第122話 不器用な副委員長

 七実酉ななみどりは眉間に指を当てながら、隠す事なく大きなため息を吐いていた。


「はぁ……私とした事が、選択を誤ったようですね。あなたと彩月さいづきを別行動にしたのは間違いでした」

「俺の所に彩月がいたとしても、それはそれで大ごとになったかもだけどな。出くわした不良達とド派手に戦いそう」

「それを止めるのがあなたの仕事でしょう。彼女のストッパーとして上手に働いてもらわなければ、あなたの存在価値が消えますよ」

「おい、それはさすがに悪口だろ」


 隣から平然と吐かれる辛辣な意見に突っ込みつつ、俺は目の前の第一グラウンドで繰り広げられる競技を眺めていた。


 俺達が風紀委員会のテントに戻ったタイミングで第一種目の百メートル走が終わり、次に始まった第二種目は、全学年同時に行われる玉入れだ。

 カゴを固定されたドローンが縦横無尽に飛び回り、ホログラム映像を駆使してフェイントもかけてくる。なおかつ今回は、能力での妨害もアリ。

 普通の玉入れとはひと味違う、白熱した戦いになっている。


 この競技にはケンが出場しているので、俺はB組の応援をしつつ親友の活躍も心の中で応援していた。今もケンは声を出しながらA組を引っ張っている。あいつの能力は機械を相手にするこの競技と相性がいいし、敵として見るとなかなか手ごわいな。

 今の所はA組が優勢だが、B組だって念動系の能力者を三人も入れてるんだ。ここから巻き返してくれるはず……。


「今更ですけど、あなたは自分のクラスのテントに帰らないんですか?」

「っとそうだった」


 応援に熱中しかけていたが、俺もずっと風紀委員会のテントにいる訳にもいかない。

 風紀委員会に送り付けられた『体育祭を破壊する』という犯行予告の事は俺達以外に知らされていないから、俺や彩月が風紀委員会と長く接しているのは不自然なのだ。


 そう言いつつも、人目が無い場所とはいえ腕章を着けてパトロールもしてるし、そこまで徹底的に隠している訳じゃないんだけどな。何か聞かれた時は『実行委員の仕事として協力してる』と言えばいいし。


 彩月はパトロール中に落とし物を見つけたと言って倉庫に行ったっきり戻ってこないし、実行委員会か二年B組のどちらかのテントにでも行っているだろう。俺も次の競技の準備の為にぼちぼち戻らないといけないのだが。


「お前に一つ、話しておきたい事があって」

「何です?」

網重あみがさの事だよ」


 それだけで俺が何を言いたいのか察したのか、七実酉はこちらに向けていた視線を前に戻した。


「風紀委員でもないあなたには関係のない話です」

「かもな。でも、今日に限っては俺も関係者だろ?」

「……一応、聞くだけ聞いてあげます」


 ツンとした態度のまま、七実酉は俺の発言を許可してくれた。


「彩月から聞いたんだけど、網重、今朝の事を結構気にしてたみたいだぞ? 不良生徒といつも戦う風紀委員らしくないって感じるのは分かるけど、網重は網重なりに頑張ってるって、井楽左いらくさも彩月も言ってた」

「……」

「お前があの子に強く当たる理由は、まあ……察しは付いてるけど。だからってこの先ずっと厳しくしてても関係が悪くなるだけだろ?」


 大きなお世話かもしれない。だけどこれがきっかけで段々と関係がこじれていき、いつか修復できない亀裂になった時を見てしまったら、俺はここで一つも口出ししなかった事を後悔するだろう。

 結局、できれば皆で仲良くしてほしいなんてのも、全部俺の我がままだ。


「もう少し、優しく接してあげてもいいんじゃないか?」


 七実酉にも俺の気持ちが伝わっている事を信じて、隣を向いた。


「あなたは何を言ってるんです?」


 全力で呆れたような顔をしていた。何も伝わってなかったよ!!


