第20話 レイルダット領

レイルダット男爵家

この地を支配する男爵家の長、ソフィースは聖戦士ソフィアの祖父である。彼は自分の娘を天空人に捧げ、孫娘ソフィアを授かった。これも天空城の庇護を得て、この雪と氷に包まれた領地に日の光をもたらすためである。

そんな彼は、ここ最近の領地の変化にいらだちを隠せなかった。

「教会には確かに「太陽のオーブ」が設置されているようです」

「そうか……本来は望ましいことなのだが……」

当主ソフィーヌは渋い顔を崩さない。この地に太陽のオーブをもちらしたのがソフィアではなく、天空王を名乗る胡散臭い男であることに危機感を持っていた。

「あのルピンとかいう男は、ソフィア様を自らを裏切った卑怯者とそしり、自分こそが魔王を倒し天空王になった者だと自称しております。また教会の神官が彼に同調して、この地の支配を彼に任せるように民に言いまわっております」

「なんだと!」

ソフィーヌの白いひげが怒りに震える。

「も、もちろんほとんどの善良な民はそんなことは信じておりません。太陽のオーブをもたらされたのは、ソフィア様が魔王を倒されたからだと信じています。ですが、ごく少数の民が教会に立てこもって、奴を崇めております」

「ぐぬぬ!ならば、奴を始末しろ!」

ソフィーヌは鼻息あらく命令するが、部下は力なく首を振った。

「それが……教会に乗り込もうとしても、奴は妙な力をもっていまして。奴はかなり力を持った転移士らしく、教会の敷地に入った瞬間どこかに転移させられてしまうのです」

「ばかな!転移魔法は使えなくなったはずだ」

ここレイルダットの地にも、世界から転移魔法が消えて流通が困難になった影響は現れている。幸いもともと僻地だったので生活は破綻していないが、いつまでもこの状態が続くと来年には困ったことになると思っていた。

「それが……奴だけは使えるそうで」

「これは……このまま放置しておけぬぞ。来年になって備蓄していた物資が底をついたときに奴が転移で物資を運んできたら……」

「ええ。町の者を扇動して反乱を起こすかも知れません」

その光景を思い浮かべて、ソフィーヌは身震いした。

「早急に奴を排除せねば。王に連絡してソフィアを呼び戻せ」

「はっ」

こうして、レイルダット家からの使者が王都に送られるのだった。



王城

ピンク色に飾られた部屋には、二人の男女がいた。

「ああ……勇者ウェイ様。早く魔王を倒して、苦しむ民衆を救ってください。世界から治療魔法が消えたのも、きっと魔王のせいです」

おびえた顔をする美少女の手をとって、慰めているのは勇者ウェイだった。

「お任せください。姫」

「姫だなどと他人行儀な……レイチェルと及びください」

姫とよばれたピンク色の頭をもつ美少女は、はにかみながらウェイに告げた。

「わかった。レイチェル。ぼくはきっと魔王を倒して世界を救う。そして……君に求婚する」

ウェイはレイチェルの手をとって口つげする。

「はい。お待ちしております。いとしい我が君」

レイチェルはウェイに輝くような笑顔を見せた。

一礼して姫の部屋から出たウェイは、頬をニヤつかせている。

「ふん。姫といえども所詮は女。俺にかかればイチコロだ。これで俺は次の王になり、世界中から美女を集めたハーレムを作って……」

欲望にあふれた独り言をいいつつ自分の部屋に戻ると、不機嫌な顔の美少女に出迎えられた。

「どこにいかれていたのてすか?ウェイ様。香水のにおいがしますけど」

「い、いや……ちょっと……」

笑いながらごまかすウェイだったが、少女-聖戦士ソフィアの鼻はごまかせなかった。


「この匂いは、高貴な者しかつけることをゆるされないシャルルの13番。あなたという人は……」

「う、うるさい。お前には関係ないだろう」

開き直るウェイに対して、ソフィアはため息をつく。

「よろしいですか。平民や騎士などの女に手を出すのは問題ありません。しかし、貴族の子女に手をだされると面倒なことになります。いつうらみをかって、足をすくわれないとも限らないのです」

