第23話 永遠の氷漬け

「お館様。もう倉庫にも薪は残っておりません。それどころか食料も水も不足しています」

「そう……か」

執事の報告を受けたソフィーヌは、絶望したように首を振る。彼は火の気のない部屋中で寒そうに身を震わせていた。

「ソフィア。どうすればいいと思う?」

彼は対面に座る孫娘に問いかけるが、彼女も困ったように下を向く。ルピンを捕らえると意気揚々とこの地にのりこんできた彼女は、相手にもされず閉じ込められた状況に手を焼いていた。

「民の中では、お前を処刑して天空王の怒りを沈めろと要求してくる者もいる。夢でのお告げどおりにな」

「……」

それを聞いてソフィアは沈黙する。あの夢を見て以来、彼女は民や家臣、連れてきた騎士たちにまで冷たい目でみられていた。

「まだ吹雪がやまないのは、ソフィアという女が反省してないからだ」

「あの女を処刑しろ!」

そんな声があがり、何度も暴動が起きそうになるが、そのたびに魔法をふるって鎮圧する。

そうすると、傷つけられた者たちからさらに恨みを買ってしまうという悪循環に陥り、最近の彼女は一歩も屋敷から出られなくなっていた。

それでも何とか状況を打破しようと、あることを提案する。

「教会に設置されている「寒冷のオーブ」とやらを破壊すれば……」

「無理だ。協力な結界が張られていて破れない」

ソフィアはそれを聞いて逆に闘志を燃やす。

「私が全力を振るえば、どんな結界でも破ることができます。私に試させてください」

「……好きにするがいい」

どこか投げやりに祖父はいい、手を振ってソフィアを下がらせる。

彼女が退出した後、彼は臣下を集めてある命令を下した。

「……ソフィアが『寒冷のオーブ』を破壊できればそれでよし。もし失敗した場合は……」

「はっ。心得ております」

臣下たちはそのときのための準備を整えるために退出する。残されたソフィーヌは深いため息をつくのだった。


ソフィアと彼女にしたがう王国騎士たちは、完全装備で館を出る。

とはいえ冷たい中金属の防具などは凍り付いてしまうので使えず、厚い毛皮の服や木の棍棒をつかうしかなかった。

これはルピンの妨害に備えてのことであったが、まず彼らに敵対したのは民衆だった。

「疫病神め!」

「貴様さえかえってこなければ、この地は暖かいままだったんだ。責任をとれ!」

民衆はソフィアに石をなげつけるが、当然王国騎士たちにも当たる。

彼らは棍棒を抜いて威嚇した。

「ええい!散れ!王国に逆らう気か!」

脅しつけられた民は一瞬沈黙するが、次の瞬間より多くの罵声がかえってきた。

「何が王国だ!」

「どうせ王都への道は閉ざされている。王国から援軍が来る恐れはないぞ」

「そうだ!それに騎士といったってたいした装備じゃないぞ。みんなでやってしまえ!」

四方八方から数を頼りに押し寄せてきて、さすがの騎士たちも顔をこわばらせた。

「くっ!ホーリーシールド!」

ソフィアは杖を振って、自分と騎士たちを守る結界の壁を作る。押し寄せた民衆は、結界の壁に阻まれてソフィアたちを取り囲んだ。

「聖戦士さま。こいつらは動こうとしません。このままでは!」

「わかっています」

ソフィアの額に汗が浮き出る。このまま結界を張り続けていると、息が続かなくなって窒息してしまう。

かといって結界をといたら、怒り狂った民衆になぶり殺しにされてしまうだろう。

膠着状態に陥ったとき、上空の天空城から重々しい声が響いてきた。

「いかせてやれ。何ができるか見せてもらおう」

その声を聞いた民衆は、おとなしく包囲を解く。

民衆の輪からでたソフィアは、キッと空を見上げてつぶやいた。

「いい気にならないでくださいね。私はあなたごとき偽の天空王などに屈しません。この地をきっと救って見せます」

「面白い。せいぜいあがいてみせよ」

ソフィアと騎士たちは、精一杯虚勢を張りながら教会へ向かう。民衆は冷たい視線を投げかけながら、後についていった。


ソフィアたちが教会にたどり着くと、そこに張られているはずの結界はすでになく、簡単に中に入ることができた。

「ソフィア様。結界がないのはおかしいです。罠なのでは?」

「所詮ルピンは転移士。天空城を乗っ取っても罠などを仕掛ける魔術などは使えないはずです。念のためにこの教会内を探ってみましたが、罠の類はないようです。大丈夫です」

そういいながら台座に納められているオーブに近づく。それは青色をしていて、周囲に冷気を放っていた。

「いきます。ギガントコロナ!」

ソフィアのもつ最大の灼熱魔法を放つと、燃え盛る炎の玉が冷気のオーブを包み込む。

オーブにヒビが入り、砕け散った。

「やったわ!」

喜ぶソフィアだったが、次の瞬間すさまじい冷気が襲い掛かってきて、一瞬で教会内のすべての者を凍りつかせた。

「な……なぜ……」

氷に包まれ、激痛を感じながら疑問に思うソフィアの脳に、ルピンの声が響く。

『あたりまえだろ。オーブは莫大な魔力の塊だ。それを壊したら、当然暴走してあたり一帯に被害をもたらす。まぬけな魔術師め。お前ごときに罠をしかけるまでもなく、勝手に自滅しやがった』

ルピンのあざけるような声に反抗したかったが、もはや指一本動かすことができなかった。

「悔しい。あなたごときに……今にみてなさい。勇者ウェイ様があなたを倒して私の仇を取ってくれるはず」

そんなことを思いながら覚悟を決めるソフィアだったが、いつまでたっても意識が失われず、いつまでも続く寒さと痛みが襲ってくる。

「な、なぜ……死なないの?」

『特別サービスだ。お前にはその氷の棺の中で永遠の命を与えよう。お前はこれから永遠にさらしものになって、天空王に逆らった者の哀れな末路を示す像になるのさ』

ルピンの言葉にソフィアは絶望する。彼女の目に、怒り狂った顔で教会に入ってきた民衆たちの姿が入った。


町の中央広場には、美しい少女の氷像が設置され、「天空王に逆らいし愚か者」と銘打った看板が設置されていた。

これは彼女の祖父、ソフィーヌか民衆を静めるために取った処置である。

「おろかな我が孫は天空王の天罰を受けた。レイルダット家の血筋も我が孫で絶えるだろう。贖罪として孫の体を永遠に天空王にささげる。ねがわくば、いつか許されんことを……」

祖父ソフィーヌは血の涙を流しながら、上空の天空城を見上げる。すると、天空城はゆっくりとレイルダットの町から去っていき、町を取り巻いていた吹雪はやんだ。

「おお……われらは許されたのか」

「悪女ソフィアとそれにだまされて、この地に差し伸べられた手を振り払ったわれらの愚行を、永遠に子々孫々に伝えます。願わくば、いつかこの地に再び「太陽のオーブ」をおあたえください」

こうしてレイルダットの地は長く続いた吹雪がやみ、寒冷ではあるが平穏な日々が戻ってきた。

しかし、魔術師ソフィアは死ぬこともできず、永遠に氷の棺の中で苦しみ続けるのだった。

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