第7話 フロスト
「ひ、ひえっ!助けてくれぇ!」
叫び声をあげて商人たちが逃げていく。教会の中は俺が殺した僧兵たちの死体がゴロゴロと転がっていた。
「な、なんでこんなことを……」
教会の隅では、何人かの転移士の神官が頭を抱えて震えていた。彼らがゲートを作ることを中断したため。各都市とこの交易都市トラベルを結ぶ道も閉ざされている。
俺はそいつらを無視して、奥の間に進んだ。
「えっと……たしか「転移のオーブ」はこのあたりにあるはずだけどな……見つけた」
正面にえらそうな顔をした天空王の像から、強い魔力を感じる。
俺は像に近づくと、両手を心臓の位置に向け力を解き放った。
「転移魔法『アポーツ』」
次の瞬間、俺の手のひらに白いオーブが現れると、見ていた神官が驚愕した。
「そ、それは『転移」のオーブだぞ。どうするつもりだ」
「どうするもこうするも、こうするのさ。転移魔法『オクル」」
俺の手のひらから転移のオーブが消える。同時に世界中で活躍している転移士から力が抜けるのが感じられた。
「ふふふ。これでお前たち人間の世界から転移魔法は消えた。相当困ることになるだろうが、勇者を崇めた罰だと思え」
俺はそういい捨てて、神殿から出て行った。
外にでると、神殿は騎士隊に取り囲まれていた。
「反逆者ルピン!おとなしく縄につきなさい」
騎士隊を率いていた金髪の少女騎士が、命令してくる。
俺は彼女ににっこりと笑いかけた。
「久しぶりだな。フロスト。俺の義妹-になるはずだった女」
それを聞いて、フロストは顔を強張らせた。
俺はゆっくりとフロストに近づいていく。
「く、来るな!」
「どうしてだ。この町で育った幼馴染だろう。昔はお兄ちゃんと慕ってくれたじゃないか。なぁ。俺の婚約者フローラの妹よ」
「何か婚約者だ。姉上は借金のカタにすきでもない相手と結婚させられると泣いていたのだぞ」
フロストは剣を抜いて威嚇してくる。そうか。俺がいない所ではそんなことを言っていたのか。仲良くできていたと思っていたのに。
だが、それが真実だろうが俺には関係ない。俺とフローラとの婚約は、貧乏領主だった彼女たちの父と大金持ちの商人だった俺の父との契約みたいなもんだ。それを状況が変わったからといって一方的に反故にするってどうよ。
「だからなんだ?俺を悪者扱いするのは筋が違うだろう。婚約破棄したいなら、親父がお前たちの父に貸した金を返せ」
「くっ……金の亡者めが……」
フロストは一瞬言葉に詰まったが、すぐに半笑いを浮かべた。
「ふっ。そんなものはすべて無効だ。お前の父もすでにいないし、そもそもお前は犯罪者として国に手配されている。観念しろ。みんな、こいつを捕らえろ!」
フロストは剣を振り上げる。
しかし、次の瞬間俺は彼女のすぐ目の前に現れていた。
「なっ!」
慌てて剣を振り下ろそうとしたが、長いリーチが邪魔になって俺を斬れない。
俺はニヤリと笑うと、思い切り顎に向けてアッパーカットを放った。
「『瞬打撃』。そりゃそりゃそりゃ!」
勇者や聖戦士のように強い魔法も使えず、伝説の武器もない俺が自分の特性を生かすために身に着けた戦闘術-『拳闘(ボクシング)』。
魔物相手にはほとんど使えないが、人間相手には十分な威力を誇った。
アッパーカットを受けてのけぞるフロストが体勢を整える前に、俺は彼女の後ろに転移する。
「『瞬打撃』」
彼女のうなじに俺の拳が突き刺さり、フロストはあっけなく昏倒した。
フロストが倒されて、兵士たちは動揺する。
「動くな!動くとこいつを殺すぞ!」
俺の声を聞いた兵士たちは、武器を抜いたまま硬直した。
それは致命的な隙となり、俺は転移球を作り出すことに成功する。
「『オクル』」
俺が作り出した黒い球に飲みこまれ、兵士たちは15メートル上空に転移した。
「うう……」
フロストの意識が戻ると、町の大通りは土下座した人々で埋まっていた。兵士も住人も関係なくである。
「これは……?」
「起きたか。お前が寝ている間に、町の者は俺に忠誠を誓ったぞ」
逃げようとした者もいたが、俺がある物を見せると逃げても無駄だと悟ったのか、おとなしくなった。
「た、助けてください」
『お願いします。あなた様に従います。ですから、何卒お許しください」
町の人間は卑屈に土下座したまま哀願している。そんな姿を見て、フロストは怒りに燃えた。
