第111話 衝突の残り火
体育祭実行委員会の仕事は思った以上に多い。
第二回の会議で今年の新プログラムはおおよそ完成し、二学期が間近に迫った第三回会議で無事に先生達の許可が降りた事を知らされた。そこから、俺達の忙しさは加速していった。
今年の体育祭は過去最高の規模で行う、と
そうなれば当然、今まで以上に外から人を呼ぶことになる。
他にも、競技で使う機材の確認や新競技が上手く進むかのチェック、協力してくれる部活との打ち合わせなど。それはもう多忙。
気が付けば夏休みは終わってたし、あっという間に二学期突入だ。この忙しさは充実感でもあり、正直嫌では無かった。むしろちょっと楽しい。
そして俺と彩月は、忘れてはならない風紀委員会からの任務もある。
『体育祭を破壊する』と予告してきた犯人が実行委員の誰かを襲う可能性を考えての警戒、というのが本来の話なのだが、約二十人の実行委員を全員ずっと守るなんて物理的に無理だ。なのでもう少し簡単に考えてみた。
そもそも犯人にとって実行委員を狙う理由は、運営サイドを崩す事で体育祭を成り立たせなくするため。
すると狙われるのは当然、その人がいないだけで実行委員会が崩れてしまうような中心人物となる。なら話は簡単だ。
俺達がその中心人物になればいい。
俺と彩月で実行委員として働きまくって、犯人に『こいつを狙った方が一番効率が良い』と思わせればいいのだ。そうすれば、俺達は自分達の警戒に意識を割くだけで済む。要するに自分自身を囮にする作戦。
そういう訳で、俺と彩月は実行委員長の橘先輩より働く勢いで動いていたのだが……これにはちょっと誤算もあった。
どうやら働き者には余計に仕事が集まるというのが社会の仕組みらしく、いろんなクラスの実行委員から相談を受けたり仕事を渡される羽目になったのだ。犯人の目に留まるのが目的なため断る訳にもいかず、結果的に苦労は倍増。仕事自体は大した事無いのだが、いかんせん数が多い。
「はぁ……やりたい事だからまだいいけど、これがやりたくない仕事だったら心折れてたなぁ。世の中の社会人は大変だろうな」
一人でぼやきながら、今日も俺は仕事のために部室棟の廊下を進んでいた。今は体育祭の準備などを手伝ってくれそうな部活を一つずつ回って、話を通してお願いしに行く最中。前に橘先輩にお願いして回してもらった仕事だ。
彩月からの「祭りには屋台が欲しい」という確かにそうかもしれないけど体育祭は違うんじゃないかと思う提案により、調理部には出店を開いてもらうお願いを。
前日の会場設営の人手として肉体労働部というよく分からない部活へ、電子機器周りの調節と設置の助力として電子部へ、それぞれ手伝いの要請を。
そして学内掲示板に載せる体育祭関連の記事について、学内情報部との打ち合わせを。
それぞれこちらから出向いて行う事になっている。今は放課後だし、どの部活も部室に集まってるだろう。
どういう順番で回ろうか考えるより先に、俺の足は三階へ――学内情報部へと向かっていた。
この仕事を引き受けた一番の目的は、ケンと仲直りをするために話をする場を設ける事だ。今日じゃなくとも、後日改めて顔を合わせる約束を取り付けるだけでもしておきたい。
もちろん実行委員として託されたからにはきちんと打ち合わせはこなすつもりだ。だからこそ、情報部を最後にしてもやもやしたまま進めるよりは、一番始めに憂いを断った方がいいはずだ。
「……緊張するな」
橘先輩から借り受けた、打ち合わせの情報が詰まったタブレット端末を胸の前で握る。
あの日ケンと言い合った事の全てを、俺はまだ理解しきれていない。それでも一つ気付いたのは、すり合わせが出来ていない価値観をぶつけ合ったって理解できなくて当たり前だという事。俺達はもう少し、話し合うべきなんだ。
これはその最初の一歩。気まずいからって尻込みしてる場合じゃないだろ俺。
「っ!」
もたもたしてる内に、俺がパネルに触るより先に扉が開いた。心の準備が整ってなかった俺は思わず後ずさる。出て来ようとしていた男子生徒も、俺を見て目を丸くしていた。
「ケン……」
「……悪い、ちょっと急いでるから」
一瞬固まっていた間に、ケンは顔を背けて、俺の前を通って部室から出て行く。
「ケン! ちょっと待ってくれ!」
咄嗟に手を伸ばした頃には、幼馴染の背中は廊下の角に消えていた。
始めの一歩はすれ違いで終わった。
「いきなり躓くとは……」
取り付く島もなかった。やっぱり避けられてるよなぁ。
「おや、どうしたんだい?」
中途半端に手を伸ばしていた俺に、ドアが開いた部室から声がかけられた。いつの間にか情報部の部長さんが入口の前に立っていた。
「もしかして
「あー、いえ……今回は別です。実行委員会の用事で」
ひっそり呼吸を整えて、無理やりにでも気持ちを切り替えた。駄目だったものは駄目なんだ。とりあえず今は、任された仕事を進めないと。
個人の都合で引き受けたものなんだから、完璧以上にこなして報いなければ。
そうして情報部から始まり、周る予定だった全ての部活で打ち合わせは順調に進んで行った。
しかし、最後にもう一度情報部に寄ってみたが、ケンは既にいなかった。
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