第119話 厳格な風紀委員

 あれから軽く打ち合わせをした後に解散し、俺と井楽左いらくさは人目につきにくい校舎の影をパトロールしていた。

 ずっと難しい顔をしている彼はほとんど口を開かない。仕事中だしお喋りなよりかはいいのかもしれないが、七実酉ななみどりとの険悪な様子を間近で見てしまったのもあり、二人きりだとちょっと気まずい。


「思ったより人がいないんだな。もっと反抗的な生徒がうろついてるのかと思ったけど」

「初めはこんなものだろう。じきに増える」


 会話は長続きしないものの、話しかけたら返してくれるだけ良いはずだ。事件を確実に防ぐためには連携が大事。根気強く関係を築いていこう。


「ところで、井楽左も百メートル走には出ないんだな。何の競技に出るんだ?」


 現在、第三グラウンドでは第一種目の百メートル走が始まっている。ここまで歓声が聞こえて来るほどの盛り上がりようだ。


 星天学園の体育祭には一人ひとりが競う個人種目とクラス全員参加の団体種目があり、個人種目は最低でも一人ひとつ出場しなくてはならない決まりになっている。それは風紀委員も例外ではないらしく、各々の競技の都合を鑑みて、岸華きしばな先輩がパトロールの割り振りを決めてくれたのだ。

 なので今ここにいる俺達二人――別行動の彩月さいづき網重あみがさも含めると四人――は、百メートル走に出ないという事。


「ちなみに俺は障害物競走に出る。もしかしたら敵同士かもな」

「それは今話すべきことか?」

「あ、いや、そうじゃないけど。気を張り過ぎるのも良くないかなーって……ごめん」


 くそ、関係無い雑談を嫌うタイプだったか……!

 確かに気難しそうだけどしっかり者って感じだもんなあ、こいつ。少しでも雰囲気を良くするつもりが、仕事中の私語はかえって逆効果だったか。


「……二人三脚だ」

「え?」

「出場する競技の話だ。お前が聞いてきたんだろ」

「そうだけど……」


 あの反応からまさか答えてくれるとは思わなかった。

 おそらく驚きが顔に出ているであろう俺をよそに、彼は俺の聞きたい事を察したかのように言う。


「謝らせるつもりじゃ無かった。だから答えただけだ」

「そ、そっかそっか」


 こいつ、不器用なだけで以外と素直なんだな。

 七実酉みたいに特定の人以外の好感度がデフォルトでマイナスになってるのかと思ったけど、どうやらそこまでではないらしい。

 こっちに気を遣ってくれたのが分かっただけでも、少し嬉しかった。


「一応言っておくけど、B組は二人三脚もすげぇ練習してたから、覚悟しとけよ?」

「勝敗にこだわりは無いな」

「つれないなぁ。体育祭は全力でやってこそだろ?」


 一時はどうなる事かと思ったが、平和な意思疎通ができそうで何よりだ。あとはこのまま何事も無くパトロールが終わればいいんだが……。


「――お喋りはここまでだ」


 敷地を囲うフェンス沿いに歩いていた井楽左は、角を曲がる直前に立ち止まった。耳を澄ませるまでもなく、三人分の声が曲がり角の向こうから聞こえて来る。

 さっそくおサボりポイントを見つけた生徒が駄弁っているらしい。まったく、体育祭は始まったばかりだってのに。


「突入次第、即座に捕縛しろ。方法は問わない」

「いきなりか? 最初は口頭注意とかでも」

「甘いな。奴らはすぐに反撃してくるぞ」


 この学園ってそんなに物騒だっけ?

 でも井楽左がこんな場面で大袈裟に冗談を言う奴じゃないのは、この短時間でハッキリ分かった。俺も気を引き締めよう。


「行くぞ」


 その一言で、俺達は校舎の曲がり角から姿を見せた。

 しゃがみ込んで雑談していたうち一人、俺達の方を向いていた男子生徒が、いち早く目を丸くさせた。


「ふ、風紀委員会だ!!」

「動くな不良共」


 背を向けていた生徒も振り向いた所で、井楽左の威圧的な声が飛ぶ。


「競技に参加しない生徒はテントで待機するはずだ。ここは休憩場じゃないぞ」

「うるせぇ! いちいち面倒くせえんだよお前ら!」


 井楽左が右手を持ち上げたのと、不良生徒の一人が土を蹴り上げたのがほぼ同時だった。宙に舞った砂利はザリザリと耳障りな音を立てながら周囲の砂を吸い込み、やがて岩のような塊になってこちらに飛んで来た。


