第123話 勝負は選手選びから始まっている
第三種目、障害物競走。
走者はコース上に設置された障害物をくぐり抜けながらレーンを一周し、次の走者にバトンを渡す。これを四回繰り返し、よりはやくゴールしたクラスに多くの点が入る。誰もが想像する通りの障害物競走そのままだ。
ただ一つ他と違うのが、ここが国内トップクラスの特殊能力者育成学校、
もちろん、故意に大怪我させるような攻撃は失格どころの騒ぎじゃないが、ランク戦等で許されている範囲なら基本的にどんな能力の使い方でもオーケーだ。
『それでは一年生に続きまして、二年生の障害物競走です! 第一走者はレーンにスタンバイしてください!』
第一種目からずっと司会進行と実況を担当しているスタミナ溢れる放送部部長のアナウンスを聞き、俺はコースの中心に並ぶ待機列の中から、一番内側のレーンに足を踏み入れる。
この障害物競走のカギは、第一走者のスタートダッシュにある。
バトンが回って来たタイミングで各クラスバラバラにスタートする第二走者以降と違い、第一走者は一斉にスタートする。他クラスの二人へ同時に攻撃し、対応に苦戦している隙に差をつける絶好の機会なのだ。
つまり、第一走者には妨害に長けた能力者を置くのが最も有効的な戦略。
――しかし
『走順は事前にくじ引きで決めております! 第一レーンはB組、
何故なら今年は、無効化能力を持つ俺がいるからだ。
……去年もいたんだけどね。ただの雑魚としか認識されてなかったせいで作戦に組み込まれる事なく別競技に影うす~く参加してただけで。
『特殊能力を無効化するという、世にも不思議な能力を持つ黒髪の男子! 二年2位への挑戦や因縁のクラスメイトとの対決など、今年度になって二年生ランク、ひいては学園内に様々な風を巻き起こした有名人の彼に目が離せません!』
主に学園の外から来た人へ向けての解説だろうけど、思った以上に細かく調べられてて少し恥ずかしい。
それと、これは覚悟していた事が、夏休み前のテロ事件で『黒髪の能力者が攫われた』という話が学園の外に広まったらしく、俺の髪を見て観客の一部がにわかにざわついている。幸いにもスルーできる規模だったので良かったが。
「くそ……やっぱ出たか芹田」
「あいつを出すだけで、高ランク能力者の初手妨害を封じる事ができるもんな……」
そして別方向からは、他クラスの誰かの悔しそうな声が聞こえた。
先ほど述べた、俺が出る事によって障害物競走におけるセオリーが覆される理由。それこそ、この誰かさんが言った通りだ。
差をつけるための重要な要素の一つであるスタートダッシュの妨害も、俺には効かない。いかに上手く妨害するかがキモである本競技において、俺は敵の武器を強制的に手放させることができるのだ。
なので、高ランク能力者を俺と同じ第一走者に置いてしまえば、せっかくの切り札を腐らせてしまうに等しい。
そして重要なのは、この手は他のクラスが
無効化能力のせいで自分達の主戦力が実力を発揮しきれないと知れば当然、高ランク能力者を別の場所に置かざるを得ないだろう。
B組には芹田流輝がいる。たったそれだけで、
これこそが、俺達B組の戦略。
無効化能力者を第一走者にすると仄めかして敵の切り札を遠ざける事で、スタートダッシュを安定したものとする作戦だ。
こうすれば、唯一の懸念点である『無効化能力者の実力は無能力者同然』問題も解消できる。
相手がよほど瞬間加速に秀でた能力でもない限り、第一走者の対決は純粋な走力勝負となる。そうなれば、
「俺達が始めに選ぶのは『独走』ではなく『安定』! これがB組の作せ――!?」
対戦相手へ意気揚々と語りかける俺の言葉は、驚きのあまり途中で引っ込んでしまった。
『そして第二レーンはA組、
「な、何!?」
俺の隣に並んだのは、鉄色の髪を肩まで伸ばした長身の男子生徒。間違いなくA組最強である、現ランク2位の登場だ。
『二年生ランク2位にして、たった一度の例外を除いて負けた事の無い超実力者です! 学園内に大きな
