第121話 臆病な風紀委員

「サボってる人いないかなー、どこかにいないかなー?」

「い、いない方がいいですよぉ……」


 校舎の影に隠れて少しだけ暑さが和らぐ場所を、二人の少女が歩いている。

 肩慣らしの相手を探しているようにしか見えない彩月さいづきと、彼女から一メートルくらい離れて歩いている網重あみがさだ。


「こういう場所の不良って、普段はどのくらいの頻度で出会うの?」

「いつもはそれほど、多くないです、けど……た、体育祭の日はトラブルが多いって、委員長が言ってました」

「そうなんだ。ずっと戦ってるわけじゃないんだねー」

「は、はい」


 いつもマイペースに騒ぎながら皆の先頭を走る彩月だが、周りの事が見えていない訳では決してない。

 自分のペアとなった網重がとても人見知りなのは見て分かるし、彩月の噂を他の風紀委員から聞いて怯えているのか、物理的に距離を置かれているのにも気付いている。

 それでも、無理に距離を詰めたりはしなかった。ほとんど無意識での事だったが。


「リリちゃんは、風紀委員になってどれくらい戦ってるの?」

「えっと、そんなに多くはない、です。まだ一人で戦った事も、ないですし……」

「そっかあ。まあ、まだ一年の九月だもんね。これからだよ!」


 元気付けるように明るく言ってのけるのは、今年度に転入したばかり――つまり学園歴は網重と全く同じなはずの少女である。既に学園最強としての貫禄を感じているのか、網重はその事に気付いていないらしいが。


「そう、ですね」


 そっと目を逸らしながら、網重はぎこちない笑みを浮かべる。


「これから、ですよね。私も、いつかは……」

「?」


 網重はうわ言のようにブツブツと唱え出した。顔は斜め下を向いているが、その瞳に映っているのは目の前の地面では無いような気がした。


「わっ!?」


 そんな彼女の体が、急に前へ傾いた。

 網重の声が零れた次の瞬間には、彩月が体を支えていた。おかげで顔面から転ぶ事態は防ぐ事ができた。


「だいじょぶ?」

「す、すみません、どんくさくて……」

「いいのいいの。もしかして体育祭で緊張しちゃうタイプ?」

「いえ、な、何か踏んづけちゃって」


 二人して後ろを振り返る。通って来た地面に、何か黒い物体が落ちている事に気付いた。

 角ばったハマグリのような形と大きさのそれを、彩月は拾い上げる。


「これ、ホログラム投影機だ。何でこんな所にあるんだろ」

「えっ……!? ふふ、踏んじゃいましたけど、壊れてないですか!?」

「さすがに大丈夫だと思うよ? 陸上部も使ってるやつだし、間違って踏んだくらいじゃ何ともないって」

「そ、そうですか。よかったぁ」


 リレーのレーンやカラーコーンなどをホログラムとして映し出す精密機械だが、彩月の言う通り、外側は頑丈に作られている。小柄な少女が踏んだ程度で壊れる代物ではない。


「誰かが移動中に落としたのかな? まあいいや。後で倉庫に戻しておくよ」

「すみません、ご迷惑を……」

「気にしなくて良いってばー」


 彩月が明るく返事をするも、網重は落ち込んだように俯くばかりだった。


「私、風紀委員会でも、いつもドジばっかりしちゃって。や、やっぱり、向いてないんですかね……」

「そうかな? 誰だって転ぶ時は転ぶよ」

「い、いえ、それだけじゃなくって。大事な物を落して壊しかけたり、指示を勘違いして足を引っ張ったり、他にもいろいろ失敗してるんです。弱っちくて戦いもろくにできないし、副委員長だって私のそんな所が嫌いに決まってるんです……やっぱり私なんかに風紀委員は務まらないんですよ……ははは……」


 転びかけてスイッチが入ってしまったのか、網重は突っ立ったまま暗い言葉をぼそぼそと垂れ流すカカシになってしまった。死んだ目で渇いた笑みを浮かべているのもちょっと怖い。

