第126話 目立ちたがり屋が目立つためのパフォーマンス
「……残り、十秒っ!」
限界まで伸ばされたアームによる薙ぎ払い攻撃をギリギリで避けた所で、ドローンが身震いと共に減速した。呼吸を整え、俺は対戦相手の状況を確認する。
隣のレーンの
「残念だったな二人とも!」
そしてその向こうのレーンでは、C組の
「勝負次第では俺でも天才共に勝てるって所を見せつけてやるぜ!」
息巻く上埼はすぐに前進。彼の意識から外れたからか、もうドローンが急加速する事は無かった。
『何という大番狂わせ! C組の上埼選手が一番にドローンエリアを突破したー!』
『志那都と
それにしても、『天才』共か……俺は才能が無かった側なんだけどな。そして大した覚悟もなく才能を欲した側でもある。
まあ、この能力が後から使えるようになった事なんて彼が知るはずもないし、嫉まれる側に立たされても文句は言えない訳で。俺は気にせず全力で相手するだけだ。
「能力の助けも借りずに俺と並ぶとは、さすがだな」
「まだまだ、こんなもんじゃないぜ?」
俺と志那都が視線と言葉を交わした直後、時間の終了を知らせる電子音が鳴った。光の刃が消えたドローンがゆっくり退場するのを待てるはずもなく、俺と志那都はほぼ同時にドローンを押しのける勢いで走り出す。
その瞬間の、爆発音だった。
『おっと! 説明する前に上埼選手が引っかかってしまった!』
爆発地点は楕円形のトラックのカーブ部分。第二の障害が待ち受ける地点だ。
『二つ目の障害は地雷エリア! 実行委員の方が能力でこしらえた特製地雷が、レーンの至る所に潜んでいます!』
『踏むと今みたいに爆発して、体が痺れたり吹き飛ばされたりするみたいだな。派手な音と衝撃はただの演出だから安心してくれ』
走りながら行く先を見ると、レーン上の空間に丸く固めた霧のような物があちこちに浮かんでいた。地雷とは名ばかりで、実際は地面に埋まっているのと同じくらい空中で待ち構えている爆弾が存在するのを、選手の皆が知っている。一度立ち止まって一歩ずつ慎重に踏み出していかなければ、全てを回避して突破することはできない。それくらい沢山の爆弾が行く手を阻んでいるのだ。
けれど、ここの攻略は至って簡単だ。
実況の通り、ここの地雷は三人の実行委員が能力をうまく組み合わせて作った物。接近を感知するセンサーも炸裂する電流や爆風も、全て誰かの特殊能力だ。
なら、策を講じるまでもない。
「このまま突っ切る!!」
俺の体重を感知して、真下から衝撃波が地面を突き破る。しかし俺の足に触れた瞬間、地面の砂を持ち上げた空気の壁は散り散りになった。
空中に浮かぶ電撃爆弾が破裂の兆候を見せるが、それよりも先に体当たりで砕く。直後に地面から見せかけの爆炎が吹き出すも、ど真ん中を走る俺は無傷のままそれを打ち消した。
『芹田選手、強引に正面突破だーッ! 一切の能力攻撃を寄せ付けない、無効化能力が輝く瞬間です!』
観客席がどよめく。無効化能力を初めて見たらそんな反応にもなるよな。
俺の知る限りでは、触れた能力を全て消し去ってしまう能力なんて、俺の他に聞いたこともない。
この不可思議な能力の正体が『裂け目』の向こうにいる存在から貰った『異能力』だなんて、誰が想像できるだろうか。
そんな思考を上書きしたのは、右から鳴り響く連鎖的な爆発音。後ろから始まった爆音は一秒と経たずに俺を追い越し、地雷エリアのゴールまで到達する。
『志那都選手も負けていません! たった一撃の風で全ての地雷を破壊してしまったッ!!』
地雷原を電磁気バイクで爆走したのかと錯覚する音の正体は、志那都が能力で放った烈風らしい。
地中の重量感知地雷は風を押し込めばいいし、空中の接近感知地雷は巻き上げた砂で誤認識させられる。ただ風を吹かせるのではなく、全ての地雷を確実に排除できる風をレーンに走らせたのだ。
しかも、隣を走る俺にかすって打ち消されないよう、細かい向きの調節も必要なはずだ。
例えるなら、磁石の引力だけで砂鉄の絵を描くような精密作業。
そんな微細な制御を一発で、しかも走りながら成功させるなんて、尋常ならざる集中力だ。
『風を纏って機敏なカーブを見せる志那都選手、全てを破壊して突き進んだ芹田選手と並んだ! 上埼選手も地雷を慎重に避けながら後を追っています!』
カーブを抜けると、すぐに第三の障害が待ち受けている。直線レーン中の三十メートルほどが砂場に改造されており、その中に隠された球を見つけるという内容だったはずだが――
「よくぞここまで来た、選手達よ!!」
言葉ひとつひとつに力の入った声が響く。
同時に、俺と志那都は競技中にも関わらず足を止めてしまった。
