第10話 追放

「る、ルピンがなぜ天空王に?」

「知れたこと。魔王を倒し、諸悪の根源である天空王をも倒されたからだ。お前たちが無実の罪でルピン様を追放した後にな」

フロストの言葉を聞いて、フローラの体が震える。

「そ、そんなの嘘よ……」

「嘘だと。浅はかで罪深い女め。世界の混乱はすべてお前たちがルピン様を裏切ったせいだ」

フロストは心底見下した目で、かつて慕い尊敬していた姉を見た。

「貴様!聖戦士フローラ様に対して無礼な!」

フローラを護衛していた騎士が、激昂して剣を抜く。

次の瞬間、黒い翼が生えた神官が一斉に杖を抜き、呪文を唱えた。

「『オクル』」

杖から放たれた小さな転移弾は、騎士たちの鎧をやすやすと貫き、その体の一部を『転移」させる。

神殿には、騎士たちの体内からくりぬかれた心臓が大量に散らばった。

「うっ……うぇっ」

血のにおいが広がり、フローラは吐き始める。魔物を殺すことには慣れていた彼女だったが、人間の死はみた事がなかった。

「衛兵!この汚い女を町から放り出せ!」

アンダーソン家の衛兵が駆け寄ってきて、フローラを乱暴に引っ立てる。彼らはもはやフローラを主君の娘だと認識してなかった。

「待って!お父様にあわせて!」

フローラは泣き叫びながらフロストに頼み込むが、返ってきた返事は冷たかった。

「お父様は不貞の子になど会われぬ」

「不貞の子……?」

「そうだ。我が母をたぶらかし貴様のような穢れた子を生ませた旧天空人の血を引くお前など、もはやアンダーソン家の者ではない。二度とこの町に近づくことを禁じる!」

フロストに拒絶させ、フローラはがっくりと肩を落とす。

そのまま館の外に放り出されてしまうのだった。


館を追い出されたフローラは、とぼとぼと町を歩く。

「このままじゃ帰れない……どうすれば……」

護衛騎士を全員殺されてしまったので、攻撃手段に乏しい彼女一人が危険な外を歩いて王都まで帰るのは無理である。

これからどうすべきか考えていると、港でみすぼらしい姿をした神官服を着た一団にあった。

「あなたたちは……いったい何があったのですか?」

フローラが声を掛けると、中年の神官が喜んだ。

「おお!聖戦士フローラ様。実は……」

神官は涙ながらに訴えかける。邪悪なルピンという男が教会を襲い、町の人間を洗脳してしまったと。

「私たちは船に乗って、宗教都市エルサレムに行って教皇様に訴えかけようと思います。そして邪悪な悪魔に組するトラベルの町を滅ぼしてやるつもりです」

中年の神官の間には憎悪が浮かんでいた。

それを聞いているうちに、フローラの心にも復讐心が湧き上がってくる。

「そうですか。確かに教皇様に訴えれば、全世界の信者に命令を下してこの町を滅ぼすことも可能。私も同行しましょう」

「おお!聖女様がいらっしゃれば、説得は成ったも同然でございます」

こうしてフローラは、追い出された神官と共に船に乗るのだった。


「ははは。ざまぁ。家族に追い出されたか」

俺は天空城からフローラがトラベルから追い出されたのを見て、会心の笑みを浮かべる。

これであいつは孤独になった。裏切られて追い出された時の俺の気持ちがわかったかな?

「次に行くのは宗教都市エルサレムか。まあ当然だな。もう頼れるところはそこしかないからな。さて、どうすべきか」

俺は腕を組んで考え込む。

「よし。あいつらに先回りさせよう」

俺は新たな使徒となった黒い翼の天空人たちに命令して、エルサレムに向かわせるのだった


フローラと神官たちが乗った船は、無事に宗教都市エルサレムに到着した。

ここは天空人の下部組織として人間を導く「教会」の本部がある場所である。フローラも聖女として覚醒してから、ここに滞在して修行していた。

「ふう。いい風。懐かしいわ。なんだか故郷に帰ってきた気分」

船から降りたフローラは、思い切り深呼吸をする。生まれ故郷を追い出された彼女にとっては、この町と「教会」だけが心の拠り所だった。

しかし、神官たちと町を歩いてみて驚く。

なぜか町には活気がなく、道のそばには大勢の物乞いがいた。

「これは……どういうことかしら」

疑問に思ったフローラは、近くの商店のおばさんに聞いてみる。

そのおばさんの返事は、予想外のものだった。

「勇者と旧教会が新たなる天空王ルピン様に逆らったら、転移魔法をとりあげられちまったんだ。船から荷物を降ろしても、買い付けにくる商人もいないんじゃ商売あがったりだよ」

