第127話 サイコシグナル
第一グラウンドで白熱している障害物競走が、地雷が爆発したり実況がよく喋ったりプログラムにないイベントが始まったりと騒がしい為、『それ以外』の音が混ざったとしても、誰も気付かない。
だから、特殊体育館で九対一の乱戦が起こっていようとも、騒ぎになるどころか誰にも気付かれていなかった。
「食らいやがれオラァ!!」
野蛮な雄叫びと共に、太い鉄パイプが横薙ぎに振るわれる。平均的な男子高校生のものより三倍は速いスイングを、
「腕力増強の能力ですか。使い方がなってないですね」
「へぶっ!!」
音も無く間合いに入った小柄な少女による拳は、目で追えない速度だった。殴られた他校の不良は腹を押さえてうずくまる。
間髪入れずに、拳の形をした大きな氷塊が左右から同時に迫る。
氷塊同士がぶつかって砕けた時には、七実酉は真上に跳んでいた。尋常ならざる跳躍力で天井まで到達した彼女は、天井の鉄骨を掴んで器用に半回転し、天井を蹴って急降下。氷の能力者の背後へ床を砕きながら着地し、戸惑う敵へ蹴りを放つ。鉛のように重い一撃で彼も沈んだ。
「クソッ! 奴の能力は身体強化だ!」
「素手で弾けない攻撃を撃て!」
立て続けに炎の矢が飛んで来た。一つを避けてもすぐに新たな矢が放たれる為、走りながら避ける。
数は多いが、余裕で避けられるほどに精度は荒い。
「所詮はただの不良ですか」
ひとつも当たらない焦りで射撃が遅れた瞬間を狙い、七実酉は稲妻のように飛び出した。ピンと伸ばした腕を首にぶつけるラリアットをお見舞いする。そのまま腕を振り抜くと、七実酉より背が高い男子高校生がプラスチックのように軽々吹き飛んで床を転がった。
(ちまちま一人ずつは面倒ですね)
深く息を吸う。
戦いに巻き込まないよう後ろに下がらせた
「――――――――!!」
吸った分だけ息が吐かれるはずだった口から、金属音にも似た甲高い音が炸裂した。声とも呼べないそれは、耳を通して脳を揺さぶるような異音だった。
突然の音響攻撃に足が止まった三人の敵を、順番に拳で仕留めていく。彼女が踏み込む度に床がひび割れ、光を帯びた
「!」
三人を仕留めて立ち止まった時、視界が黒く染まった。元々電灯は点いていなかったため館内は薄暗かったが、これは完全な暗闇。
視覚そのものが遮断されたとすぐに気付いた。敵の能力だろう。
「目が見えなければ勝てるとでも?」
体を横にずらす。鋭い物体が通過する『音』がした。
汗と鉄の『臭い』が迫る方へ蹴りを入れる。確かな手ごたえに加え、「ごがぁっ!」という呻き声が聞こえた。
内側からミシミシと音が鳴る敵の腕を掴んで、息を呑む『音』がする方へ放り投げると、呻き声はもうひとつ増えた。
そこで、世界に光が戻る。どうやら視覚を奪った能力者をうまく落とせたみたいだ。
「粋がってた割に大した――」
「くたばれクソ風紀委員!!」
背後にテレポートした不良が喚きながら何かを振り下ろそうとしていたが、振り向きすらせず裏拳で顔面を殴打。吹き飛ばされて壁にぶつかったきり、敵は動かなかった。
「――こと無いですね。一分前の警戒を返してくださいよ」
辺りをぐるりと見回す。四人が意識を失っており、四人は痛みで立ち上がれない様子。残る不良は二人だけ。網重をここに呼び寄せた赤シャツの取り巻きと、鎖のようなネックレスをした戦闘狂のリーダー。
念動力か何かで床下の鉄骨を引き抜いて飛ばしてみせたリーダーは、あれっきり手は出さずに傍観していた。余裕そうな笑みは未だ消えていない。
「な、何なんだよアイツ……副委員長は雑魚だって話じゃ無かったのかよ……?」
