第8話 トラベルの征服

「すべて……本当のことなのか。ルピンが魔王を倒し、新たな天空王になったのか……」

フロストはふらふらと立ち上がると、俺の前に膝をついた。

「知らぬこととはいえ、ご無礼いたしました。かくなる上は、この命を捧げて姉の償いとさせていただきます」

フロストは剣をつかむと、一気に喉を突こうとする。

その勢いが本気であることを確認した上で、剣が喉に触れる前に「転移」を掛けて取り上げた。

「もういい。償う気があるなら、命を捧げるより生を捧げよ」

「生を捧げよとおっしゃられると……?」

フロストは首をかしげる。

「私は天空王になったとはいえ、心は地上にある。これからは地上人による、地上人のための世界を創り出そうと思う。フロストは人生を捧げて俺に協力してくれ」

「御意。私の心も体も、わが主に捧げます」

フロストは俺の前に跪く。

この日、トラベルの都市は王国を離れ、ルピンの傘下に入ったのだった。


「おらっ!さっさと歩け!」

「ひいいっ!」

俺に尻を蹴られ、泣きながら歩いているのはトラベルの町の神官。俺たちの後ろからは、大勢の町の人がついてきいる。

彼は長年にわたり、天空人の使徒として人々を導いていた「教会」の司祭である。

まあ、そんなのは建前にすぎないんだけどね。

「て、天空王様。僕たる私になぜこのようなむごい仕打ちを!」

「勘違いするな。てめえは前の天空王の僕で、俺の部下じゃねえ。勇者を崇め、人々を扇動して私腹をこやしていたてめえみたいな奴、だれが僕にほしがるかよ」

俺は冷酷に事実を指摘してやった。

「ご、誤解です。私は天空の僕として誠実に人々を導いてきました」

「ほざいていろ。すぐにわかる」

俺は神官を蹴り上げながら、教会に併設された孤児院に入る。

その中は綺麗に整頓され、清貧を旨とする教義にふさわしい質素な作りだった。

「ほう。清潔なものだな」

「そ、そうです。我々教会は傷つき病んだ人を治療する役目を担っています。また親を亡くした孤児を預かり、立派に育てております。やましいことなど何もありません」

神官は必死に弁解しているが、天空城を通して地上を見ている俺にはお見通しだった。

「治療した者たちからの礼金、領主や富裕層からの寄付金。それらは莫大な額になる。本来の教義に従えば、それは貧しい者たちを救うために使われるべきものだが……」

俺はそういいながら、床板をはずす。すると地下室に向かう階段が現れた。

「な、なぜこの部屋のことを?」

「俺は新たな天空王だといったはず。すべてお見通しだ」

そういいながら地下通路を降りていく。いくつかの部屋があり、その中の一室には大量の金貨が入った箱が積まれていた。

「こんな大金を貯めこんでいたのか……」

それを見たフロストやアンダーソン、町の人間が怒りの声をあげる。

「現実はこんなもんだ。ほとんどの金はこいつら教会がちょろまかしている。さらに、こいつらの罪はそれだけじゃない」

俺は怒りに燃える町の人を連れて、別の部屋に行く。

そこには、何人もの見目麗しい少年少女が捕らえられ、牢に入れられていた。彼らの背中には、大きな傷跡があった。

「彼らは……?」

「天空人はたまに地上に降りて、女遊びをするんだ。その結果生まれた子供は、魔力が強いやつは勇者や聖戦士になれるが、弱いやつは翼を切られて奴隷として売られる。こんなことを何十年も何百年もやってきたんだ」

ついてきたフロストは、心底軽蔑した目で神官を睨んだ。

「何が敬虔な神の僕だ。天空人も教会も腐りきっている!」

「ち、違う。私の意思ではない。すべて天空人が悪いんだ!」

神官は弁解するが、誰からも白い目で見られていた。

「フロスト。こいつの処分はお前に任せる。お前はこんなことが二度と起こらないようにこの町を守れ」

「心得ました。ですが、彼らはどうなされるのですか?」

「こいつらは、俺が癒す」

俺は懐から黒い聖輪を取り出すと、子供たちの頭の上に乗せる。

彼らの傷がどんどん癒され、黒い翼が生えていった。

「ご主人様……ありがとうございます」

牢から出た天空人とのハーフたちは、俺を主と認めて跪く。

「お前たちを新たな僕とする。我に仕えよ」

「ありがとうございます。……わが主よ」

翼が生えた少年少女たちは、神官服に着替えて俺の前にひざまずいた。

次に俺は「転移のオーブ」に手をふれる。キラキラと輝いていたオーブは真っ黒に染まっていき、黒い光が少年少女たちを貫いた。

「お前たちに『転移』の力を与える。世界中を回って、お前たちと同じように奴隷とされている天空人の血を引く者たちを解放して俺の前につれて来い」

「かしこまりました」

少年たちが消えていく。それを見送った俺は、フロストに向き直った。

「これでこの世界からは「転移」の魔法契約が一度リセットされた。おそらく世界中で転移魔法が使えなくなったことによる大混乱が起きるだろうな。フロストよ。そうなったのは俺の怒りを買ったからだ。勇者をあがめた人間に対する罰だ」

「……はい」

フロストは観念したようすで頭を下げる。

「だが、俺は慈悲深い。俺に従うものには、再び「転移」の力を授けよう。その判断は、お前に任せる」

それを聞いて、フロストはほっとする。世界から転移魔法が消えても、ここトラベルだけは使い続けることができるからだった。

「今後、勇者たち、そして王国が私に逆らい続けれは、『治療』『体力強化』『魔術』などの魔法も消えていくだろう」

「そ、それは……」

そうなった世界を想像して、フロストは真っ青になる。この世界は魔物の脅威にさらされている。人間の優位を支えている魔法の力がなくなったら、あっという間に滅んでしまうだろう。

「お前たちはすべての責任が勇者たちにあると世界中に触れ回るのだ。魔法を取り上げられたくなければ、我に従えとな」

ルピンは薄笑いを浮かべて消えていく。

残されたフロストは、これから起こる世界の混乱を想像して絶望的な顔をしてルピンを見送るのだった。


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