奥行き三十メートルの砂場の向こうに、校舎一階分ほどの高い壁がせり上がって来たからだ。
プログラムに無い展開に、俺も志那都も競技どころではなかった。
「ふっ、驚いているようだな」
そして、砂岩の壁の頂上から、俺達を見下ろす金髪の少年。逆光で顔が見えないが、その声と佇まいだけで誰だか分かる。
「か、
実行委員会の中でも今年度の体育祭を大きく引っ張ってきたメンバーの一人、鏡未
「そうだとも。ここからの障害物競走はこの僕が相手だ!」
「ちょっと待てお前、こんなの実行委員会議で一度も聞いてないぞ!?」
「当たり前だ。選手に筒抜けではサプライズの意味がない」
「サプライズ……?」
「そうだ、サプラァイズだ! 台本をなぞるだけの体育祭など、面白味がないだろう!」
両手を広げて演説する鏡未。会場がざわつき、台本に無い展開に放送席も当惑して黙ってしまう。
全員の視線が集まるこの状況に満足しているのか、鏡未の声は上機嫌に弾んでいた。
「砂場から球を掘り当てるだって? 決定に加担した実行委員の一人として今さら言うのもなんだが、地味すぎる! 大勢が見守る大舞台なんだ。やるならより派手に! より熱く! そしてより僕が目立つように!!」
「やっぱりそれかよ……」
この目立ちたがり屋め。
「だから競技は僕が改良させてもらった。ああ、もちろん実行委員長の許可は取っているよ? 君達選手の知らない所でね」
「なるほど。勝負はフェアであるべきだ」
志那都が納得したように頷く。順応が速すぎないかコイツ。
けど確かに、実行委員として競技の事を知り尽くしている俺とそうでない志那都や上埼とじゃ、フェアな勝負とは言い難いかもしれない。
俺が知らないだけであって、鏡未の独断ではなく
「で、第三の障害をどう改良したんだ?」
背後で地雷の炸裂音がする。上埼も近付いているみたいだ。そろそろ再開してほしい。
「簡単さ。コイツらを倒せばいい」
鏡未がパチンと指を弾く。砂場のあちこちが不自然に盛り上がった。
砂の山が削れ、捻じれ、固まる。数秒ほどで、俺達と同じくらいの大きさの砂人形が出来あがった。その数、なんと二十体以上。
「この砂人形のうち三体に、本来のお題として用意されていた球が入っている。君達はその球を持って僕のもとに来るんだ。そうすれば通してやろう」
「なるほど。ただ埋まってるだけの目標が動き回るようになったって事か」
「チッチッ。それだけじゃあつまらない」
ビキバキバキ……!! と、全ての砂人形から硬質な音が鳴る。
のっぺりとした球体だったはずの両手が、サッカーボールほどはある砂岩の拳に変化していた。
「
立ち止まる俺へ、砂人形の一体が殴りかかってきた。咄嗟に、大きな拳を両手で
「消えない!?」
「拳部分には、あらかじめ砂場に埋めておいた普通の岩を使ってるんだ。無論、能力の砂を中に流し込んでいるから僕には操れる。しかし君には打ち消せない。どうだ、強敵だろう!?」
拳にかかる圧力が強まり、俺はさらに力を込めて踏ん張る。
偽物か本物かは、中身を暴くまで分からない。逃げ回るだけじゃなく攻撃もする。そして俺には打ち消せない部分もある……と。
そんな砂人形を打ち倒しながら、どれかに隠された球を見つけなきゃいけないのか。難易度が一気に跳ね上がったな。
「流石だな、鏡未! 面白いモノを考えたじゃないか!」
俺の中では、その厳しさを味わう選手としての焦りより、同じ実行委員としての喜びが勝っていた。
二年ランク4位の名を裏付ける圧倒的な能力の規模を全ての人に見せつけつつ、競技をより見応えのあるものへと変える。熱意に溢れた鏡未の挑戦状は、俺の心をさらに燃やした。
俺は両手を勢いよく横にずらす。掴まれた拳ごと体重がズレた砂人形の首に手をねじ込み、鎧の隙間から見える砂に触れた。
無効化能力が発動する確かな感触。立ちはだかった砂の兵士は、地面に倒れる事も無く崩れた。
「んじゃ、こっからは仕切り直しだな」
ちらりと横を見ると、既にやる気の志那都が手のひらに風を生み出しており、話しているうちに追い付いた上埼も拳を構えていた。
『なんという急展開! 二年4位が選手達に立ち塞がったー! 聞かされてませんがこれは面白い!!』
「さあ! この鏡未佐九が、華麗なる能力裁きを見せてあげよう! その目に焼き付けたまえ!」
壁の上に佇む彼が指揮者のように腕を振り、砂人形が動き出す。
新たな第三の障害にして熱い心を持つパフォーマーが、戦いの始まりを宣言した。
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