第112話 もっと簡単に
「なかなか上手くいかないもんだなぁ……」
翌日の昼休み。俺は一人で食堂に来ていた。今日も暑いのでそうめんをすすりながら、昨日の事について考える。
意気込んだ割にケンと全然話が出来なかったやるせなさが、ずっと心に居座っていた。おかげでそうめんも喉を通らない。せっかく怪我の痛みも引いて普通に食事ができてるのに。
「あれ、あんた一人なの? 珍しいわね」
意外そうに声をかけて来たのは、人混みの中で席を探していたらしい
「
「ふぅん……ってそうじゃなくて。彩月以上に一緒にいた奴の姿が見えないんだけど?」
「……まあ、そういう日もある」
言わずもがなケンの事だろう。
俺が微妙な間を開けるも、双狩は健康そうな野菜炒めを食べながら俺の答えを待っていた。
「えっと……ケンも忙しいんだよ。ほら、体育祭っていろんな部活が動くだろ?」
「ケンカでもしたの?」
一撃だった。
俺の噓をすり抜けてズバッと図星を突かれた。驚きのあまり元々進んでいなかった箸が止まった。
「学期末とか忙しそうにしてた時でさえあんたと一緒だったじゃないあいつ。何かあったんだってすぐに分かるわよ」
「……あっさり見破るんだな」
「噓が下手ね。隠し事は上手いのに」
驚く俺へ、ちょっと得意気に双狩は言う。最後のはいらなくないか?
「まあ、その通りだよ。ちょっと意見がぶつかって、そのままズルズルと引きずったまま」
「いつから?」
「八月の終わりくらいから続いてる」
「ながっ。あんた達にしては珍しいわね」
「初めてだからなぁこういうの。だからどうすればいいか悩んでるんだよ」
ずずっとそうめんを啜ると、反対に双狩の手が止まっていた。
「え、初めてなの? あんた達って確か幼馴染じゃなかったっけ?」
「そうだけど。家が近かったから、小さい頃からずっと」
「それで高二まで喧嘩したことないとか、仲良すぎでしょ……ちょっと羨ましい」
何故か若干呆れ気味の感想を貰った。
ケンほど馬の合う奴は今まで出会った事が無かったから、まあ双狩が羨ましがるのも分かる。
「ケンほどの親友はそうそういないからな。俺は恵まれてる」
「そっちじゃなくて……いややっぱ今のナシ」
「?」
途中まで出ていた言葉は、刻まれたキャベツと共に彼女の中に消えた。もぐもぐと咀嚼した後、改めて双狩は話を切り出す。
「で、その大事な親友とどうやって仲直りするか悩んでるのよね。そもそも何で喧嘩したワケ?」
「実はな……」
自然な流れで相談に乗ってくれたので、ありがたく彼女の知恵を借りる事にした。
俺はケンにしたように事件の詳細を説明し、そしてケンとどういう会話をしてぶつかったのかを話した。
「そりゃ
全て聞き終わった双狩は、深くため息を吐いた。
「正直、私があいつの立場だったとしても、説教のひとつもしたくなるわ」
「そんなにか……」
「あんたが助けたっていう子が命狙われてたんなら、助ける側にも相応の覚悟がいるっていうのは理解できる。でも、それで易々と自分の命を危険に晒すのはどうかしてるわよ」
「俺だって別に、死にたくて危険に飛び込んでる訳じゃないんだぞ? ケンが言ってたように『自分の命を軽く見てる』つもりもないし……」
「すれ違いの原因はそこなのよね。あんたは命を救うために命をかける事が普通だと思ってて、葛はそんな考えは間違ってると思ってる。命の価値観の違い……って、どう考えても高校生の悩みじゃないわねコレ」
双狩の言う通りなのかもしれない。
命のやりとりをする戦いなんて、高校生の身の丈に合ってるはずがない。けど、そうも言ってられないんだ。
俺達はこの国が包み隠している能力社会の闇を知ってしまった。命を命と思っていないような研究をその目で見て、肌で感じたんだ。そしてそれには、俺の身近な人も巻き込まれている。
見て見ぬふりなんて出来ない。これからも俺は、やるべき事をやらなければならない。
でも、その度に今回のようなすれ違いがあるとしたら……? 独りよがりな道を進み続けた末に、周りには誰もいなくなっているかもしれない。気が付いた時には一人きりで、その体は穴だらけになっているかもしれない。
命は守るもの。命は尊厳と共に尊ばれるもの。
それは一般論であり、俺の中にも常識として底に敷かれているものだ。
そこに優劣をつけてはいけないと誰かが言うけど、自分の命と大切な人の命が天秤に乗せられた時、それは命に差をつけるという事になる。俺とケンのすれ違いは、それをどっちに傾けるかという話で真反対の答えが出ている所。
「クソ、訳分かんなくなってきた……命って何なんだ?」
「なんか哲学みたいになってきたわね。
「……?」
手元に視線が落ちていた俺は顔を上げる。
直後、額に軽い痛みが走った。
向かいに座っていた双狩が身を乗り出してデコピンしてきたのだ。
「いった!? 何すんだよ!」
「知恵熱出す前に止めてやったのよ。あんた、難しく考えすぎ。論文書くんじゃないんだから」
再び椅子に腰を下ろした双狩は、額に手を当てる俺へ真っ直ぐと目を向けた。
「命をかけるかけないなんて話は脇にどけて、もっと簡単に考えましょ。葛はただ、あんたに傷付いてほしくなかっただけなのよ」
「……!」
「どう仲直りするかって問題もそう。別にお互いの事が嫌いになって喧嘩したんじゃないんだから、きちんと話し合えば伝わるわ」
難しく考えすぎ、か……その通りだな。
簡単な話だったんだ。ケンは俺が無茶した事に怒っていて、俺は理解されない事に悩んでた。それは本来、当たり前の事だったんだ。
俺とケンが見ている世界は違う。知ってる事情と知らない事情がある。それは俺が話さないという選択をしたから生まれた溝だ。
なら、その溝を埋める方法はひとつだろう。
「ありがとな双狩。ようやく道を見つけた気がする」
「なら良かったわ。この貸しは大きいわよ?」
「ああ。しっかり覚えておくよ」
目の前の恩人に笑みを返し、俺は立ち上がった。
昼休みはまだ残ってる。行動するなら早い方がいいだろう。
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