対して、少し前まで強気に啖呵を切っていた赤シャツの不良は足が震えていた。
「どこで聞いたんですか、その噂」
「え?」
「私の実力が大した事無いって話です。そんな噓を流した覚えはないんですけど」
「じょ、情報部の奴から聞いたんだ……」
「学内情報部、ですか?」
息を乱さず瞬く間に八人を片付けた少女の瞳が向き、戦意が砕け散った様子の少年はベラベラと喋った。まるで聞かれた事を大人しく話せば見逃してもらえると勘違いしているかのように。
「き、聞いたっつっても小耳に挟んだ程度だよ。情報部の……副部長だっけか? 二年の男子が誰かと話してんのを偶然聞いたんだ。『風紀委員会は殲滅委員長と風紀委員長以外はそんなに強くない』ってな……」
学内情報部の副部長というと、
学園内の情報に一番精通している部活の副部長を務める者が、そんな事実無根の話を信じ、調べもせずに広めるとは考えにくい。
「なるほど。まんまとハメられましたね、あなた達」
「な、何……?」
「自分達にとって都合のいい偽の情報に踊らされたおマヌケさんって事ですよ」
誤情報の流布。
それは最も手軽で効果的な情報操作だ。
(
葛も自分のできる事をやろうと動いているらしい。
前日に顔を合わせた時はビクビクしていて頼りない印象だったが、七実酉は彼に対する評価を少しだけ改めた。
「もう一つお聞きします。匿名通報システムを使って風紀委員会に犯行予告を送り付けたのはあなた方ですか?」
「は、犯行予告? 何の話だ?」
こちらの質問には手ごたえが無い。このビビり様でとぼけているのだとすれば大した度胸だが、今の状況で嘘を吐くメリットも無いはずだ。
「まあ、どのみち取り調べは尋問委員長の領分ですからね。もういいですよ」
「ちょまっ――」
聞きたい情報が聞けたので、前進も後退もできずに中途半端な位置に突っ立っていた赤シャツの不良も首を絞め落して処理する。
白目を剥いて転がった不良を足でどけて、七実酉は指をほぐしながら最後の敵を見据える。
「戦いたがりな割に最後までジッとしてましたね、あなた」
「俺様の目的は『彼岸花』ただ一人だからな。けどま、仲間達がみーんなボコされちまったんなら仕方ねぇ」
バキッ、と首を鳴らして。
男は口元に引き裂いたような笑みを浮かべる。乱暴な戦意を湛えた瞳が輝いた。
「準備運動でもしておくかねェ!!」
床が盛り上がり、板材を引き裂いて鉄骨が顔を出す。引き抜かれた三本の鉄骨は縦に裂かれて六本になり、横に割られて十二本になった。
それらが全て浮遊し、高速で飛ばされる。
常人には避けられないほどの速度だったが、七実酉にはかすりもしない。自分を追いかけるように鉄骨が床に突き刺さる音を聞きながら、七実酉は男へ急接近し、右ストレートを放つ。
拳は空を切った。
前に姿は見えず、後ろにも気配はない。
「ハハッ! 速いじゃねぇか!」
声は上から。
笑みを崩さないブレスレット男は、天井に手が付くほどの高度で浮遊していた。
「こいつもくれてやるぜ!」
彼が空気を撫でるように手を振ると、その直線状にあった骨組みがバキボキと音を立てて歪み、立て続けに天井から離れた。
すぐに、鉄材の雨が降り注ぐ。
握り拳大はある角ばった部品から、肉を簡単に貫けるような鋭い棒まで。それら殺傷力の塊が、八メートル強の自由落下だけとは思えないスピードで迫り来る。網重に近付かないよう気を付けつつ、七実酉は走り回る。一瞬前に彼女がいた地点に鉄材が刺さり続け、彼女が走った道を示すように残骸が並んだ。
(ただの金属操作に思えますが……浮遊したのには何か仕掛けが?)
