第128話 砂塵舞う激闘

 第三の障害の舞台は、レーン上に作られている距離三十メートル幅十メートルの砂場。障害物競走の為に設置されたもので、俺達の前にやっていた一年の障害物競走も、この砂場が使われていた。

 砂場の上ではレーンの垣根は無く、入り混じっての競技になる。そしてより早く突破した者から内側を走る事ができる。言わずもがな早い者勝ちだ。


「相性が悪かったな」


 真っ先に動いたのは志那都しなつだ。腕を一振りすれば、竜巻を横倒しにしたような暴風が発生し、前方にあった砂人形五体をまとめて飲み込んだ。砂岩の鎧すら風圧で砕き、あっという間に五体を砂の山に変える。

 そして地面には、目的となる球がひとつ転がっていた。


「砂の能力と風の能力。どちらが有利かなど分かり切っている」


 肩まで伸びる鉄色の髪をなびかせながら、志那都が飛び出す。彼が生み出した加速の風で砂が巻き上がった。


「全くその通りだな、志那都じんよ」


 レーン上にそびえ立つ砂の壁から声が降る。

 直後、志那都の足が


 舞い散った砂が志那都へ殺到し、彼を縛っているのだ。そして数多の『砂の帯』の中には、撃破したと思っていた砂人形の腕も含まれる。

 倒せてなどいなかったのだ。そもそもコイツらは、倒せない。


「僕は砂を自在に操る。いくら砂人形を崩した所で、無限に蘇るのさ」


 鏡未かがみは空中に固定した砂岩の足場を一歩ずつ踏みしめながら、壁から砂場の端へ――第三エリアのゴールへと降り立った。すぐに砂の壁が崩れ、観客からも見やすくなる。

 じゃあ何で壁なんか出したんだ……なんて、聞くまでもない話。

 彼は目立ちたがり屋。演出を重視する男である。


「そして君の能力は風力操作。砂を掻き混ぜることはできても、ごくごく小さい砂の粒子を完全に破壊する事なんて不可能だ」

「……っ」

「つまり君には一生、砂人形を倒す事はできない。


 志那都の言葉をそっくりそのまま返した鏡未は、得意げな笑みと共に大袈裟な動きで両手を広げる。

 彼がそう話しているうちに、姿をさらけ出したはずの球は既に地面から消えている。新たに生まれた砂人形のどれかに入っているのだろう。あるいは、地面から脚を伝って既存の砂人形に移っているかもしれない。


「ならば、球を手に入れるまで何度でも潰すまでだ」

「面白い!」


 再び暴風が吹き荒れた。砂人形が吹き飛ばされ、すぐに生み出される。


 志那都に遅れを取るわけにはいかない。俺も砂人形の一体めがけて走り出した。

 繰り出される拳は打ち消せないものと割り切って受け止め、砂岩の鎧の隙間から覗く砂に触り、砂人形を打ち崩す。球が出て来ない事を確認したら、ターゲットを次に移す。


 俺の無効化能力は触れた場所から均等に広がり、能力の全てを打ち消す。砂のどこかに触ってしまえば、砂人形をまとめて無力化できるのだ。

 砂を『吹き飛ばす』志那都とは違って能力そのものを中断させるので、砂人形の復活にもラグが生じる。その面では、俺の能力が一歩有利だ。


「ちょっ、この競技俺めっちゃ不利じゃねえか!」


 一方、上埼かみざきが悲痛な声で叫んでいた。

 砂人形を壊せないと始まらないので、攻撃系の能力じゃない上埼は不利だ。これに関しては残念だったなと言う他ない。


『さあ、白熱してまいりました! 圧倒的有利に思えた志那都選手がまさかの苦戦! 数多の砂人形は全ての選手へ容赦なく襲い掛かります!』


 基本は人型をとっているだけで、砂人形は攻撃に合わせて形を変える。砂を取り込めばいくらでも手足が伸びるので、ちょっと離れた程度では意味が無い。

 だが俺にとっては好都合だ。触れる面積が増えれば、その分砂人形を倒しやすくなる。


 最初のドローンに比べたら動きも遅く、攻撃の回避は見てからでも十分間に合う。伸ばされた腕の薙ぎ払い攻撃をスライディングで躱し、立ち上がりながら手で触れ、無力化する。慣れれば簡単だ。


「いいじゃないか芹田せりだ君! ようし、君には特別な奴をぶつけてやろう!」

「は?」


 目の前の砂人形が周囲の砂を取り込み、膨脹し始めた。

 体格は二メートル強。腕は四本に増え、鎧の面積も広くなったように感じる。


「おいおい、フェアな勝負はどこ行ったんだよ」

「フハハ! 見栄えが良い方が楽しいじゃないか!」


 そうだよな。お前はそういう奴だよな。


「全く……いいぜ、相手してやる」


 四本の腕が一斉に伸びる。拳のスピードも上がっているが、大きい分遅いのに変わりはない。ただ先ほどまでと違うのは、触ろうとすると避ける事だ。変幻自在の体を活かし、まるで軟体動物のように体をうねらせて機敏に躱される。

