第11話 教皇による生贄
今まで一緒にいた神官たちが殺され、フローラは恐怖に震えながら大神殿にたどり着く。
そこにも人気がなく、周囲には雷が落ちたかのようなクレーターが多数あいていた。
「教皇様!お助けください!」
大神殿に逃げ込んだフローラは、一歩入るなり立ちすくむ。
今まで本殿には天空王の威厳のある巨大な像が建てられていたが、大勢の神官が必死になってその顔を削り、ルピンの像に作り直していた。
「あの……あなた方は何をやっているんですか?」
フローラが恐る恐る問いかけると、それを指揮していた枢機卿はうるさそうに答えた。
「何をしているだって?勇者と聖戦士や王国がバカなことをしたせいで、新たなる天空王の怒りを買ってしまった!少しでもその怒りを和らげようと、彼の像を作っているんだ!」
その神官は教会の幹部だったが、まるで一介の労働者のように必死に働いていた。
「なんであんなやつのためにそこまで!」
「あんなやつだと。まてよ。貴様は……」
神官はそこで初めてフローラに気づく。
「貴様は、天空王を裏切った悪女!みな、捕らえるのだ!」
枢機卿の命令で、神官たちがいっせいに襲い掛かってくる。
フローラはなすすべもなく捕らえられるのだった。
縛り上げられたフローラは、教皇の前に引きずりだされる。
「貴様は……悪女フローラ。よくもおめおめとここにこれたものだな」
以前はまるで祖父であるかのように慈悲深い笑みを浮かべて接してくれた教皇が、まるで汚らわしいものを見るようにフローラをにらみつける。
それでもフローラは必死に弁解した。
「教皇様!ルピンが新たな天空王になったなど、嘘です。魔王の姦計に惑わされてしなりません!」
「黙るがいい!」
教皇はもっていた杖でフローラをなぐりつける。口の中が切れて、歯が何本か折れた。
「貴様は知らないのだろうな。世界になにが起きたのかを」
教皇はルピンによる教会の混乱を話す。
ある日突然黒い羽を持つ天空人たちがやってきて、今まで奴隷にしてきた地上人とのハーフを救出した。彼らは全員が転移魔法の使い手で、世界中を回って教会が行ってきた寄付の横領と人身売買をふれ回ったのだった。
「やつら「新教会」のせいで我々の権威は地に落ちた。さらに、新たなる天空王の怒りを買ったせいで、我々はこの神殿から一歩も出られなくなったのだ!外に出た神官は、天空城から落ちる天罰のいかずちに打たれて死んだ。これもすべて貴様たちのせいだ!」
教皇は理性を失ったかのように、何度も何度も杖でフローラを打ち据えた。
やがて息が切れた教皇は、フローラを見下ろしてニヤリと笑う。
「……貴様は、以前ルピンさまと恋仲だったらしいな。ならばちょうどいい」
神官たちに命令して、フローラを巨大ルピン像の足元に縛り付ける。
「……何を……なさるのですか?」
「貴様のような売女、ルピン様への生贄としか使い道があるまい。貴様をささげて、我々は新たなる天空王様へ許しを請う」
教皇の命令により、神殿内にいた神官が全員祈りをささげる。
「この愚かな女をささげます」
「どうか私たちだけはお助けください……新たなる天空王様よ」
自分を生贄にして助かろうとする神官たちを見ながら、フローラは絶望を感じていた。
「……なんていうか、醜いな。やはり教会は心底腐りきっている」
ここまでの展開を天空城から見ていた俺は、人間の浅ましさに辟易してしまう。
フローラが痛めつけられるのを見るのは爽快だが、だからといって教会関係者を救う気にはならない。やつらは勇者や聖戦士を利用して散々搾取を続けていたのだから。
「さて。やつらにトドメをさしにいくか」
俺は天空城から飛び立ち、大神殿に向かうのだった。