ソフィアの忠告は理にかなったものだっだか、調子に乗っているウェイには通じなかった。

「関係ないね。俺は世界を救う勇者だ。魔王を倒しさえすれば、誰もが俺に従うようになる」

「ですが……今の状態では、魔王のいる場所にすらたどりつけませんわよ」

ソフィアに痛いところをつかれて、ウェイは思わず沈黙する。世界から転移魔法と治療魔法が消えて、気軽に攻め入ることが難しくなった。

攻め込むには大量のポーションと転移石がいるが、どちらも用意できてない。

それどころか聖戦士であるフローラとレイルも戻ってきてない状態で、戦力が大幅にダウンしていた。

「まず魔王よりも、偽の天空王を名乗るルピンを倒さないと」

各地からの情報で、天空城から与えられたオーブを私物化し、世界に迷惑をかけているのが元転移士ルピンだとわかった。

今となっては魔王の存在より彼が厄介である。

そう思った王国は全土に手配しているが、なかなか彼の足取りはつかめなかった。

例え彼の居場所がわかったとしても、転移で逃げられてしまう。

王国は軽視していた転移士が、敵にまわったらこれほど厄介な存在になるのだと実感していた。

「それは王国に任すぜ。俺が動き回ったって、捕まえられないだろう?」

「それはそうですけど……」

ソフィアは王都から動こうとしないウェイを不満そうに見る。

「もし奴が俺に復讐しようとしたら、ここに来るさ。そのときに返り討ちにすればいい」

未だにルピンを見下し、楽観的に構えている彼を見て、ソフィアはため息をついた。

その時、国王からの出頭命令が届く。

「勇者ウェイ。聖戦士ソフィア。話があるので玉座の間に来るように」

使者の後について玉座の間に赴いた二人は、渋い顔をしている王と対面した。

「マッスル村に派遣した騎士団が全滅し、聖戦士レイルも行方名になった」

「まさか!あの最強の戦士レイルが?}

それを聞いた二人は驚愕する。

「おそらく、偽の天空王を名乗るルピンの仕業であろう。奴はいまや世界の敵となった。必ず打ち滅ぼさねばならん」

王はそういうと、レイルダット家から届いた手紙を取り出す。

「奴は現在、レイルダットの地にいるようだ。レイルダット子爵から奴はその地にて王国への反旗をそそのかしておるようだ」

「陛下!ならば私たちで捕らえてきます!」

ソフィアの言葉に、王はうれしそうに頷く。

「では、二人で我が軍を率いて……」

「少しお待ちください」

王の言葉を遮ったのは、勇者ウェイだった。

「これは離間の策です。我々が王都から離れるのを見計らって、奴は一気に「転移」で王城を攻めるつもりです」

ウェイがそういうと同時に、王の顔色が変わった。

「で、では、どうすればいいのじゃ?」

「たかがルピンごとき、ソフィアの魔法で倒せるでしょう。私、勇者ウェイは王都を守るために、ここに待機しておこうと思います」

ウェイはそういって頭を下げたが、心の中では舌を出していた。

(レイルダットは寒くて何もない田舎だ。そんな所にいくのはまっぴらごめんだぜ。ここはソフィアにおしつけて、俺は王都でまったりしておこう。うるさいソフィアがいなけりゃ、姫を口説きやすくなるからな)

王はそんなウェイの内面に気づかず、命令を下す。

「では、聖戦士ソフィアよ。騎士団を率いてレイルダットに赴け。大罪人ルピンを捕らえるか、始末してくるのじゃ」

「勅命、謹んでお受けいたします」

ソフィアはしぶしぶ命令をうけいれるのだった。

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