第5話 運送都市トラベル

俺は『天空のオーブ」を操作して、天空界を移動させる。

目的地の上空に到達すると、映像板で地上の様子をみた。

「懐かしいな。運送都市トラベルか……」

俺は誰もいなくなった天空界から、地上を見下ろしながらつぶやいた。

眼下にひろがる町は俺の故郷で、世界中の転移士たちの根拠地となっていた。

転移士とは都市間を瞬間移動して人を運ぶ仕事である。大量の物は運べないが、彼らを利用することで人の行き来が手軽にできていた。

「それじゃ、いくか」

トラベルの上空に天空城を待機させて、俺は地上に向かって転移した。


トラベルは世界中の旅人が集まる都市である。転移士による人の運搬で大いに栄えていた。

「さて、この町の人々は俺を歓迎してくれるかな?」

俺は期待半分、恐れ半分で懐かしい町に入っていった。

「本当に変わらないな。昔のまんまだ」

俺は子供のころから知っている道を歩いて、自宅に戻る。

「アルセーヌ商会」という看板自宅兼商会の事務所になっている大きな建物に入っていった。

「ただいま。今帰ったぞ」

受付をしている事務員に声を掛けたが、冷たい目でにらまれた。

「誰だ。偉そうに」

「誰だとはなんだ。そういえばお前の顔は見たことないな。俺が旅に出ている間に新しく雇われたのか?まあいい。叔父さんを呼んで来い」

受付の男の対応を不快に思いながらも、主人の度量で諭してやった。

「叔父さんとは誰だ」

「俺がいない間、代理として商会を任せていたアルセーヌ・ルコルだ。商会主のアルセーヌ・ルピンが帰ってきたと伝えろ」

噛んで含めるように伝えてやると、ようやく事務員の男は慌てだした。

「し、少々お待ちください」

事務員は奥に引っ込み、上司を連れてくる。

その上司は俺を見るなり、顔をしかめた。

「……商売を捨てて、町から逃げ出したお坊ちゃまが、いまさらなんの御用で?」

『大きな口を叩くもんだな。父上が生きていたころは丁稚のつかいっぱしりだった癖に。叔父さんは商会の所有者に対する礼儀も教えていないのか?ジョージ君よ」

俺は煽ってやったが、ジョージは慇懃無礼に一礼した。

「今の私はルコル様の腹心の部下として、商会の支配人を務めさせていただいております。いかに先代の息子とはいえ、失礼なお客様はお通しできませんな」

「客だと?俺はの商会のオーナーのはずだが?お前どころかルコル叔父ですら、俺の使用人にすぎないはずだろうが?」

「何をおっしゃっているのやら。そんな寝言はベッドの中でつぶやいていただきましょう」

ジョージは薄ら笑いを浮かべて言い放った。

ああ、やっぱりな。恐れていたことが起こったか。

思えば、俺の持つ力「転送」スキルが発現した時、これで俺は特別な存在になったんだと思い上がり、諌める父を置いて勇者についていってしまったんだ。

旅の途中、父が死んだと聞いてパーティを離脱しようとしたが、便利な足がなくなると困るという理由で勇者は帰郷を許さなかった。

やむなく叔父のルコルに相続手続きを任せたのだが、見事に財産をのっとられたらしい。

まあ、今の俺は天空界を支配する天空王だから、その程度の財産なんて惜しいとは思ってなかったんだがな。

ちゃんと敬意を持って俺を迎えたら、商会くらいくれてやったんだ。

沈黙した俺を、ジョージは調子に乗ってバカにしてくる。

「ふふ。間抜けですな。勇者パーティからあなたが追放されたことも知っておりますよ。われわれのように地道に商売を励むといったこともせずに、ホイホイと家を捨てて根無し草になったあげく、ご主人様に捨てられるとは。今のあなたはホームレスですか?」