 話している時より口数が増えた事に彩月はちょっと驚いたが、すぐに網重に近付いた。


「ボクはそうは思わないな」


 彩月がつんつんと頬をつつくと、暗い世界から帰ってきたらしい網重は顔を上げる。


「こんなにイイ能力を持ってるのに、向いてないなんて事ないよ」

「能力……分かるんですか?」

「ふふ、すごいでしょ。能波波形パターンを見れば、学園の計測機より細かく分かっちゃうんだ」


 自分の七色の瞳を指さしてそう言っていた彩月は、ふと、弾む声色を落ち着かせた。


「でも、分かるのは能力の情報だけ。リリちゃんがどういう風に能力を使いこなしているかは分からない。だからボクには、リリちゃんが弱いかどうかなんて分からないんだ」

「え? で、でも、能力が分かるんですよね? だったら、私が弱い事だって分かるんじゃ」

「ううん、能力者の強さは能力だけで決まらないよ。大切なのは経験だから」

「経験……」


 先ほどまで彩月を怖がっていたリリも、今は隣に立たれても怯えていない。真面目にアドバイスをする先輩の姿が、噂に聞いていたイメージと違ったからだろうか。


「今のリリちゃんに必要なのは、自信を持つ事だね。自信を持てば何だって挑戦できる」

「自信、ですか……」

「そう。やればできるんだって、自分を信じる事」


 言いながら、彩月は一歩二歩と後ずさる。並んで歩いていた時よりも大きく離れた所で止まった。


「だからまずは、キミの能力が強いって事を自覚しないとだね」

「え?」


 彩月の両手から光が生まれた。右手は炎、左手は電気。勢いを増すそれらに照らされる顔には笑みがあった。


「えっ……え!?」

「さあ構えて! 言葉よりも体に沁み込ませる方が確実だよ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい! い、今はパトロール中で」

「大丈夫、怪我しないように加減するから!」

「そういう事じゃ――」


 最後まで言わせてもらえなかった。

 彩月が両手を合わせると、火炎と雷撃は渦を巻いてひとつになり、慌てふためく網重へと襲い掛かった。





     *     *     *





「で、こうなったと」

「えへ」

「えへじゃねえよ」


 大きな爆発音の発生源に駆け付けた俺と井楽左いらくさが見たのは、大きく抉られた地面とそこに立つ少女二人だった。


「加減してコレとか……まあお前の強さに指摘するのは今更な話だけど」

「いやあ、つい張り切っちゃって」


 人目につかない場所だからよかったものの、もし無関係の誰かを巻き込んでしまったら、ただ事じゃなかったぞ。今日は外部からも多くの観客が集まっているというのに。


「だから言っただろ。その女は紛れもなく問題児だ」


 責任を持って彩月が地面を元通りにしている間、井楽左の視線が痛いほど鋭かった。


「もしもリリが怪我をしていたら……彩月夕神ゆうか、お前の首で償ってもらう所だったぞ」

「大丈夫だよう。多少の怪我ならボクにも治せるし」

「そういう問題じゃない。反省しろ。人間兵器め」

「き、着麻きりまくん、私は大丈夫だから……」


 圧がすごい。かすり傷一つ付いていない網重が諫めてくれなかったら、ずっと不機嫌な井楽左と仕事を共にする事になっていただろう。


「ごめんな網重。俺からも謝るよ。彩月も悪気は無かったんだ」

「えー、流輝るき君もそっち側ー?」

「今回はお前が悪いよ。後輩の助けになりたい気持ちは分かるけど、やり方ってもんがあるだろ?」

「むう」


 大穴の開いた地面やら衝撃でひび割れた周囲のフェンスやらを元通りに修復した彩月は、反論する代わりに頬を膨らませて戻って来た。反省してるかどうかは分からないが、非は認めたようだ。


「とりあえず一旦戻るか。ちょうど百メートル走も終わる頃合いだしな」

「そうするとしよう。この件は委員長にも報告させてもらうぞ」

「あー、またあざみちゃんが怒っちゃうよー」

「どうせもう気付かれてるだろうし、素直に謝ろうな」


 俺達は風紀委員会のテントに戻る。

 その道すがら、俺は井楽左の隣を歩く網重をちらりと見て、そして彩月の能力によって大きく抉れた校舎裏の光景を思い出した。


 彩月は二年生ランク1位にして学園最強の生徒だ。

 それは使える能力の種類が多過ぎるだけじゃなく、そのひとつひとつが並の能力者に引けを取らないくらい洗練されている事を意味する。


 そんな彩月の攻撃を受けても、網重は無傷だった。かなりの手加減があったとはいえ、学園最強の一撃を完璧に凌いだという事だろう。


 自信無さげな彼女へ抱いた『戦いに向いてないかも』なんて第一印象は撤回するべきだろうな。

 網重について絶賛する井楽左の言葉も、全くの大袈裟なんかじゃないのかもしれない。

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