第120話 関わってはいけない奴
「情報共有はこのくらいにしておこう。まずは奴らを連行するぞ」
「だな。パトロールも続けなきゃだし」
一仕事終えても声に乱れの見えない
棘で壁に固定されている一人に近付くと、そいつは俺を見て目を丸くした。
「俺の炎を消しやがったお前、よく見たら二年の1位とつるんでるヤツじゃねえか……!」
「え? ああ、そうだけど」
三年の先輩っぽい彼は俺と
まあ、今更自分の名前がどんな風に独り歩きしてるかなんて、考えないようにしてるけど。誰かさんが呼び始めた『無能力者』なんてあだ名は聞かなくなって久しいが、弱者という印象は未だ根強いはずだ。
「風紀委員会に入ってたのかよ……クソ、関わっちゃいけねえ奴だったか」
「どういう意味だそれおい」
別に風紀委員になった訳じゃなくてただの手伝いなんだけど。関わっちゃいけない奴って何だよ。風紀委員に見えるからか? それとも戦闘狂と名高い彩月と一緒にいるからか?
まさか俺まで戦闘狂って認識が広がってるわけじゃないよな!?
自分の噂話については考えないようにしてるけど、そうなってくると話は別だぞ。強くなりたいとは思ってるけど、俺は決して戦いを好んでるんじゃないからな?
「風紀委員会……恨まれてばかりのお前らは、いつか痛い目を見るだろうな」
「はいはいそうですか。俺は風紀委員じゃないんですけね」
彼が知る俺の噂についてもっと問い詰めてやろうかと思ったが、先輩は負け惜しみを吐いたっきり口を閉ざして目を合わせようともしない。仕方ないので、俺もさっさと手錠をはめてこの件は保留する事にした。実際どんな噂が流れているのかは、気が向いたら後で調べてみよう。
「お前、コイツらに何かしたのか?」
今のやり取りを聞いていたのか、他二人を拘束して地面に転がしてる井楽左が尋ねてきた。
「何もしてないよ……俺に楯突けば彩月に狩られるとでも思ってんのかね。そんな平成のヤンキーみたいな関係じゃないのに」
「なるほど。お前の名前は不良生徒に対するいい抑止力になりそうだな。風紀委員会に入らないか?」
「なるほどじゃねえよ!!」
コイツ、
その理論でいくなら俺じゃなくて彩月を勧誘した方が効果てき面だろうに……。
「風紀委員会って、もしかして万年人手不足?」
「なぜだ」
「お前ん所の委員長、今みたいにやたら勧誘してくるもん。あとこう言っちゃなんだけど、戦いとか苦手そうな子もいたし」
「……リリの事か」
他の風紀委員へ連絡しているのか、井楽左の視線は操作中の学園端末へ落ちたままだ。
「お前が思っているような入り方じゃない。リリは自分で志願して風紀委員会に入ったんだ」
「自分で……そういや、七実酉がお前達を幼馴染って言ってたっけ。あの子、人見知りっぽく見えたんだけど、実は超強いとか?」
「戦闘能力は低い方だ。だが能力の扱いは俺よりも長けている。委員長もそこを買っていたな」
不良三人を一瞬で捕まえた井楽左が自分以上だと言うんだから、あの子の実力は確からしい。人は見かけによらないってやつか。
「俺と同じ物質変化系の能力なんだが、変形の精密さや速度には目を見張るものがある。戦闘能力は低いと言ったが、それはあくまで個人として見た話であって、他の能力との連携力は凄まじい。集団戦で光るタイプなのは間違いないだろう」
……思った以上にベタ褒めなんだけど。
「お前、あの子の事になると饒舌になるな」
睨まれた。
「ま、あの子も立派な風紀委員だって事は十分伝わったよ。ありがとな」
「副委員長は、未だ認めていないようだがな」
「あー……確かに、厳しい先輩って感じだったよなぁ」
井楽左の言う通りなら、
「網重と岸華先輩の間に何かあったりしたか?」
「委員長と? いいや、知らないな。そもそもリリは、他人と会話する事自体が少ないんだ」
「そっか……いい線いってると思ったんだけど」
「関わりがあると言えば、リリに『守護委員長』の肩書を与えたのは委員長だ」
「二つ名は岸華先輩がみんなに与えてるって七実酉も言ってたな」
それにしても守護か。不良から善良な生徒を守るって考えると、一番風紀委員らしい肩書だな。殲滅とか尋問とかよりはるかにまともだ。
「ちなみに由来は、委員会がリリの事を『守るべき存在』だからと認識したかららしい」
「守護される側かよ!」
「俺も委員長の意見には同意するが、戦力としても見てやってほしい気持ちもある」
「同意するんだ……」
なんだか俺、井楽左に対する見方がだいぶ変わってしまった気がする。具体的には、厳しく生真面目な風紀委員から、幼馴染にだけ物凄く甘いちょっと愉快な奴になった。
でも彼だけじゃなく、網重は岸華先輩からも可愛がられてるみたいだ。それも守るべき存在と言われるくらい……。
……待てよ、七実酉が網重にちょっと冷たく当たる理由、それじゃね?
