第81話 空から迫る

「……あなたが、クロカゲシンヤさんなの?」


 イクテシアから逃げて来た少女の口から、予想外の名前が飛び出て来た。


 黒影くろかげ神夜しんや。その名前を口にする直前に『黒髪の能力者』と呟いていた事から、俺の知る少年の事だと考えて間違いないはず。黒い髪で能力が使える同姓同名の別人なんて事はないだろうし。

 でも、どうして彼女が黒影の事を知っているのだろうか。『黒髪の能力者』という特徴だけで俺と間違えたんだし、イクテシアに捕まる前からの顔見知りだとも思えない。


「あいつの事、知ってるのか……?」

「え? あなたがそうじゃないの?」

「髪色も背格好も似てるけど、別人だよ」

「そ、そっか……」


 目に見えてしゅんとしている……何かごめんね。


「違うなら、あなたは誰なの? 博士は外に二人の協力者がいるって言ってたけど、あなたの事は知らない……」


 博士、というのは『ゴーストタウン』のメッセージに書いてあった内部協力者というやつだろう。少女と一緒に組織を抜け出した、彼女の仲間らしい。

 ひとまず彼女の事は後で聞くとして、今は俺の素性を明かさないとな。


「まずはその説明をしなきゃな。俺は芹田せりだ流輝るき。プリズム・ツリーっていう、深層機関から能力者達を救うために作られた集団の一員だ。今回は俺の仲間……というか指令塔? みたいな人が君の脱走について調べたから、俺達も協力しに来たんだ」

「じゃあ、本当に味方だと思っていいの?」

「ああ。と言ってもすぐには信じられないだろうし、疑うなら黒影を呼んでから話し合っても……」

「ううん、今は信じるよ。さっき助けて貰ったし」


 ふるふると首を振った少女は、ほっそりした手を俺に差し出した。


「私はアイナ。よろしくね、芹田くん」

「短い間だろうけど、よろしくな」


 認めてくれたようなので、俺を手を握って握手を交わす。逃げ出した組織の追っ手に襲われて怖いだろうに、震えている様子もない。見た所同い年か年下だろうけど、強い子だな。


「それで、俺からも聞いて良いか? さっき外にいる二人の協力者って言ってたけど、その一人が黒影で間違いないか?」

「うん。博士はそう言ってた。もう一人は秘密の隠れ家にいて、私と博士が合流した後にクロカゲシンヤさんが案内してくれるって」

「なるほど……その協力者の特徴として『黒髪の能力者』って聞いたから、俺と勘違いした訳か」


 となると、黒影ともう一人の協力者は、イクテシアに所属している博士と呼ばれる人と繋がりがあるって事になるのか。でも黒影のやつ、深層機関のひとつに知り合いがいるなんて一言も言ってなかったよな。『もう一人の協力者』と『博士』にかかわりがあって、黒影からすれば知り合いの知り合いみたいな関係性だったって事か?


 情報が上手くまとまらないが、分かった事がひとつ。

 黒影は俺とアイナが共通して知っている唯一の人物で、その黒影もプリズム・ツリーとしてではなく、別の理由で彼女と『博士』を助けるために動いているという事。


「となると、まずは黒影に連絡するのが一番だな。ちなみに、博士さんとの合流地点はどこなんだ?」

「えっと、ここから南東に七キロ離れた所にあるコンテナターミナルだよ。無人稼働してるあそこなら人目につく事は無いからって」

「七キロ……少し遠いな」


 まあ万全を期すためにはそれくらい離れた方がいいのかも。

 とにかく、そこが合流地点なら黒影もコンテナターミナルに待機してる可能性が高いって事だな。いっその事、連絡してこっちに来てもらった方が安全かも――


「芹田くん!」

「……!?」


 アイナの張り詰めた声とほぼ同時に、突っ立っていた俺の足に何かの違和感が駆け巡った。

 これは、能力を打ち消した時の感覚……! 追っ手が来たのか!?


 慌てて振り向くと、背後から一機のドローンが俺達の隠れる路地に入って来た所だった。あのドローンに攻撃されたのか? でも、確かに能力が当たった感触だったんだが……。


 ドローン正面にあるカメラの下部が赤く煌めいた。ほとんど反射的に前に出た直後、見覚えのある赤い光線がドローンから放たれる。俺の胸に直撃したソレは、俺の能力によって弾け飛ぶように消えた。


「ドローンが能力を!? いや、これも追っ手の能力か!」


 光線は俺に向けられていた。アイナを助けた以上、俺も始末対象ターゲットって事か。

 走り出す俺達へ向けて光線が次々と放たれ、薄暗い路地を赤の閃光が裂いて行く。アイナに当たらないよう俺が殿になって攻撃を打ち消しながら走った。

 スマートバンドで地図を開くも、ビル同士の隙間にある路地なので細かく載っていなかった。今はとにかく走り続けるしかない。


「……っ! アイナ止まれ!」


 ホログラムパネルから顔を上げると、表通りから新たなドローンが路地へ入って来たのが見えた。そして二機目のドローンも、カメラ下部が赤く光っていた。どうやらコイツも光線を撃てるらしい。

