第110話 大きな溝
「全く……あなたのせいで寿命が縮まりましたよ」
本校舎を出てすぐの所にある自販機の前で、
ビニール張りの屋根の下にある休憩スペースに、俺達は集まっている。
「しょうがないだろ。生徒会ってワードが地雷だなんて知らなかったんだから」
「ボクもビックリだったよ。風紀委員会と生徒会って学校の二大上位組織みたいな感じするし、てっきり連携でも取ってるのかと思ってた」
「連携力は十二分にありますよ。主に『二人』の戦闘を鎮めるという一点において、ですが」
「あー」
「なるほど」
精神操作系の能力とかじゃなくてあの威圧だ。しかも先ほどの
しかも七実酉の話を聞くに、生徒会長も同等の実力者なんだろう。そんな二人の戦いに割って入るなんて、他の風紀委員と生徒会役員は尋常じゃない気苦労を背負っていそうだ。いや、気苦労どころか物理的な生傷を負ってる可能性すら否定できない。
「大変なんだなぁ、お前も」
「同情ですか?」
「ただの労いだよ」
「……それはどうも」
自販機近くのベンチに座る俺の前に、ペットボトルがすっと差し出された。隣に座る
「いいのか?」
「自分のを買うついでですよ。委員長の指示で、活動時間中に買ったお菓子や飲み物は全て風紀委員会の活動費から引かれる事になってるんです。なので私の奢りでもありませんし、遠慮はいりません」
「お菓子まで活動費用にって、大丈夫なのかそれ」
「委員会や部活への予算分配と利用記録の確認は生徒会の仕事です。細かい出費の計算は会計さんの役目ですが、必然的に生徒会長の仕事も発生するわけで。つまり委員長による会長への嫌がらせですよ」
「盤外戦かよ。どんだけバチバチなんだよ……」
関りのある先輩の望まぬ一面を知ってしまってちょっと複雑。
しかも生徒会の会計って
「そもそもさ。生徒会長さんと
ありがたく頂戴したジュースをぐびっと飲んだ彩月は、自販機の横に立って別のジュースを飲む七実酉へ問いかける。
話には関係ないけど、七実酉はさっきからずっと姿勢良く立ったままだ。さっきというのは、風紀委員会室で初めて見かけた時から。委員長の秘書的な役割の影響かもしれないけど、疲れないのだろうか。
まあそれはともかく。
「俺も気になるな。生徒会長って事は向こうも三年生だろ? もしかして学園に来る前からの因縁とか?」
「みたいですよ。私は委員長に一番信頼されてるので、以前話を聞いた事があります。私は一番なので。一番信頼されてるので」
「はいはい、マウント取らなくても分かってますよ」
普段の調子が戻って来たらしい七実酉を軽くあしらったらむすっとされた。何なんだこいつ。
「その聞いた話ですが、どうやらお二人は小学校からの幼馴染のようでして。詳しくは私と委員長との秘密なので絶対に言いませんが、まあ昔からいろいろ衝突している仲みたいです」
「ボク知ってる。腐れ縁ってヤツだね」
「一体どんな腐り方をしたら会う度に死闘になるのか分からんけどな」
昔はちょっとした競争程度だったのが成長するにつれて過激にエスカレートする、というのは割とありがちな話だろう。今回の話はどうも過激の一言じゃ済まないっぽいが。
「っていうか七実酉。岸華先輩の事なら何でも従うと思ってたけど、生徒会との衝突は防ぐんだな」
「そりゃあ、全面戦争なんてしたら星天学園が崩壊しますから。機能的にも物理的にも」
「学級崩壊ならぬ学園崩壊か……笑えないな」
「生徒会側は全部活の懐を握ってますし、会長の純粋なカリスマで人を集めるでしょう。対する風紀委員会は武力集団としてなら随一ですし、今まで更生させてきた元不良生徒達を駒とすれば戦力的に十分なはずです。金と血が飛び交う、まさに『戦争』の完成ですよ」
「おおー、面白そう」
「こら彩月」
戦闘狂が七色の目を輝かせたのでこの話はおしまいにしよう。戦争だなんて冗談じゃないぞ。
「……それに、理由はもうひとつあります」
「理由?」
「生徒会との衝突を避ける理由です」
七実酉の視線は両手で握るペットボトルに落とされている。その表情はどこか物憂げだ。
「言った通り、生徒会長と委員長は昔からの知人です。ですので、その……あんまり頻繁に顔を合わせられると、何と言うか負けた気分になるんですよ」
「生徒会長に?」
「ええ。だって向こうは幼馴染で、片やこちらは委員会仲間ですよ? 分が悪いじゃないですか」
「あー、つまり敵意とはいえ大きな感情が向けられてる生徒会長に妬いてるのか」
「背骨砕きますよ」
「ごめんなさい」
図星だったのか、少し赤らめた顔でガンを飛ばされた。直球すぎる物言いは良くなかったかもしれない。反省。
「ボクは大丈夫だと思うよ、
そう声をかけたのは、ジュースを飲み干した彩月だ。
空になったペットボトルをベコベコ鳴らしながら、彼女は七実酉を見上げる。
「過ごした時間と想いの強さは比例しないと思うんだ。その人にとって大事な人の序列は出会った順番じゃないと、ボクは考えるわけだよ」
「そ、そうでしょうか」
彩月から人間関係についてのアドバイスが出るなんて、申し訳ないけど驚きだ。
七実酉もまさか彩月から助言されるとは思ってなかったのか、ポカンとしていた。
「それにさ。むしろ短い方が密度あって何だかイイ感じだよ。ね?」
「……!」
いきなり俺の方に振られてドキッとした。
けどまあ、彩月の言ってる事は不思議としっくり来る。俺もこいつと出会って半年も経ってないけど、今までの人生で一番濃密で激動の数ヶ月だったと迷いなく言える。
なのでここは、彼女の意見に乗っかる事にしよう。
「俺も同感だ。七実酉が岸華先輩の事を想う気持ちはよーく知ってる。なんせ、一度先輩の誘いを断っただけで年を跨いでまで嫌味言われ続けるくらいだもんな」
ニヤリと笑って言ってやると、物憂げな顔だった七実酉からも皮肉げな笑いが返って来た。
「当然です。あの方の意に背いた人には相応の態度で接するのが私の信条ですから。あなたも不良生徒一歩手間ですよ」
「そういう所だよ、ホント」
思いっきり何か企んでそうな笑みだけど、こいつの笑った顔は初めて見た。話を聞いてしまったせいか、悪態を突かれてもあんまり憎めないな。
「ですがまあ、二人はそう悪い人じゃないですし、これからは印象のマイナスをゼロにして接してあげます」
「そりゃ大サービスだな」
謎に得意げな顔で上から目線にそう言われ、思わず笑ってしまった。七実酉の中では、岸華先輩関連の相談に乗った事がそれほど大きかったようだ。
「それでは、私はもう行きます。体育祭の件もよろしくお願いしますよ」
「おう。こっちは任せとけ」
「ボクたちも実行委員だからね。成功のためには最善を尽くすよ」
去り際に岸華先輩の分と思われる飲み物をしっかり買って、七実酉は校舎に戻って行った。
深く関わることは無いだろうと思ってた風紀委員会と協力して、体育祭を台無しにしようと目論む奴を捕まえることになるとは。これも実行委員になったからこそ生まれた関りなのかもしれないな。
面倒だと思ってた役割も、なにも悪い事ばかりじゃないらしい。
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