「何だ、その全てを察したような顔は」
「いや別に。網重って子も大変だなあ、と」
副委員長さんの複雑な乙女心には、そっと気付かないふりでもしておこう。俺が身内に喋ってしまうのも違う気がするし。
「あいつの事を話していると心配になってきた。すぐにパトロールを再開するぞ」
「過保護かよ……ってか、あの子は弱くないって言ったのはお前だろ? なら、そこまで心配しなくても大丈夫だろ」
「そうじゃない。俺が心配しているのは不良共に負ける事ではなく、あいつの
「……彩月かぁ」
実は俺も心配してる。
別れる時もちゃんと役割と理解しているかと聞いたら「分かってるよ。抵抗してくる不良達をぶっ飛ばすんでしょ?」とキラキラした目で言っていたからな。絶対分かってない。
「けどさ、ちょっと考えてみてよ」
「何だ」
だがしかし。
井楽左の幼馴染ベタ褒めトークを聞いて、不思議と俺も負けてられない気持ちになってきた。俺だって彩月と一緒にこの件に巻き込まれた身であり、師匠でもあるしクラスメイトでもある仲間だ。出来る限り
「みんな彩月の事を問題児って言うけどさ、あいつも破天荒で気分屋で予測不能なだけで、問題児って言うほど悪い子でもないんじゃないか?」
「……」
七実酉も、彩月の事を問題児だと言って超が付くほど警戒していた。その悪印象は井楽左も、ともすれば風紀委員会全体に蔓延しているかもしれないのだ。できる事なら、少しでもそのマイナスイメージを払拭してあげたい。
「
「うっ。それはまあ、戦いが好きなのも個性だろ?」
「春の末には無断でアルバイトをして罰則を食らったそうじゃないか。お前も」
「うぐっ。そ、そんな事もあったなあ……でも新しい事を経験しようとする意欲は大事じゃないか」
「そうか。まだ粘るか」
諦めない俺へ、井楽左の視線がいっそう鋭くなる。
「正当な理由なき授業の無断欠席、二十七回。無許可の学園設備使用、八回。それによる備品破損、六回。服装等の校則違反、十一回。素行不良による生徒指導、九回」
「どんだけ把握してんだ風紀委員会ッ!?」
「まだあるが?」
「まだあるのぉ……?」
ごめん彩月、ギブアップ。お前問題児だわ。
「そんな奴と幼馴染を二人きりにさせて、心配しないわけがないだろう」
「うん、まあ、そうですね」
俺はもう反論できなくなってしまった。彩月、何もやらかしてないよな? 頼むぞ?
――ドオオオオォォォォン!!
俺の切実な想いを一秒で木っ端微塵にする衝撃音が遠くから響いた。
「あの方角は、リリ達の巡回ルートだな」
「勘弁してくれ……」
俺が甘かった。
初めての体育祭を迎えてテンションが上がっている彩月を野放しにしておいて、何も起きないはずがないのだ!!
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