第117話 となりで歩く私を見て

芹田せりだはさ……なんで、そんなに頑張れるの?」


 少し空いた間は、どう聞くべきかという一瞬の迷い。

 しかし結局、気になった事はストレートに聞く事にした。


「頑張るって?」

「ほら、ランク戦の特訓とか、実行委員の仕事とか、やってる事全部よ。適当に済ませたり途中でやめちゃったりも出来るのに、あんたはいつも手を抜いたりしないじゃない。その理由について知りたいの」

「いきなりの質問だな。そんなにタメになる答えは出そうにないけど」

「いいのよ。勝手に気になっただけだし」


 その疑問は、双狩ふがりにとってとても大きな問いだった。努力を続ける者への、からの問い。


 芹田の努力は確実に積み重なっているが、ランクという分かりやすい形としては少しも表れていない。彼の事をほとんど知らない者から見れば、一年以上の努力が全く実ってないのと同じだろう。

 双狩はそうは思わないが、一方で、進歩の裏にある苦痛や苦労が全く釣り合ってないとも思っていた。


 能力者なのに無能力者のような黒い髪。能波パターンの『測定不能』というイレギュラー。そのうえ『特殊能力を打ち消す』という特異な能力を持ち、多くの生徒の関心が集まる中での敗戦続き。周囲の期待は失望や嘲笑へと変わり、一向に勝てないランク戦は見世物のような扱いまで受けていた。


 それでもなお、迷走しながらも進む事をやめなかった理由を――進む事ができた理由を、双狩は知りたかった。


(私は、諦める事を選んでしまったから……)


 一番重要な本心を口にする事は出来なかった。なので今は、ただ何となく興味があるふりをして、答えを待った。


「特別心構えみたいなものは無いけど、強いて言うなら……何かを始めようとした時、いつも全力でやりきった後の自分を想像するんだ」


 双狩が内に隠した真剣な想いが見えたのかは分からないが、芹田は深く考えながら答えてくれた。


「何となくで済ませた自分と、全力で努力した自分を比べた時、大抵は努力した方がいい結果になると思うんだ。努力は必ず実るなんて言うと綺麗事かもしれないけど、始めようとしなけりゃ何も始まらない。少なくとも何もしないよりはいいはずだろ?」

「理屈じゃそうだけど……途中で辛くなったりしないの? それか単純に、面倒になったりとか」

「もちろん折れそうな時もあったよ。ランクが上がらないまま二年生になった時は正直かなり焦ってたし」


 当時を思い出したのか、芹田は苦笑いを浮かべていた。


「最後まで結果を残せなかったら、今までの時間は何だったんだって自分を責めるかもしれない。ならいっそここで諦めた方が……って考えたりもしたな」

「それを、どうやって乗り越えたの?」


 生半可な気持ちでは努力は続かない。目標が大きく遠いほど、それなりの体力と根気がいる。

 少なくとも芹田はそれを持ち合わせているみたいだが、他にもきっと何かあるはずだ。


「根性、かな」


 が、返って来た答えは予想外のものだった。


「えぇ……? ここに来て精神論?」

「言ってしまえば最初からそうだよ。俺の気持ちに近しい理屈を説明する用に持って来ただけで、芯にあるのは気合いと根性だ。『やった分だけ強くなれるはず』、『何となく次はいける気がする』。そうやって自分を騙して励ましながら、とにかく『続ける』んだ。大事なのはそれだな、うん」


 説明しながら納得のいく答えを見つけられたのか、芹田は何度も小さく頷く。


「去年までの俺も迷走しまくってはいたけど、あの時の積み重ねも無駄なんかじゃなかったんだ。とにかく毎日続けたおかげで、途中で辞めたくなっても『ここまで続けたんだからもうちょい頑張るか』って思えるんだ」

「続ける事が大事、って事ね……」

「そう言う事」


 彼は見られた事を恥ずかしがっていたが、芹田が去年から毎朝欠かさずランニングをしているのは、双狩もよく見ていたから知っている。

 最初は双狩も気に留めてなかったし、それだけで強くなれるはずがない、なんて心の中で冷めた事を考えたりもした。今思えば、それが双狩と芹田の差なのだろう。


 本当に努力を諦めない人は、他の人が気にもせず見落とす事から全力で取り組める人なのだ。


「偉そうにゴチャゴチャ言ったけど要するに、俺は頑張ってたら良い事はあるって思ってるんだよな。それが望んだ結果に直結するかどうかはさておき、神様はいつか微笑んでくれる」


 ただ楽観的なだけかもしれないけどな、と彼は笑って付け足した。


 その純粋で真っ直ぐな言葉を聞けば、結局の所、彼も自分と同じ高校生なんだと実感する。

 それと同時に、『努力を重ねる』という誰もが直面する事への向き合い方が、自分はおろか自分が知るどの高校生よりも上手いと思い知らされる。


 そんな、近いのか遠いのか分からない少年の事を、双狩は好きになってしまったのだ。


「あんたを見てるとたまに、本当に同じ高校生なのかって疑うような時があるわ」

「えっ? 俺そんなに老けて見えるの?」

「そういう意味じゃない」


 的外れな反応をする芹田に、双狩はまだ飲んでいない方のキャラメルラテを差し出す。

 当然、いきなり渡されて芹田は不思議そうな顔をした。


「ん、くれるのか?」

「まあ……話のお礼みたいなものよ。さっきまで運動してたんならありがたく貰っておきなさい」

「確かに、ちょうど喉は渇いてたかも。ありがとな」


 思わず二個飲みたくて買ってしまったキャラメルラテだが、お揃いの飲み物を飲みながら帰るという悪くないシチュエーションを作る事ができたので良しとする。

 二人が飲み物で口を塞ぐ無言の時間も、今の双狩にとっては何ら気まずいものではない。



 ――最初の感情こそ、良い物では無かった。


 能力や髪が不思議なだけで大して強くもない、ただのクラスメイトだと思っていた。日差しが鋭い日も向かい風が強い日も毎朝走りに出る彼を見て、自分には出来なかった努力を折れずに続けている姿を見せつけられている気がして、勝手に嫌気が差す日もあったりした。

 しかしよく見るようになってから、挫けない彼の心に疑問を抱くようになった。その関心はいつしか興味になり、彼の事を調べたりして一方的に知る内に好意へと変わっていた。


 恋愛対象として好きだと断言するのはたとえ心の中でも恥ずかしいものだが、実際ただの恋愛感情だけではないとは自覚している。

 風守隊かざもりたいの多くの女子が――それこそ隊長の針鳴じんみょう志那都しなつに抱いているような、『憧れや尊敬』といった色も含まれているだろう。


 だからこそ、彼に関して大いに気になっていた事を直に聞けたのは嬉しかった。

 けれど、正面から感謝を伝えるのはちょっぴり照れ臭かったので、伝わらない想いは半ば押し付けるように渡したキャラメルラテに代弁してもらった。


「……コレ、結構甘いな。嫌いじゃないけど、すげぇ甘い」

「女子はこういうのが好きなのよ」

「へぇー。流行りとかあんまり知らないからなぁ、俺。コンビニじゃおにぎりくらいしか買わないし」

「また今度、美味しいトレンドを教えたげるわ」

「そりゃ助かるよ。双狩のチョイスはハズレがなさそうだ」


 そんな他愛もない話をしながら、目の前の事で笑い合う。こういう意味があるようで無いような時間が一番楽しく、一番幸せだったりするものだ。

 雑踏に混ざる二人分の不揃いな足取りは、片方が思い切って踏み出したおかげで、少しだけ近付いたのだった。

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