第6話 大混乱
俺は金庫の中にあった金を、すべて天空城に送った後、町の広場に転移する。金と叔父を失ったアルセーヌ商会は没落するだろうが、もう俺には関係ないな。
町の屋台で買い食いしながら散歩していると、広場の前で役人が演説していた。
「勇者様はきっと魔王を倒してくださる!皆の者、勇者様の勝利を信じて天空城に祈るのだ!」
役人の演説に、町の者は瞳をうるませて祈りをささげていた。
哀れな者たちだ。魔王はすでに俺に倒され、天空城は俺のものになっているのに。
ニヤニヤしながら見ていると、役人はさらに続けた。
「この町の領主の娘、フローラ様は聖女に選ばれ、勇者様と共に冒険の旅に出ている。我々は彼女を誇りに思おう!」
フローラか。あの勇者に寝返って、婚約者の俺を捨てたビッチめ。
今にしてみれば、なんであの程度の女に執着したんだろうか。視野が狭かった俺が恥ずかしくなる。
「さて、本題に入る。王都から手配書が回ってきている。勇者パーティの転移士だったアルセーヌ・ルピンが、王女への暴行未遂・勇者の戦闘を妨害した罪で告発された」
「なんだって?あのルピンが……?」
町の人間は意外そうな顔をしている。
まあ、当然だよな。俺の親父はこの町の名士で、町の人間には助けられた者も多い。
そして俺だって品行方正なお坊ちゃまとして評判が良かったはずだし。恩人の息子が罪を犯したって言われたって、そう簡単に信じたりしないだろう。
『やっぱりな。いつまでもフラフラ遊んでいただけのバカ坊だったしな」
「昔からフローラ様につきまとっていたもんな。性犯罪者みたいな目をしていたし」
「いつか犯罪を犯すと思っていた」
町の人たちはウンウンとうなずいている。あれ?
「罪人ルピンは一度捕らえられたものの、「転移」の力で逃げだした。この町はあやつの故郷だ。もしかして潜伏しているかもしれない。勇者の敵となった奴を、見つけしだい捕らえるのだ!捕らえた者には、賞金1000万マリスが支払われる」
役人の言葉に、集まっていた民衆は沸き立つ。
「1000万マリスだって?何年も遊んでくらせるぜ!」
「勇者の敵だと!邪悪な犯罪者め!俺がやっつけてやるぜ!」
群集たちはそう気勢を上げ、俺をののしった。
全く勝手な奴らだ。領主だって金持ちの親父が生きていたころは、散々寄付を集ったりしていたのに。しかも、俺が転移士の代表として勇者に同行することになったときは、町を挙げて俺をたたえていたくせに、ちょっと勇者や国から唆されたら正義気取りで俺を悪呼ばわりか。
俺は町の人間の手のひら返しに失望しながら、自分から役人の前に進み出た。
「俺のことを呼んだか?」
まさか賞金首が自分から出てくるとは思わなかったのか、彼は俺を見てポカンと口をあけた。
「どうした?ルピンはここにいるぜ」
目の前で手のひらをヒラヒラと振ると、やっと気がついて群集に命令した。
「ルピンだ!捕まえろ!」
たちまち群集の一番前にいた者たちが殺到し、つかみかかってくる。俺はまったく焦らずに、転移の力を発動した。
「『オクル』」
俺が魔力を体表から放出すると、俺につかみかかった数人の男の姿が消える。
「あ、あれ?あいつらが消えた?」
押し寄せていた群集たちは、いきなり切り取られたように人間が消えたので驚いた。
「ひ、ひるむな!何かの手品だ!」
役人が励ますが、俺は軽く手を振って群集に「転移」の力を掛ける。
俺の手から発せられた黒い玉に飲み込まれた市民たちは、一瞬で消えていった。
「ば、化け物……みなをどこにやった!」
役人が噛み付いてくるので、俺は黙って上を指差す。
「うわぁぁぁぁぁ!」
叫び声がして、何人もの人間が空から落ちてきた。
「ぐっ……」
地面に激突した市民たちは、全員が骨折したようで立ちあがることもできない。
「な、何をした!」
「自分で確かめろ」
俺は役人に触れ、15メートル上空に転送してやった。
上空から落下して地面に激突した役人は、足を折ったようでうめいている。
さすがに恐怖する市民たちに、俺は笑いかけてやった。
「次は誰だ?」
適当に「オクル」を放って、何人か消してやる。
ぎゃぁぁぁぁーーーーという叫び声と共に、何人もの人間が落下してきた。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「化け物だ!魔物がでたぁ!!!!」
俺の攻撃を受けた市民たちは、われ先へと逃げ出した。
「ふふふ……逃げろ逃げろ」
現在、トラベルの町は、絶賛鬼ごっこ中である。
逃げた市民たちにより、あっという間に悪評が広がってしまい、平和な町は大混乱に陥った。
誰もが俺を見た瞬間、顔色を変えて逃げ出す。
「腹減ったな。何か食べようか」
散歩にあきた俺は、適当な料理屋に入ったが、そこのハゲ親父に包丁を突きつけられてしまった。
「て、てめえ!化け物のルピン!俺っちの店から出て行け!」
「何を下らんことを。ここは飯屋だろ。店主が客を追い出してどうするんだ」
俺は堂々とテーブルに座る。もちろん他の客は逃げ出していった。
「焼肉定食三人前、早くな!」
「クソッ!」
店主が包丁で突きかかってくる。バカだな。普通に飯を出せば穏便に収まったのに。
「うわぁぁぁぁ!」
店の奥から叫び声がして、何かが落ちる音がする。店主がいなくなったので、仕方なく自分で飯を作って食べるのだった。
「さて……この町にある「転移のオーブ」はたしか教会にあったな」
俺は膨れた腹をさすりながら、教会の前に来ていた。
教会には、今もひっきりなしに商人たちが出入りしている。
その中では「転移のオーブ」と契約できた神官の転移士が、遠く離れた都市と一瞬で行き来できる「ゲート」を作り出していた。
そのおかげでこの交易都市トラべルは世界の流通の半分を握ることができて栄えている。
しかし、俺はこれ以上人間たちに「転移」の魔法を使わせる気はなかった。
転移の受付をしている神官に近づいて、命令する。
「おい。『転移のオーブ』はどこだ」
声をかけられた神官は、うさんくさそうに俺をにらんだ。
「なんだ?契約希望者なのか?残念だが転移士になるには強い魔力が必要だし、神殿に所属する必要がある。貴様のような小汚い小僧が……え?」
そこまでいった所で、俺の顔に気づく。
「き、貴様はまさか!」
「そうだ。『自由』のルピンだ」
俺はニヤっと笑って、奴らがつけた二つ名を名乗ってやった。
本来、転移士の能力とは限定されたもので、一日に一度ぐらいしか使えない。
その唯一の例外が俺で、何度も自由に瞬間移動できる俺は敬意をこめて「自由」の二つ名を与えられた。
しかし、そのことが原因で勇者をサポートする人材として選ばれ、奴らとかかわってしまったのだ。
「き、貴様はすでに犯罪者として手配されている。おとなしく縛につけ!」
「嫌だね。「オクル」」
俺が手を差し伸べると、受付をしていた神官がふっと消える。
「貴様!何をした!」
怖い顔をした僧兵たちが切りかかってきた。
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