第9話 フローラ


王都

しばらく王都に滞在し、体力を回復させた勇者パーティが国王に呼ばれる。

『勇者ウェイよ。そろそろ傷も癒えたじゃろう。貴族出身の新たな転移士も雇った。魔王を倒しにいってくれぬか?」

国王の要請を受けたウェイは、自信満々で答える。

「わかりました。魔王を倒して、世界を救ってごらいに入れましょう」

そう宣言して、紹介された転移士の少女に手を触れる。

「よろしく。ぼくは勇者ウェイだ。これからは君も勇者パーティの一員だ。共に魔王を倒そう」

「は、はい。光栄です。私はトランスと申します……ポッ」

おとなしそうな転移士の美少女が、ポッと顔を赤らめる。

その顔をみながら、ウェイは内心でよこしまな思いを抱いていた。

(ぐふふ。可愛いな。この王都から転移したら、魔王の城に入る前に景気づけとして食っちまおうか)

ウェイがそんなことを考えているとも知らず、トランスと呼ばれた美少女はそっと彼の手をとる。

「ではいきます。『転移』」

トランスが魔力をこめると、勇者パーティはその場から消え……なかった。

「え、え?」

トランスは焦って何度も魔力を込めるが、転移魔法が発動しない。

その時、慌てた様子の衛兵が入ってきた。

「陛下!大変です。王都の転移士すべてが魔法を使えなくなったと騒いでいます!」

その日を境に、地上から転移魔法は消えてしまうのだった。


それから王国、いや世界すべての国で大混乱が起こるのを、俺は天空城から見ていた。

この世界は魔物であふれており、すぐに集団で襲われてしまうので大荷物をもって陸地を旅することはできない。

物資の流通は、船か転移士によるものだった。

陸上輸送を担っていた転移士の魔法が使えなるとどうなるか-。

俺は俺を犯罪者よばわりした国王が、頭を抱えて困り果てているのを笑いながらみていた。

「どうすればいいのじゃ!転移魔法が使えなくなったせいで、我が王都は物資が不足しておる」

王都は広いスペースを確保するために、内陸の平原に大きな城壁でとの囲まれる形で建設されていた。

ある程度は城壁内で作られる農業や、魔物を狩ることで食料が確保できるが、孤立した場合に決定的に必要なものが足りなくなる。それは「塩」だった。

「塩の備蓄は三ヶ月しかありません!」

「すでに物資が不足しているため、物価が高騰しています。このままでは暴動が起きるかもしれません」

真っ青になった官僚から言われて、ついに国王は決断する。

「こうなっては、運送都市トラベルに使者を送るしかあるまい。「転移のオーブ」を管理しているそこの教会に何があったか確かめるるのじゃ」

国王の命令により、軍が派遣されることが決まるのだった。


「……俺たちにもついていけだって?」

使者から話を聞いた勇者ウェイは、面倒くさそうに聞き返す。彼は転移魔法が使えなくなって魔王城にいけなくなったので、これ幸いとばかりに王都で自堕落な生活に溺れていた。

「はい。ご存知のように転移魔法が使えなくなったので、魔物がひしめく中地上を進まなければなりません。勇者様と聖戦士様が護衛としてついてくれれば、心強いかと……」

やせた使者は、びくびくしながら依頼した。

「断る。勇者である俺がなんでそんなつまらないことをしなきゃならねえんだ。俺はここにいて、王都を守らないといけないのさ」

ウェイはそういいながら、最近愛人になった元転移士のトランスを抱き寄せた。

「そ、そうですよ。勇者様がいなくなったら、万一この王都が魔族に攻められたら人類は終わりです」

トランスは引きつった顔で、必死にウェイに媚びる。彼女は転移の力がなくなったので、捨てられまいと必死だった。

「ですが……世界に何かが起こっています。その原因を探らないと……」

なおも引き下がらない使者に、ウェイはうんざりして言い返す。

「なら、フローラを連れて行け。トラベルはあいつの故郷だしな。そろそろあいつの体にも飽きてきたし、何かあっても惜しくないからな」

使者はそれを聞いて一礼し、別の部屋にいる聖戦士フローラの下に向かった。

「故郷に何か異変が?」

「はい。転移のオーブになにかあったように思われます。我々は地上を通ってトラベルまで行く予定ですが、治療士であるフローラ様がついていただければ心強いかと……」

使者の言葉に、フローラは頷いた。

「わかったわ。すぐ出発しましょう」

フローラと騎士隊は、王都を出発するのだった。

そこまでを天空から見ていた俺は、思わずニヤリと笑ってしまう。

「さて、フローラはどんな歓迎を受けるかな」

俺は高みの見物を決め込むのだった。


騎士隊は魔物ひしめく地上を進んでいく。

途中何人もの騎士が大怪我を負ったが、聖女フローラの治癒魔法のおかげで命を失わずになんとかトラベルまでたどり着いた。

「聖女様……ありがとうございます」

「いいんです。一刻も早く何か起こっているのか確かめないと。いきますよ」

優しくいたわるフローラに、騎士たちは尊敬の目を向ける。

しかし、トラベルの町に入った彼らを迎えたのは罵声だった。

「偽勇者め!世界を壊した罪人め!」

「この町から出て行け!」

町の人は騎士隊とそれに護衛されるフローラを見て、ゴミを投げつけてくる。

「ええい!やめろ!我々は王国の騎士で、ここにいるのは聖女フローラ様だぞ!」

騎士たちが剣を抜いて威嚇しても、民衆はひるまない

「それがどうした!その女のせいで天空王の怒りを買って、転移魔法がなくなったんだ!」

それを聞いたフローラは困惑した。

「どういうことでしょう。私のせいでとは……?」

「下賎な民のたわごとです。とにかく我々は領主の館に行きましょう」

騎士たちはフローラを守って、アンダーソン男爵の領主館に向かった。


「久しぶりですね。わが妹フロスト」

騎士たちと一緒に実家でもある領主館に戻ったフローラは、親しみのこもった視線で妹を見つめ、挨拶をする。

しかし、フロストは姉を冷たい目で見つめた。

「……今更何をしに、このトラベルの町にこられたのですか?」

あまりにも意外な言葉にフローラは驚くが、なんとか用件を告げた。

「あの……世界から転移魔法が消えたので、何が起こったのかを調べに来たのです」

「何を白々しい。どの口で調査などという寝言をほざくか。あなたが新たなる天空王を怒らせたので、地上から魔法を取り上げられたのだ。そのせいで世界中が迷惑している。いったいどう責任を取る気だ!」

いきなり妹から怒鳴られて、フローラは弁解する。

「ご、誤解です。私は天空王など怒らせたことはありません」

「……ふん。どうやら何も知らないらしいな。いいだろう。ついてこい」

フロストはフローラや騎士たちを神殿に連れて行く。

そこに以前あった老人の像が取り壊され、代わりに若い男の神像が飾られていた。その足元には真っ黒に染まった「転移のオーブ」があり、黒い羽が生えた神官たちが祈りをささげていた。

「こ、この像は……」

「さすがに忘れてはいなかったみたいだな、そうだ。お前の元婚約者だった、ルピン様だ!」

天使の輪をつけたルピンの巨大像は、あざ笑うかのようにフローラを見下ろしていた。

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