「抵抗は無意味だ」


 鋭い眼差しに、仄かな赤い輝きが混ざる。

 井楽左は慌てる様子もなく、軽く右手を下に振る。岩の表面がガリッと小さく削れたのを見た。

 直度、飛来する岩の下面から太く鋭い棘が生え、地面に深く突き刺さった。それによって急ブレーキがかかり、岩は目と鼻の先で止まる。


 それだけじゃない。敵の物だったはずの岩からさらに複数の棘が生え、逃げようとしていた三人の不良生徒へ一直線に突き出されたのだ。


 もちろん、胴体を貫くような悲惨な事にはならない。彼らの体操服の端々を器用に引っかけると、棘は直角に曲がって壁に突き刺さる。更に棘の側面から新たな棘を生成する事で棘と棘の隙間に体を挟み、刺又さすまたのような要領で体を壁に押し付けた。

 次々と棘から棘が生まれ、たちどころに手足まで押さえつけられてしまう。


「すげぇ、あっという間だな」


 これが井楽左の能力か。サッカーボールほどの岩石から伸びる棘によって三人の不良が壁に固定されている光景は異様だったが、あまりの早業に俺は見ている事しかできなかった。


「クソ風紀委員め……!」

「!」


 終わったと思ってたが、まだ諦めていなかったようだ。

 砂岩を飛ばした奴とは別の男子生徒が恨めしそうに呻きながら、怒りの光を目に宿す。精一杯息を吸い込んだかと思うと、空気の代わりに真っ赤な炎が吹き出された。ごく単純な火炎放射の能力だ。


「往生際の悪い……」

「井楽左」


 前に出ようとする彼の肩を掴んで、俺は反対側の手を炎へ差し出す。不定形にうねる炎の端に俺の手が触れただけで、炎はそこを中心にあっさりと霧散した。


攻撃は苦手だろ? ああいうのは俺に任せてくれ」

「俺の能力についてはまだ話していないはずだが?」

「あー、物質操作系の形状変化能力って勝手に推察したんだけど、間違ってたらスマン」

「ふん……大体合っている」


 独断で前に出た事について何か言われないかとも思ったけど、お咎めは無かった。


「お前の考え通り、俺の能力は物質の変形だ。物を『尖らせる』事に特化している。一目瞭然だろうがな」


 飛んでくる岩を止めたのも、不良達を拘束したのも、全て岩から伸びる『棘』だ。


「基本的に俺の体か棘が触れた物、または生み出した棘そのものを尖らせる事ができる能力だ。連携の為にも覚えておいてくれ」

「触れた物って……飛んで来た岩を止めたのはどうやったんだ? お前が触る前に棘が生えたじゃないか」

「空気だ。俺の手に触れた空気を尖らせ、『空気の棘』を岩に当てる事で発動させた」


 話しながら井楽左が手を動かすと、少し離れた場所で拘束されていた男子が「いでっ」と小さく呻いた。目には見えないが、きっと空気の棘が井楽左から不良へ伸びているんだろう。


 なるほど。棘が触れた物も変形の対象になるなら、空気の棘を刺せば条件を満たせる。その理屈だと、初っ端から不良達の近くに棘を生やして攻撃できなかったのも納得だ。彼らは岩以上に離れてたからな。


「あ、じゃあ、炎が苦手って俺の考えは間違ってたか……空気を操れるんだったら炎もできるもんな」

「いいや、俺ができるのは形状変化だけだ。あの炎は勢いがあったから、尖らせた所で進行を止める事はできなかっただろう。空気の棘を形成できるのだって、今みたいな無風の時だけだ」

「形の無い物に激しく動かれると、変形も難しいって事か……説明ありがとな」


 思った通り、彼の能力にもいろいろ制限はあるらしい。

 なら、さっきの防御は無意味に出しゃばった事にはならないな。弱点を補えたようでなによりだ。初対面の割には悪くない連携だったんじゃないか?

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