 更に関節の無い敵に前も後ろも無いので、回避からの反撃がとてもスムーズ。俺が後ろに回った直後には、人間には不可能な腕の動きで反撃してくるのだ。のんびりしていると逆にこっちの回避が間に合わなくなる。


『芹田選手に差し向けられた四本腕、明らかに強敵です!』

『だが流輝るきのやつ、もう敵の動きに慣れてきてるぞ。動きに無駄がねぇ』

『解説のかずらさん、動きの無駄とか分かるんですか!』

『いや分かんねぇよ? 雰囲気で言ってるだけ』


 ケンの適当な解説に脱力しかけたが、すぐに気を引き締め直す。敵の腕が更に二本増え、計六本腕による攻撃がヒートアップした。


「そろそろ決めないとな」


 俺が避け続けると、鏡未が調子に乗ってどんどん強敵を用意してくるだろう。観客的には見応えがあって嬉しいかもしれないが、俺的にはとても困る。短期決戦といかせてもらおう。

 巨大な砂人形めがけて走る。彼我の身長差から、もはや上から振り下ろされる形になる打撃を左右に避け、鎧同士の隙間を狙う。


「狙いは分かっているぞ!」


 鏡未の声と共に、巨大砂人形が収縮を始めた。しゃがみ込んで縮こまり、鎧同士が本体の砂を隠すように接合する。まるで立体パズルだ。


 守りに徹した砂人形は、卵のような楕円状の多面体となった。一見すると、打ち消せない岩で覆われているため俺には成す術がない。

 だが、これは体育祭の競技であり、盛り上がる事を期待している鏡未佐九さきゅうが仕掛けたイベントだ。なら、攻略できないはずがない。


 彼は『穴』を用意している。そして俺はそれを見つけていた。


「……ここだ!」


 俺は大きな岩の側面に手を伸ばす。何十面体かも分からない大きな『砂岩の卵』の、ある一面。見た目は他の岩と何も変わらないが、俺は見ていた。

 砂人形が卵状態へと変形する最中、この岩だけが出て来た所を。


 恐らく、これだけが能力で砂を固めて作られた砂岩なのだ。そして本体の砂を使って作られたという事は、本体とも直接繋がっているはず。なら、ここが弱点だ。


 目論み通り、無効化能力が発動する。

 俺がスッポリ入れるほどの大きな岩の卵が崩れていく。新たに生まれた砂の山から、青い何かが顔を出していた。


「やっぱりここにあったか」


 ゴルフボールサイズの青い球。第三の障害クリアに必要な球だ。

 演出重視の鏡未が、こんな分かりやすい強敵を用意しておいて肩透かしで終わらせるはずがない。きっとコイツの中に球があると踏んだからこそ、俺はこの巨大砂人形から逃げずに戦った訳だ。その推察も当たっていたようで何よりだな。


「いやあ、見事な戦いぶりだった!」


 砂場の端まで来た俺を、鏡未が拍手で出迎えた。


「流石は彩月さいづき君に鍛えられているだけある……いや、この言い方は違うな。その強さは紛れもなく君自身の努力の賜物だ」

「嬉しい事を言ってくれるな」

「さあ、行くがいい! 最後の試練へ!」


 砂人形から取った球を渡し、鏡未を追い越して走り出す。


『芹田選手が一番に突破! そしてそして、砂人形をしらみつぶしに破壊していた志那都選手も球を見つけたようだ!』


 さすが志那都だ。ちょっと引き離したと思ってもすぐに追い付いて来る。ここで少しでも差を開くべく、俺は全力で体を動かした。


『さあいよいよ最後の障害! レーン上に作られた立体ハードルを潜り抜けてゴールを目指す……はずなんですが』


 実況の声が戸惑いがちに言い淀む。それだけで、次も第三の障害同様に『変更』されてる事が分かる。

 そもそも、本来ならレーン上にあるはずの立体ハードルが見当たらない時点でそれは分かっていた……いや、確信したのがその時点であるだけで、考え自体は砂人形の相手をしている時点で浮かんでいたのだ。


 一部の実行委員以外は誰にも知らされていない形での飛び入り参加で、大いに場をかき乱し、盛り上げる。

 そんな楽しそうな場面を他の人に任せて自分は見学だけ、なんて、に限ってあるはずがない。


「おっ、一着は流輝君か~!」


 体操服姿の女子生徒が一人、照り付ける日差しを純白の髪で受け止めながら空中に立っている。想像通りの人選に、思わずニヤリと笑う。


「そりゃ、鏡未あいつが出るならお前も出るよな、彩月」

「もちろん! 最後はボクが相手だよ!」


 鏡未と共に体育祭の企画運営を引っ張った立役者にして、過去に見ないほどテンションが上がっているバトルジャンキー。

 彩月夕神ゆうかが、最後に立ちはだかる障害だ。

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