「みんな!何をしている。こいつは犯罪者だぞ!」
「面白い。俺が何の犯罪を犯したというんだ」
俺がフロストの目を見つめて聞いてやると、彼女は自信満々に答えた。
『国王陛下がおっしゃっている。お前は王女様を暴行した。そして勇者の魔王退治を邪魔したんだ!姉上から手紙で事情を知らされているんだぞ。みんな、領主の娘として命じる。こいつを捕らえろ」
フロストがどんなに叫んでも、町人も兵士も動かない。
すると、土下座している町人の中から、一人の太った男が出てきた。
「フロスト。それはすべて陛下やフローラや勇者の嘘じゃ。ルピン様は無実の罪を着せられたのじゃ」
そういって俺を弁護したのは、この町の領主、アンダーソン男爵だった。
「父上!姉上のことも信じられないのですか!」
「フローラか……確かにお前の姉ではある。じゃが、あれはワシの娘ではない。最初からな」
アンダーソン男爵の声には、怒りが含まれていた。
「な、なぜそのようなことをおっしゃられるのですか!」
「お前が気絶している間に、すべての真実を語ったのさ」
俺はフロストにもわかるように、ゆっくりと説明していく。
魔王との戦いで勇者パーティが敗北したこと。俺の力でかろうじて逃げることができたこと。
勇者はその失敗を隠すため、俺が勝手に逃げ出したせいで魔王を倒せなかったと責任転嫁したこと。
国王はもはや用済みになった俺を、王女にたいする暴行という無実の罪を着せて処刑しようとしたことを語った。
それを聞き終えたフロストは、真っ赤な顔をして否定する。
「嘘だ!勇者様は高潔なお方だ。そんなことをなされるお方ではない!」
駄々っ子のように嘘だ嘘だと泣き喚く。そんな彼女を、アンダーソン男爵は厳しくしかりつけた。
「いい加減にしなさい!」
「父上……なぜルピンのような商人を信じるのですか!高潔な天空人の血を引く、勇者様とお姉さまのことをなぜ信じないのですか!」
フロストが血を吐く思いで叫ぶが、アンターソン男爵はさらに渋い顔になった。
「高潔だと……残念だが、いまや彼らをあがめる者などこの町にはもはや一人もおらぬ。見るがいい」
アンターソンが指差す方向には、ボロボロになった神官がいた。散々殴られたようで、血まみれになった上に縛られている。
「天空人の手先め!」
「今まで俺たちを謀っていたのか!寄付金を返せ!」
そしてその周りの町人は、時折殴りつけていた。
「なぜだ……なぜこうなるのだ……父上……なぜ……」
「先ほどお前も言ったであろう?お前の姉フローラは天空人の血を引いていると。その父たるワシは地上人だ。ならばなぜ、そのようなことになったのだ!」
アンダーソンの声には、怒りと軽蔑が表れていた。
「ま、まさか……」
「そう。そのまさかだ。お前の母フロリアは、天空人の男と浮気をしていたのだ。何が高潔な者たちだ。反吐が出るわ!」
アンダーソン男爵は忌々しそうに吐き捨てた。
「し、しかし、それは魔王と戦う者を生み出すために、必要なことだったのでは……」
フロストが弱弱しく反論すると、アンダーソンは首を振った。
「魔王を倒すという大義名分があれば、何をしてもかまわぬのか?人妻を奪うことも、従者を甚振ることも、民に重税をかけることも!そんなのは、痛みをかぶる立場に無い他人事だから言えることなのだ!」
アンダーソンの言葉には実感がこもっていた。
「それに、すでに魔王は倒されておる。ここにいる新たなる天空王ルピン様によってな!」
アンダーソンと町人は、俺に視線を向けてくる。さっきまでと違い、心から尊敬するような視線だった。
まったく、掌返しが早いよな。だが、味方になるというなら滅ぼさないでおこう。アンダーソンのおっさんの怒りには共感できるし。
「魔王が倒された?新たな天空王だと?いったい何なんだ」
「これ以上言葉を尽くすより、証拠を見せてやるよ」
俺は懐から聖輪を取り出し、頭の上に乗せる。黄金の輪は俺を所有者と認めたように、キラキラと輝いた。
「それは聖なる輪……貴様はいったい」
「上を見てみろ」
俺の言葉に従って上を見上げたフロストの目が、目いっぱい開かれる。
町の上空には、巨大な天空に浮かぶ島が鎮座していた。
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