第113話 孤独の相談室

 時を同じくして、昼休みの部室等。

 かずら鶴斬つるぎは購買で買ったサンドイッチ片手に学内情報部のドアをくぐった。


「あれ、部長?」


 そこには先客がいた。

 部長専用の据え置きコンピューターの前で固形栄養食をかじっていた先輩は、葛を見て僅かに眉を持ち上げた。


「おや、昼休みに来るなんて珍しいね。仕事は溜まっていないよ?」

「えっとその、今日はここでメシ食おうかなーって」


 何気なく足を運んだ所に鉢合わせてしまって、少し気まずくなった葛は視線を逸らす。


「部長こそいつもここで、一人で食べてるんすか?」

「まあね。不思議な事に、三年生にもなってクラスメイトから昼食に誘われた事が一度もないんだ。だから自然と一人でいる時間と場所が出来上がったのさ。私には一人になる才能があるらしい。困ったものだね」

「それただのボッチじゃ……」

「少しスペースが余った今月の掲示板に君の黒歴史でも載せてみようかな?」

「一人の時間を作るのはとても素晴らしい事だと思います」


 葛は思い出した。どこまでの情報を握っているのか底知れない彼女には、逆らわない方がいい、と。

 いつまでも入口前で立ってる訳にもいかないので、彼も開いてる席に座った。


「それより部長、仕事は無いって言いつつ何か急ぎの作業でもしてるんすか? 昼飯を栄養食で済ませるなんて」

「ん? いつもこれだけだけど」

「いつも!? 絶対足りないでしょ!」

「近頃の栄養食を侮ってはいけないよ葛副部長。このバーには一日分の栄養がぎっしり詰まってるんだ。栄養を効率的に行き渡らせることに重きを置いて開発されたこの栄養食は、たった一本で三食の代わりにすらなる優れものなのさ」

「それ追い詰められた社会人が不眠不休で食べる奴ですよ……なんで普通の飯食わないんすか。食堂行ったら出来立てが食べれるのに」

「人が多い所は苦手なんだよね。食事は一人でするものだよ」

「駄目だこの人。生粋の人生ソロプレイヤーだ」


 葛としては部長の健康状態が心配でならないが、そこまで口出しするのはさすがにお節介が過ぎるか。

 サンドイッチをかじりながら眉をひそめていると、今度は向こうから質問が飛んで来た。


「それを言うなら君も、今日は食堂に行かないんだね。いつもはお友達と一緒に行っているのに」

「いや、まあその……いろいろありまして……」

「ふむ」


 椅子を回転させて、部長は葛に向き直った。


芹田せりだ君と何かあったのかい?」

「どうしてっ……いや、部長には隠せないか」

「潔くてよろしい。せっかくなら話してみないかい? ちょうど二人だけなんだし」


 いつでもウェルカムだとでも言うように両手を広げて見せる部長。


「いやぁその、いいっすよそんな、気を使わなくても」

「遠慮なんてらしくないじゃないか。先輩に話してごらんよ。どうせ相談相手になるような人はいないんだろう?」

「ぐっ……とても釈然としないけどその通りです……」


 誰にも言えなかったから、今までしこりが残り続けているのだ。

 恥ずかしさもあり遠慮する態度を取っていた葛だったが、誰かに相談したいと心のどこかでは思っていたのだろう。気付けば自然と話し始めていた。


 昨日芹田と会っていた部長は彼が怪我をしていた事は知っているので、その原因の話や、その後彼と葛が交わした言葉とぶつかった気持ちについて、所々詰まりながらも綺麗さっぱり話していた。

 部長は相槌を打ちつつも黙って最後まで聞いてくれた。


「……で、ちょっと気まずくなったまま今に至るワケです」

「なるほどね。お互いの譲れない部分がぶつかったという事か」

「後になって考えたら、ちょっと言い過ぎたかもって思ったりもします。ただ、一度話をしておかないと、アイツはこれからも危ない橋を渡り続けるような気がして……つい気持ちをぶつけちまったんです」


 食べかけのサンドイッチにも手を付けず、目を伏せて考え込む葛。いつになくしおらしい後輩を見て、部長は小さく苦笑を浮かべた。


「答えはもう出ているじゃないか」

「え?」

「君は芹田君の事を想って忠告をしたんだろう? なら、またそう言えばいい。今度は相手の言い分もきちんと聞いて、お互いの落としどころを見つけてはどうかな? 命をかける事の価値や是非などといった興味深い話は一旦置いておいて、ただの友人同士としてさ」

「出来ますかね……また同じやりとりの繰り返しになるんじゃ」

「出来るさ。私が断言してあげよう」

「えっ、仲直り以前に喧嘩する友達もいない部長が、ですか……?」

「何か言ったかな」


 微笑んだまま鋭い眼差しを向けられて、葛は無言で首を振る。

 部長は足を組み替えて、笑みを深くした。


「まあ冗談はさておき。私には一人になる才能はあるけど、喧嘩になるほど想う事のできる相手と出会う才能は無い。だから君はその友情を大切にするべきだよ」

「そう、ですね……ウジウジするなんて俺らしくねぇな。いっちょ話し合って来ますわ!」

「うむ、その意気だ」


 グッと親指を立てる部長に、葛は深く頷いて返した。


「……!」


 ちょうどその時、葛の学園端末が振動で通知を知らせる。

 芹田からのメッセージだった。話したい事があるから屋上に来てほしいという旨の、簡素だが彼なりの誠意が現れているような文だった。


「呼び出しだろう?」


 葛の仕草と表情を見れば、部長にはそれがすぐに分かった。


「私は引き続き一人の時間を楽しんでるから、気にせず行くといいよ」

「ありがとうございます!」


 サンドイッチを一気に詰め込んで、葛は立ち上がる。急ぎ足で出口へ向かうが、その足はふと止まる。


「……部長、さっきから言おうと思ってた事があるんですけど」

「うん?」

「一人になる才能があるって、自虐なのか自慢なのかよく分からない事言ってますけど、部長は別に一人じゃないじゃないですか」

「そうかい? 気持ちは嬉しいけど、私の事を辞書で引けば『孤高』とか『孤独』とか出てくると思うけどね」

「またそんなこと言って。だって『部長』ですよ? この部活自体が、部長と一緒にいる人がいる事を表してるじゃないですか」


 振り向きざまに、葛はいつもの明るい笑みを見せる。


「部長にはこの情報部があります。俺もみんなも、部長のこと好きですよ」


 意外な言葉を受けて目をぱちくりさせていた部長は、背もたれに頭を乗せて天井を見上げた。

 それから顔を戻し、可笑しそうに目を細める。


「今の今まで友人関係で悩んでいたとは思えない顔をするものだね、君は」

「……何かすんません、ちょっと調子乗りました」

「いいさ。君の口から出ると思わなかったそんな面白い台詞は、今から会いに行く人に言ってやりなさい」

「お、面白いってなんすか!? でもありがとうございます!」


 去り際に「今度健康な学食奢りますから!」と言い残し、葛は慌ただしく退室していった。


「全く、栄養食は十分健康的だと言うのに」


 一人きりの静寂が戻った部室で、彼女は呆れたように苦笑する。

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