やっつけで作ったような俺の巨大像の足元で、フローラはひたすら神官たちに攻められている。
俺はその姿を冷たく笑いながら、神殿に降臨してやった。
「おお、我らが主よ!」
天空から降りてくる俺の姿を見た教皇が、感極まったように涙を流しながら祈りをささげている。
だけど別に俺はお前たちを部下にもったつもりはないんだけどな。
俺はひたすら祈りをささげる神官たちを無視して、フローラの前に立った。
「フローラ。大丈夫か?」
俺が優しい言葉を掛けてやると、フローラは涙を流して喜んだ。
「ルピン。助けて。痛いの。苦しいの!」
「ああ。少し待っていろ。ホーリーフレッシュ」
神殿に祭られている「癒しのオーブ」から清らかな光が出て、フローラをてらす。彼女の傷は癒されていった。
俺はロープを解き、彼女を自由にしてやる。
「ありがとう!ルピン!」
フローラは満面の笑みを浮かべて抱きついてきた。
その光景を見ていた教皇たちは動揺する。
「ル、ルピン様。どうしてそのような女を助けるのですか?その者はあなたを裏切り……」
「黙れ」
俺がジロリとにらみつけてやると、神官たちは恐れの表情を浮かべて沈黙した。
それを見たフローラは、調子にのって言い放つ。
「ルピン。こいつらに罰を与えて!あなたの恋人であるこの私を傷つけた、許しがたい奴らなのよ!」
「そうか。ならば罰を与えないとなぁ」
俺がニヤリと笑うと、フローラは勝ち誇った笑みを浮かべた。
こいつの頭の中では都合が悪い記憶が消えているようだな。いまだに俺が自分を好いているものだと舐めているんだろう。
だが、今はその勘違いを利用してやる。後から地獄をみせるためにな。
「フローラ。こいつらのことは俺に任せて、お前は勇者サマの元に戻っていろ。魔王を倒す使命があるんだからな」
俺はフローラにっ「転移石」を二つ渡した。
「うん。こいつらに罰を与えたら、ルピンもすぐに来てね!」
「ああ」
俺が頷くと、フローラは微笑ながら消えていった。
あまりの事態に呆然としている教皇たちに向き直ると、俺は冷たい声で告げた。
「貴様たちは天空城の僕を名乗りながら、民から不当な搾取を続け、不幸な子供たちを奴隷にし、勇者たちを甘やかし、俺に無礼を働いた。断じて許してはおけぬ」
「そ、それは誤解です。一部の不心得者の神官がいたのは事実ですが、大部分の神官は人々を救うため力を尽くしております」
教皇が地面に頭をこすりつけながら弁解する。それを聞いて俺は苦笑した。
「よくもまあ抜け抜けと。まじめな神官たちを下っ端として据え置き、奴隷売買や治療魔法による高額な布施の要求で財を成した神官を幹部として出世させておいたくせに。貴様たちには天罰を与えよう。「癒しのオーブ」よ!やつらを腐らせよ!」
そ設置されている「癒しのオーブ」に手を触れると、オーブから黒い光が飛び散った。
「な、なんだ!急に息が苦しくなって………げほっ」
「体中が痛い!」
その黒い光に当たったとたん、神官たちにすさまじい苦痛がおそいかかる。
「お前たちの体は、あらゆる病に感染した。今まで治療魔法をもて遊んだ罪だ。苦しみながら死んでいけ」
「そ、そんな……お助けください」
教皇をはじめとする神官たちが救いをもとめて手を差し伸べるも、俺は冷たく払いのける。
それを見届けて、外で説教していた黒い翼を持つ少女を神殿に招きいれた。
「お前が新たな教皇となり、治療魔法を管理せよ。まじめな神官にだけ、新たに治療魔法の契約を施すがいい」
「承りました。わが主よ」
黒い翼の少女はうやうやしく頭を下げる。
この日、世界から治療魔法が消えるのだった。
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