「いや。こんな家なんて犬小屋にしか思えないほどの城をもっているけど」

俺が事実を言ってやったら、ジョージは哀れんだ顔で説教を始めた。

『嘘はおやめなさい。私は昔からあなたが気に入らなかった。優しい両親に恵まれて、裕福で、転移という特別なスキルまで持っていて。そんなあなたが……くくく……あっはっはっは」

ジョージは高笑いすると、ドアを指差した。

「さっさこの町を出てお行きなさい。拾ってくれた先代のご恩に免じて、王国への通報は勘弁して差し上げます。その代わり、二度とここにはこないように」

「そういうわけにはいかねえよ。とりあえず、お前はむかつくからこの商会から追放だ。『オクル』」

俺はジョージに向けて黒い玉を放つ。彼の姿は一瞬で消えていった。

「さて、叔父さんに会いに行くかな」

俺は執務室に転移するのだった。


執務室ではでっぷりと太った男が、金勘定をしていた。

「ぐふふ……我がアルセーヌ商会はますます繁盛している。いずれ私はこのトラベルの領主になってやる」

「ちっさい夢だな。ルコル叔父さん」

夢中になって金を数えているルコルの後ろに転移して、声を掛けてやる。

振り向いたルコルは、まるで化け物に遭遇したような驚いた顔をした。

「ル、ルピン」

「久しぶりだ。今ジョージに聞いたんだが、あんたは俺の財産をのっとったそうだな」

俺が指摘すると、ルコルは焦った顔をした。

「な、なんのことだ!言いがかりはやめろ!」

「まあ、確かにジョージが嘘をいっているのかもな。だから自分の目で確かめる」

俺は手のひらを金庫に向けると、転移の力を解き放った。

「オクル」

手のひらから出た黒い球は、分厚い鉄の金庫の扉をあっさりと貫く。

「ひ、ひいっ!」

悲鳴を上げる叔父をほうって置いて、俺は中に入っていた書類を確認した。

「この建物の所有者、ルコル・アルセーヌ。商会のオーナー、ルコル・アルセーヌ。銀行預金の口座名義人、ルコル・アルセーヌ……」

いや、いっそ感心するね。親父の財産のすべてが叔父のものになっているよ。

「そ、それは名義だけのものだ。この商会は今でもお前のものだ。許してくれ。いや、許してください」

俺は怯えて土下座するルコルに向けて、右手を差し出した。

「ゆ、許してくれるのか?」

「そんな訳ねーだろ。バカが。俺の目の前から消えろ!」

俺は叔父の手を握ったまま、転移の力を解放した。

いきなり周囲の光景が変わって、ルコル叔父は驚く。俺たちは背丈ほどもある草が生い茂る場所に来ていた。

「こ、ここはどこだ?」

「ロンダルギニア台地さ。台形に盛り上がった丘で、他の土地から隔絶されている。ここには他の土地とは違った進化をした魔物が生息しているらしい」

まあ、俺も良く知らないんだけどな。勇者ときたときは、伝説の剣を手に入れた後はさっさと転移したし。

叔父がうろたえていると、先に送られていたジョージが近寄ってきた。

「だ、だんな様。ここには化け物がたくさんいます。早く逃げないと」

ジョージが指差す方向には、巨大な二本足で立つトカゲみたいな魔物がいた。

大きな口からは、涎がたれている。

「ひ、ひえっ!なんだあれは!」

「あれはティラノトカゲといって、凶暴だぞ。奴に狙われたら最期、どこまでも追いかけてくる。まあ、俺は「転移」で逃げられるんだけどな」

俺がそういうと、二人は土下座して頼み込んできた。

「こ、ここから逃がしてくれ!頼む!」

「お坊ちゃま、失礼な態度をとって申し訳ありません。お願いですからトラベルに戻してください」

鼻水流しながらすがり付いてくるので、蹴飛ばしてやった。

「断る。せいぜい俺を裏切ったことを後悔するがいい。じゃあな」

俺は転移してトラベルに戻る。最後にみた光景は、涎をたらしながらティラノトカゲがこっちを向くところだった。


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