「えっ?」

『教会』の本部があるこの町でも、勇者や教会に対する不満が高まっているのを知って、フローラは驚く。

「そ、そんなの何かの間違いです。勇者様は立派な方です。それにあの無能なルピンが天空王だなんて、何かの間違いです」

必死に弁解するフローラを見て、おばさんは不審な目を向けた。

「勇者や旧教会を擁護するって……?そういえば、あんたどこかで見たことがあるね。たしか勇者の近くにいたような……」

おばさんの目がどんどん鋭くなってくるのを見て、フローラは危機感を覚える。

「な、なんでもないんです。それでは……」

フローラと神官たちは、あわてて商店から離れた。

「どうしましょう。この町にも悪質なデマが広がっているみたいです」

話を聞いていた神官たちも不安そうな顔になっている。

「……とりあえず、大神殿に行って教皇様と面会しましょう」

フローラは神官をひきつれて、大神殿へと続く大通りに言った。

しばらく進むと、人垣ができているのが目に入る。

「なんでしょうか……?」

近寄ってみると、その中心に黒い羽が生えた少女がいた。

「皆様。私たちは旧教会により奴隷にされていた天空人の血を引くものたちです。しかし、新たなる天空王ルピン様に救われ、「新教会」を立ちあげました。いまこそ真実をお伝えします」

彼女の話を聞いて、フローラは顔が青くなってくる。

それは彼女もしらなかった世界の真実だった。

「天空人たちは地上人から搾取するため、「魔法」という力を作って旧教会に与えました。その力を得たものが神官や貴族となって、あなた方一般の地上人たちを支配していたのです」

黒い羽の天使の話は続く。

「貴族や神官たちは、あなた方から高い税をとり、若くて美しい女性を奪って天空人たちに捧げました。しかし、そんなことをしていたら、地上人の反感を買います。そこで、あなた方の不満をそらせるために、「敵」を生み出すことにしました」

「……「敵」とはなんです?」

一人の旅人風の男が聞き返す。

「それは「魔王」です。天空人の中で罪を犯したものが、堕天し魔王となり、地上人たちを迫害しました。そうすれば地上人たちの憎しみは、自分たちから搾取する教会や王、天空界から魔王に向くからです」

人々は静まりかえって、少女の話に耳を傾ける。

「そしてころあいを見て、天空人が地上人に生ませた子供の中から「勇者」や「聖戦士」を生み出し、魔王を倒させる。あとは勇者を通じて、再び搾取を続ける。このようなことが、何百年も続いていたのです」

魔王の存在がただのマッチポンプだったといわれて、人々の間に怒りの声がわきおこった。

「しかし、この時代になって思わぬことが起こりました。勇者でも聖戦士でもない、ただの人間であるルピン様が、魔王と天空王を倒し、この永遠に続く煉獄の繰り返しから救ってくださいました。そして新たな天空王となり、勇者として選ばれず虚しく奴隷として死んでいくだけだった私たちを救ってくださったのです」

少女は誇らしげに黒い翼を広げ、空を舞った。

「皆様、いまこそ世界を地上人の手に取り返すチャンスです。奢り高ぶった勇者や教会を滅ぼし、新たな天空王ルピン様に従いましょう」

黒い翼の少女の煽動により、人々の間に教会に対する反感が高まっていった。

「き、貴様!何をたわけたことを言っておる!勇者様は絶対だ!教会は正義だ!貴様らこそ悪魔の使いだ」

たまりかねた神官が少女に掴みかかろうとするが、彼女はひらりと「転移」で身をかわす。

「愚かな旧教会の神官よ。天空人の僕となり、暴虐の限りを尽くしてきた卑怯者よ。そなたに天罰を!」

少女が杖を振りかざすと、いきなり雷鳴がとどろき、神官に向けて雷が落ちてくる。

神官は一瞬で黒こげになって息絶えた。

「……!」

あまりの惨状に、フローラは声を失う。

「やがて旧教会と勇者は跡形もなく滅ぼされるでしょう。未だ旧教会を信じている哀れな民よ。悔い改めなさい。さもなければさらなる天罰が地上人に下るでしょう」

少女の言葉に、エルサレムの市民たちは次々と土下座していく。いたたまれなくなったフローラは、その場から逃げ出すのだった。

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