第12話 治療魔法消滅

「ふふ、所詮はルピンよね。相変わらず甘いわ。ちょっと甘い顔をしたら、すぐに私の虜になる可愛い奴隷」

転移石で王都の自室に戻ったフローラは、ルピンをうまく操って窮地を逃れたとほっとする。

「でも、教皇たちは許せないわ。この聖女フローラを縛り上げるなんて」

プンプンと怒りに震えるフローラだったが、すぐに疑問に思う。

「だけど、ルピンを見て天空王になったというのは本当なのかしら。たしかに以前より強い力を使えるようになったみたいだけど」

ルピンに実際に会って、彼の力が以前とは比べ物にならないくらいにレベルアップしているのは感じ取れた。

下手をしたら勇者ウェイでもかなわないかもしれない。

「まあ、いいわ。もしあいつが天空王になったのなら、私はその妻として世界の支配者になれるかもしれないし」

どこまでも自分に都合よく考えるフローラだった。

そう考えていると、部屋のドアが開いてウェイが入ってくる。

「フローラ。戻ってきたのか。ちょっと付き合ってくれ。王が魔王討伐にいけってうるせえんだよ」

「戦いにって?でも転移が使える人材はいないって聞いたわよ。どうやって魔王がいるダンジョンまでいくの?」

そう聞き返してくるフローラに、ウェイは王から下賜された転移石を見せる。

「俺が転移石を使えば、前いたエリアに直接いけるだろうからって。世界から転移魔法が消えたことで、民の間に不満が広がっている。なんとか魔王を倒して不満を解消させたいみたいだ」

ウェイの顔には、人気取りのために戦わされることへの不満が表れていた。

「仕方ないわね」

フローラもしぶしぶ頷く。こうして、勇者パーティは再び魔王のダンジョンに赴くのだった。



勇者ウェイ、戦士レイル、魔術師ソフィア、そして治療師フローラは転移石を使って、魔王の潜むダンジョンを攻略していた。

「くっ!さすがに手ごわいな……」

ルピンによって魔王が倒されたからといって、魔物たちが活動を停止するわけではない。むしろ、ルピンによって強化されたラストダンジョンの魔物たちは、容赦なく勇者パーティに襲い掛かっていた。

それらを倒しながら、勇者パーティは進んでいく。

そして第10下層、火の魔将軍イフリートと戦うことになる。

「どうなっているんだ?以前ここに来たときに倒したはずなのに……あちっ!」

ぶつぶついいながら戦っていると、油断した勇者ウェイが大やけどを負ってしまった。

「回復頼む」

「うん。オメガヒール!」

いつものように杖を振るが、白い光が出ない。

「あ、あれ?」

「おい!早くしろ!」

ウェイと他の二人が叫ぶが、何度呪文を唱えても魔法が発動しなかった。

「何やっているんだ!」

ウェイが痛みをこらえながら振り返ると、真っ青な顔をしているフローラと目が合った。

「つ、使えないの」

「何がだ!」

「魔法が……私の治療魔法が使えなくなっちゃったの!」

涙目で訴えるフローラ。他の三人は一瞬きょとんとし、その意味を理解すると怒鳴り声を上げた。

「ふ、ふさげんなよ!お前のとりえは回復魔法だけだろ!」

「し、知らないよ!でも何度やってもできないんだもん!」

言い合っているうちにイフリートが襲い掛かってくる。

「うわぁぁぁぁぁ!」

暗いダンジョンに、勇者たちの絶叫が響き渡るのだった。



数時間後

ボロボロになった勇者パーティが、ほうほうの体でダンジョンから出てくる。

手持ちのポーションをすべて使うことで、やっと命だけは助かったが、回復ができないせいで全身傷だらけだった。

「はぁ……はぁ……助かった」

「助かったじゃねえ!この役立たずめ!てめえのせいで死にかけたんだぞ!」

荒い息をつくフローラに、ウェイが怒鳴りあげている。

「……お前のせいで、私たちまで危険な目にあった」

「そうですよ。謝りなさい」

レイルとソフィアもフローラを責めてくる。

「……ごめんなさい」

フローラはしぶしぶ頭を下げて謝った。

「ああもう。面倒くせえ!やる気なくした。帰るぞ」

ウェイは転送石を取り出し、王都に帰還する。

しかし、そこでも大パニックが起きていた。

「神官様!怪我を治してください!」

「モンスターの毒にやられたんだ!助けてくれ!」

教会には助けをもとめる人々で溢れかえっている。

しかし、牧師たちは困惑した顔で首を振っていた。

「な、なぜだが急に治療魔法が使えなくなったのです。今日のところはおひきとりを……」

そういって必死になだめるが、民衆は納得しない。

「ああ?ふざけんな。高いお布施をとっておきながら治療できませんだと!」

「てめえらが何かして天空の方々がへそを曲げてしまったんじゃねえのか!責任とれ!」

殺気だった民衆により、教会は今にも壊されそうだった。

「な、なんだよこれ……」

さすがの勇者ウェイも、何かとんでもない異常事態が起こっているのを知って不安になる。

その傍らで、フローラはガタガタと震えていた。


治療魔法が消えてしまったことは、瞬く間に全世界に広がり、民はパニックを起こす。

医療技術が進歩していないこの世界では、人々の病気や傷を治すのは治療魔法以外に方法がないからである。

絶望に沈む人々だったが、程なくしてひとつの希望がもたらされた。

「エルサレムの町には、治療魔法が使える神官がいるぞ」

「傲慢な旧教会は、天罰を受けて教皇以下の高位神官が行方不明になったらしい。彼ら『新教』たちが、真の神の使徒らしい」

噂は瞬く間に広がり、エルサレムの町に人々が殺到する。

訪れた病人やけが人たちは、わずかな寄付金で治療をしてくれる『新教会』に涙を流して感謝をささげた。

「世界から治療魔法が消えたのは、人間たちが奢り高ぶり、神から与えられたに過ぎない魔法を私利私欲の為に使ったからです。反省なさい。そしてもう一度敬虔なる祈りをささげなさい。慈悲深き天空王は善なる者には加護を授けてくださいます」

黒い羽が生えた少年少女たちがそう説教すると、市民たちは頭を垂れて今までの生き方を反省する。

彼らが布教する「新教会」は、瞬く間に市民たちの尊敬を集めていった。

対照的に評判を下げたのは、旧教会である。彼らがどんなにがんばっても、治療魔法という恩恵を与えることができず、民衆の心はどんどん離れていった。

そして、もっとも評判が下がったのは治療魔法が使えなくなった「聖女」である。彼女が無力な存在になったと知った民衆たちは、今まで崇めていたことを忘れたように手のひらを返した。

「不浄の聖女が罪を犯したのだ」

「新たな天空王を裏切った、淫乱女に天罰を!」

新教会によって、フローラとルピンが以前は恋人だったことが広められ、世界から転移魔法と治療魔法が消えたことを攻められる。

フローラは王城の一室に軟禁されることになり、一歩も外にでられなくなるのだった。


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