七実酉も追うように跳び、空中で拳を繰り出す。
しかし、男の体が後ろにずれ、またも空振りに終わった。
その瞬間、男の服が見えない何かに引っ張られていた所を七実酉は見ていた。
「なるほど……」
落下しながら男を見上げる。視線がぶつかった男はニヤリと笑った。
「!」
下方から破砕音。地面に刺さっていた鉄骨が二つ、落下する七実酉を目掛けて飛んできた。
右下と左下から迫るその鉄骨は、ちょうど七実酉を貫いて交差するような軌道だった。
どれだけ地上を素早く駆け回れる能力者でも、落下中の回避はできない。そう考えての攻撃か、男は勝利を確信した笑みを浮かべる。
そんな敵の姿を見上げる七実酉の瞳が光った。
ふわり、と。
一秒だけ重力を忘れたかのように、七実酉の落下速度が激減する。
「何……!?」
誰もいない場所で二本の鉄骨がぶつかり合う。直後に、七実酉の落下が再開される。
下から放たれた鉄骨はぶつかり合った事で一瞬だけ空中で勢いを止めた為、自由落下を取り戻した七実酉はソレを追い越す事となる。
「ふんっ」
落下しながら、七実酉はありったけの力で鉄骨を蹴り上げた。その先にいるのは、空中で驚きをあらわにする男。
彼は慌てて能力を使い、鉄骨を停止させた。鉄骨を砕き、着地した七実酉を狙う。
そこには誰もいなかった。
「がぁっ!?」
背中に深い打撃が入り、服の中からビキバキと音がした。
「やはり、服に金属片を仕込んでいたのですね」
「いつの間に……!?」
攻撃者は言わずもがな七実酉。
男が鉄骨を防いで七実酉の事を見失った一瞬で、彼の下をくぐる様に移動し、背後で垂直に跳んだのだ。
本気の七実酉を相手にするなら、一秒たりとも目を離してはいけない。
背中を殴ったのと同時にもう片方の手で天井を掴んでいた七実酉は、空中にとどまる男へ蹴りを叩き込む。再び服の中から小さな破砕音が聞こえた。
「服の中の金属片を引っ張る事で空中での回避を可能にしていたのであれば、浮遊のカラクリは靴でしょうか? 靴底に鉄板でも仕込んでおけば、下から押し上げるだけで浮遊できますもんね」
「……!」
男の顔に焦りが見える。図星だったらしい。確証がない推察でも口に出してみるものだ。
七実酉は天井の出っ張りから手を放すと、落下しながら男の肩を掴んだ。「ぐぁっ」と男が呻く。
「今のあなたは、空中に両脚を縫い付けているような状態です。この状態で背中を倒すとどうなるか、試してみますか?」
七実酉は男の肩にぶら下がったまま、わざと体を揺らす。それだけで、足を基点にして浮遊している男の体がのけ反った。バキリ、と嫌な音が鳴った。今度は服からではなく、体の関節から。
「調子に、乗るなよ!!」
「!」
ぐわん、と視界が回る。男は靴の金属操作を解き、落下を選んだようだ。男は直後に手近な金属を手に掴み、ゆっくりと地面に降り立っていた。七実酉は生身のまま軽々と着地する。
熱が籠る特殊体育館の中で動き回ったせいで、さすがの七実酉も少し汗をかいた。小さく息を吐いて、自分よりもっと汗を流している男を睨む。
「あなたの能力はやはり金属操作ですね。分かってしまえば大した事は無いです。無防備な生身を叩けばいいだけですから」
「クソが……前座の癖にイキりやがって……!」
「対して、あなたは私の能力が分かっていないでしょう? ここらが潮時ですよ。諦めてお縄にかかりなさいです」
七実酉が一歩近付く。
男の目が、何かを諦め――そして、何かを決意したかのように鋭く光る。
「動くな!」
男が声を張り上げた。
足を止める義理など無い……と無視しかけた時。
遠くで成り行きを見守っていた網重の首筋に、鋭い金属があてがわれているのを見た。
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