一度彩月に負けたから『無敗の風神』というかつての二つ名が囁かれなくなったものの、もう新しい名前が誕生しているらしい。きっと
「俺にそんな異名があったなんてな」
「お前も初耳なのかよ」
本人も知らなかったみたいだ。
……って、今はそんな事を言ってる場合じゃなく。
「それより、どういう事だ? 切り札中の切り札を無効化能力を持つ俺にぶつけて来るなんて……」
「これが
予想外の人選に戸惑う俺へ、志那都は真顔のまま答える。
俺だけじゃなく、作戦が上手く決まったと思っていた二年B組の皆も騒然としているのを感じた。
『おや、何やらB組さんがざわついてますね』
『それは俺から解説させてもらおうか』
「この声は、ケン……!?」
突然、スピーカーから聞き馴染みのある声が聞こえた。
放送席へ視線を移すと、放送部部長である女子生徒の隣に、意味ありげな笑みを浮かべて身を乗り出す幼馴染の姿が見える。
『どうも、学内情報部副部長の
『よろしくお願いしまーす!』
めちゃくちゃ馴染んでるな。
確かに実行委員会の会議でも、実況か解説のどちらかが欠ける時は別の人を呼ぶと放送部の部長自ら言っていたけど……まさかケンが担当するなんて思ってもみなかったな。
『さてさっそくですが、B組の皆さんは志那都選手の登場に驚いている様子ですね』
『ええ。無事に決まったようですね。俺達の作戦が』
それは放送部部長さんへの返事だったが、言葉の矛先はすぐに俺達へ向けられた。
『B組よ。お前達の作戦は、芹田を一番に出す事で確実に安定したスタートを切る事だろ? その作戦自体は悪くねぇ。どのクラスも流輝の能力を基準にして走順を組まなきゃならなくなる。走り出す前からお前達に主導権を握られているに等しい状態だ。心理的な圧をかけられるって点でも、敵ながら評価できる作戦だな』
やはりケン達A組には、俺達の狙いも読まれているようだ。
『けどな、お前らはウチの大将を甘く見ている!』
熱の籠ったケンの演説は、全ての観客の視線を一点に集める。その先こそ、俺の隣にいる男。
『俺達がトップバッターを任せたのはただの「強者」じゃねぇ。かつて流輝の無効化能力を攻略し打ち勝った、最強格の第2位だ! 俺達の志那都に、チャチな盤外戦術が通じると思うなよッ!!』
力強いその言葉に、二年A組のテントから歓声と応援の声が沸き立った。ケンのヤツ、解説をしながら場の空気をガラリと変えやがった。盛り上げ上手なのは昔から知ってたが、敵の士気高揚を促す起爆剤としてこれほど優秀だなんて。
「まさかこんな形で、七月の再戦が叶うとはな」
熱気に包まれる中、志那都は相変わらず引き締まった顔つきで話しかけてくる。しかしそのポーカーフェイスも、俺に対する期待を見せるかのように笑みでもって崩れる。
「その無効化能力を突破し、もう一度勝利してみせる」
「面白いじゃん。俺だって負けるつもりはねえよ」
自分を鼓舞するように、俺も笑みを返す。
「今度こそお前に勝ってやるぜ、志那都!」
俺達の会話は近くを飛ぶ中継ドローンのマイクに拾われていたらしい。宣言と共に、周囲を取り囲む会場の熱気がどっと増した。
『ランク差は歴然、しかし両者の闘気は共に最高潮! さあ、ここに因縁の対決が再び繰り広げられようとしているー!!』
ある意味、誰よりもアツいのは放送部部長さんかもしれない。彼女の言葉が流れを生み出し、第三種目の二学年目にして、観客の期待はかつてないものになっていた。
望むところだ。たとえランク戦じゃなく障害物競走だとしても、全力の勝負を見せてやる!
――ところで、ずっと何かを忘れているような気が……。
「俺、さっきから空気なんだけど……」
第三レーンから、そんな悲し気な呟きが聞こえて来た。C組の第一走者である。
そうだ、俺の対戦相手は志那都だけじゃなかった。勝手に盛り上がっちゃってゴメン。
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