 前からの光線を間一髪の所で回避したアイナは、そのまま右の細い隙間へ飛び込んだ。が、すぐに戻って来たので、後を追おうとしていた俺はぶつかりそうになって後ずさった。


「どうした!?」

「こっちからも来たよ!」


 三機目だ。

 先回りをされていたのか、また新たなドローンがビルの隙間へ逃げたアイナを押し戻すように迫って来た。

 前からも後ろからも、そして横からも。三つの逃げ道を全て塞がれてしまった。


 俺が盾になって強行突破すれば……だとしても全部防ぎ切れるか? バスを焼き払える威力の光線が万が一アイナに当たったら……。


 足が止まった俺達を追い詰めた三機のドローンに赤い光が灯る。目を刺すような赤い光は、狙いを定めるようなわずかな間の後――


「……止まった?」


 光線は放たれなかった。赤い光が消え、全てのドローンがその場に留まったまま不自然に震え始めた。まるで、回路に強力な電撃を浴びせられたかのように。


「あっ……!」


 三機のドローンが飛行能力を失って地面に墜落していく中、俺は隣のビルをすり抜けて現れた影を発見した。それは昨晩に見た薄黄緑色の、電子操作の能力の『霊』だ。


「芹田くん、アレ……」

「大丈夫、こいつは俺達の味方だ。ドローンを落したのもこいつだよ」


 霊に怯えた目を向けるアイナをよそに、俺はスマートバンドを手首から外して手のひらに乗せた。無効化能力の対象から外れた途端、新たな信号を受信した。今度はメッセージではなく音声通話だった。


『芹田流輝、聞こえてるかい?』

「『ゴーストタウン』か、聞こえるよ。ナイスタイミングだぜ」

『遠視能力の霊でそちらの状況は把握している。危ない所だったね。そちらの君……イクテシアからの脱走者も、無事みたいだね』


 通話越しに声をかけられ、無害だと分かった霊をまじまじと見つめていたアイナが近寄る。ビデオ通話では無いので向こうの顔は見えないが、『ゴーストタウン』の穏やかな声のおかげもあってか新しい人間に対しても警戒してはいなさそうだった。


「あなたも、芹田くんが言ってたプリズム・ツリーのお仲間?」

『そうだよ。霊をいくつか向かわせた。直接出向けないのは申し訳ないけど、ここから君達のサポートをするよ』


 ふと顔を挙げると、いつの間にか霊が三体になっていた。それぞれ微妙に色が違うそれらを、アイナは物珍し気に見上げていた。


『ドローンの心配もしなくていいよ。ナビゲーションも僕に任せて』

「なあ『ゴーストタウン』。今思ったんだけどさ、テレポートの霊とかで手っ取り早く目的地に飛ばせないのか?」

『それは僕も考えたけど、リスクが大きいと思ってね』

「リスク?」

『もしイクテシア側に、君達の位置をミリ単位で捕捉出来る機器や能力があった場合、奴らはどこまでも追いかけて来る。安全地帯に敵をおびき寄せる訳にはいかないだろう?』

「確かにな……じゃあテレポートは、俺達の位置が特定されないと確信できてからだな」

『それにもう一つ。こちらが空間転移能力を有している事を、深層機関に悟られるわけにはいかないんだ。実際は人間じゃなく霊だとしても、「地形や障害物を無視して脱走される」という懸念を抱いた時点で、他の深層機関の警備が強化されてしまう可能性がある。そうなったら、今後の作戦に大いに支障をきたす事になると思ってね』


 そうか。今を逃げ切るのに必死だが、俺たちが助け出すべき能力者はアイナだけじゃない。『ゴーストタウン』は今後も深層機関と相手をする事も考えて、脱走時の切り札とも言えるテレポート能力を連中に隠している訳か。


 作戦は理解した。でも、だからと言ってたった今危険な目に遭っているアイナを一刻も早く安全な場所へ逃がせないというのは、少し歯がゆいというか納得がいかないというか……。


「……分かった。テレポートはナシだな」


 だが、一番良くないのはこのまま立ち止まる事だ。アイナに目配せをして、俺達は再び足を動かした。


「とりあえずコンテナターミナルへ向かおう。ナビは頼んだぞ」

『任せてくれ』


 通話越しに落ち着いた声が響き、霊も頭上をついて来る。

 後の事は後回しだ。今はアイナを安全に逃がす。その事だけを考えよう。

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