「いやホラ、網重や井楽左にもう少し優しく接してみたらどうかなーっていう話だよ」

「内容は分かってますって。私が聞きたいのは、どうしてあなたがそんな事を気にするのかって事です」

「なんだ、そういう話か」

「私と他の風紀委員とで関係が悪くなった所で、あなたには何の不利益も実害もないじゃないですか」

「不利益って……お前、意外と頭固いんだな」


 足を蹴られた。競技に支障が出たらどうするつもりだ。


「何をもって私の頭が固いと言えるのか、私が納得いくまで説明してください」

「分かったから二発目の準備をしないで」


 蹴られた方の足をブラブラさせて痛みを和らげながら、俺はさっきまで考えていた事を伝える。


「俺が言いたいのは、利益とか損得とかを考える必要は無いんじゃないかって事。今の俺にとっては七実酉も井楽左達も他人じゃないんだ。知ってる奴同士がずっと仲悪かったら、何となく嫌だろ?」

「そうですか? 私は別に」

「お前は本当に淡泊な奴だなぁ」


 俺の方まで呆れたくなる。こいつは純粋だが、真っ直ぐ過ぎるあまり周りが見えていないように思える。自分の仕事や岸華きしばな先輩以外のほとんど全ては、彼女にとって視界の端を流れる背景でしかないのかもしれない。


「……私にはよく分かりません。自分じゃない人同士の関係を、どうしてそこまで気にする事ができるのか」


 七実酉の視線は、玉入れで賑わっているグラウンドへ注がれている。


「人間関係は難しいです。仕事と違って、明確な目的がある訳でもなく構築されて、続いて行く。どこからどこまでが自分に関係するのかも分かりません」


 俺も彼女に釣られて、グラウンドの風景を眺める。それぞれのクラスが団結して一点でも多く獲得しようと玉を投げていた。

 人が頑張っているのを見ると応援したくなる。そう考えるのは自然な事だと思っていたけど、七実酉にとってはそうじゃないって事だろうか。


「あなたはそれが分かっているから、私にこんな話をしに来たんでしょう?」

「いいや、俺にも分からないよ。ただ何となくで行動しただけだ」

「適当ですね。人の頭を固いと言っておいて、あなた自身は頭が無いんじゃないですか?」

「酷いな。考えが無いのと考えてないのは別物だ」

「じゃあ何か考えて来ているのですか? 私を納得させる言葉を」

「もちろん。意地張ってないでそろそろ謝ればいいのになーって」

「馬鹿にしてますね?」


 前を向きながらも、言葉は隣へ返す。そんな遠回りな会話をしている内に、玉入れの終了を知らせるブザーが鳴り響いた。

 ドローンの動きが止まり、カゴに入れられた玉の数がホログラムとして浮かび上がる。


「二年はA組が一位かー。やっぱケンが活躍してたもんなぁ」

「C組は弱いですね」

「自分のクラスなのに辛辣だな」

「事実ですから」


 二年B組は二位だったが、一年と三年はB組が一位を取っているので、三学年合計で一番点数の高かったクラスが選ばれる『優秀学級賞』には一歩近付いたと言える。

 それに、勝てなかったとはいえウチのクラスも最後まで諦めず奮闘していた。俺も負けてられないな。


「じゃ、俺は次の障害物競走に出るから、そろそろ行くわ」


 七実酉に背を向けて、風紀委員会のテントから外へ出た。少し顔を出しただけで、強い日差しは容赦なく照り付けて来る。


 結局、七実酉を説得する事は出来なかったな。まあ、何でも俺が解決できるだなんて驕りは初めから持っちゃいないし、当人達で円満に仲直りしてくれる事を願おう。

 これで更に仲が悪くなってたら嫌だなぁ……井楽左とのパトロール、まだ続くのに。


「今は、仕事に集中します」


 背後からのそんな一言に、足が止まる。


「体育祭を守り抜く事が委員長の望みであり、風紀委員会の仕事ですから。それまで、今の話は保留にしておきます。網重さんや井楽左君と話をするのはその後です」


 振り返ってみても、七実酉は手元のタブレット端末と睨めっこしており、目が合う事は無い。それでも、さっきまでの話が全く届いていなかった訳じゃないと知れただけでも、俺は嬉しかった。


「あなたが何を思って風紀委員会わたしたちの仲を心配しているのかは理解できませんが、そんな奇妙なお節介焼きがいると言う事は、覚えておきますよ」

「そうか。じゃあ、陰ながら応援しておくよ」


 自分の競技を全力でやり切って、体育祭も最後まで見届けて。その後に、彼女が出した答えが見られる事を待っていよう。

 少しだけスッキリした気持ちで、今度こそテントを後にする。


「ここまで首を突っ込んでおいてよく陰とか言えますね……」

「おい、そこは拾わなくていい所だから」


 せっかく格好カッコ付けて立ち去ろうとしたのに。

 俺の投げた言葉を剛速球で返して来る事にかけては随一だよ、お前。

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