの目的地は教会だった。

「出て来い!大罪人ルピンとその信者たちめ!」

「出てこないと、教会に火をかけるぞ!」

教会を取り囲んだ民衆は、そんなことを大声でわめきたてる。

騒ぎを聞いて、老神官が教会から出てきた。

「これはいったい何の騒ぎです?」

『大罪人ルピンがここにいると聞きました。彼と彼を信奉する反乱分子を国王の名において逮捕します」

ソフィアが出てきて、老神官の前に命令書をつきつける。

彼はそれをチラッとみて、ため息をついた。

「やれやれ……たかが地上の一国の王程度が、天空王となられたルピン様を裁こうというのですか?身の程知らずですね」

『たわごとを!ルピンを出しなさい」

高飛車に命令するソフィアの前で、老神官は肩をすくめた。

「天空王たるお方がいつまでも地上にとどまっているわけがないではないですか。この地に恵みをもたらしてくれる「太陽のオーブ」を設置していだだいたあと、彼は天空城にお戻りになられました」

「チッ……逃げ出したのね。相変わらず逃げ足だけは速いですね」

そうつぶやいたソフィアの顔に、邪悪な笑みが浮かぶ。

「なら、あなた方を処刑しましょう。彼のような偽者を信じた愚か者にふさわしい罰ですわ!」

ソフィアが手を振ると、騎士たちが教会に突入する。あっという間に老神官と信者たちは捕らえられて、町の中央にある広場に引っ立てられた。



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